
兵庫県神戸市の灘五郷と呼ばれる地域は、日本で随一の銘醸地として知られる。酒造会社は20を超え、数世紀の歴史を誇る老舗も少なくない。先年、日本の「伝統的酒造り」がユネスコの無形文化遺産に登録されたこともあり、当地に海外からの注目が集まっている。関西旅行の一目的地として、旅程に組む人も増えているようだ。
今回は、来館者の約半数が海外からの観光客という、白鶴酒造資料館を探訪した。
かつての酒蔵を活用して生まれた資料館


1743年に創業した白鶴酒造は、灘五郷はもとより日本を代表する大手酒造会社である。白鶴酒造資料館は、「白鶴」の看板を掲げた本社の近くに位置する。横長の瓦屋根の建物で、1969年まで現役であった本店壱号蔵を改装したものだという。今は、往時の古さと新しさが同居したような佇まいを見せる。
入り口の脇には、伝統的な化粧菰(こも)を巻いた酒樽が積まれている。菰とは、稲の藁などを乾燥させて編んだ包装材のこと。かつては、これを巻くのは、酒の入った木樽が輸送時に破損しないための処置であった。やがて、鶴や松といった吉祥文様が描かれるようになり、今では結婚披露宴といった祝い事を演出するアイテムとして活用されている。
昔ながらの酒造の工程を学ぶ



2階建ての資料館が展示しているのは、つい60年ほど前まで実際に使われていた酒造用具だ。ざっと見渡すと、大小さまざまなサイズの樽や釜といった容器が多い。例えば、酒造の初期の工程では原料の米を蒸すが、これには釜に乗った大きな甑(こしき)が使われる。甑の底には穴が1つ開いており、そこから熱い蒸気が立ち昇って米を蒸す。その展示エリアには、2人の職人の実寸模型がいて、1人は蒸し上がった米をスコップのような道具で一杯に掘り出し、もう1人がかついでいる桶に入れようとしている。当時の実際の現場は、蒸気がもうもうと立ち込め、半裸であっても暑かったに違いない。
蒸した米は、すぐさま2階に運ばれ、床に敷いた莚の上で冷やされる。このフロアでは同時に、米を糖化させる麴を繁殖させた。米は冷やす一方、麴は高温の環境でないと育たない。そのため麹室(こうじむろ)と呼ばれる部屋は、他の区画とは分厚い扉で仕切られた。資料館では、麴をつくる様子も再現されている。



米と麹を、複雑な工程で混ぜると発酵が始まり、やがて醪(もろみ)と呼ぶ白い液体となる。これは、仕込桶という名の巨大な桶の中で進められる。さらに、いくつかの工程を経て清酒ができあがる。最後に、吉野杉の四斗樽(容量72リットルの樽)に詰め、化粧菰を巻き、縄をかけて出荷される。
意外な材料を使った新たな挑戦
伝統的な酒造りの一連の流れを見た後で1階に下りると、景色は一変。ガラス窓を隔て、金属製の機器が置かれた部屋があり、白い衣服に身を包んだ1人の男性が、忙しそうに立ち働いているのが見える。

この小さな施設の名称は、「HAKUTSURU SAKE CRAFT」。全国に流通させるため大量に生産する日本酒とは別に、ミニマムなスケールで酒造するマイクロブルワリーだ。ここでは、洗米から火入れ(加熱殺菌)に至る酒造の全工程がまかなえ、少量ながらも商品化される。
ここでは、日本酒をベースにバニラビーンズやホップを加えるなど、挑戦的な試みが数多くなされてきた。その新作は、「HAKUTSURU SAKE CRAFT No.19 カカオ」だ。これは、甘口の純米大吟醸の醪に、ドミニカ産のカカオマスを加えて発酵させたもの。720mlの瓶に詰められ、限定260本が資料館で販売。カカオも含めこのシリーズは、売れ切れても再生産はしないという。

資料館の館長を務める髙田昌和さんにすすめられ、一口飲んでみた。「無糖チョコレートの味?」という先入観とは裏腹に、いわく表現し難い、繊細でエキゾチックなおいしさを感じられた。
そばには、来館者向けの試飲コーナーもあり、「特別純米原酒 蔵酒」と「にごり ゆず酒」がふるまわれていた。髙田さんに促され、「にごり ゆず酒」を一杯賞味する。これもいい意味で先入観とは真逆の「ガツン」とくる酸味があり、やがて胃の腑があたたかな満足感に満たされた。
筆者は、日本酒はたまに嗜むくらいで、敷居の高い世界だと感じていた。それが、歴史・製法を学び、新たな味を知ることで、一気に身近な存在に感じられるようになった。通だけでなく、「日本酒にちょっと興味がある」という方も、訪れる価値はある。

白鶴酒造資料館
〒658-0041 兵庫県神戸市東灘区住吉南町4丁目5-5
入館料: 無料
開館時間: 9:30~16:30(入館は16:00まで)
2026年の休館日: 8月5日~8月18日、12月28日~2027年1月4日
ウェブサイト: https://www.hakutsuru.co.jp/community/shiryo/
Instagram: @hakutsuru_shiryoukan