自らの「Zero Mile」(独自の世界)を切り拓いてきた人は、どこで何に出逢い、何を選んできたのか。長年プライベートコンシェルジュとして日本の魅力を世界のVIPに紹介してきた、ZEROMILE編集長の因幡彩子が一人の旅人として、その道のりをたどる対談シリーズ。
第1回は、米国発のアウトドアブランド「CHUMS」を日本で展開し、人気ブランドに育て上げた土屋芳隆さん。意外なことに、もともとアパレル業界を志していたわけではないという。CHUMSとの出会いも、まったくの偶然だった。そんな土屋さんが2025年、60代で初めて自らのブランド「Chamberfellows」(チャンバーフェローズ)を立ち上げた。「流されるように生きてきた」という土屋さんは、なぜ今、自ら新たな流れを作ろうとしているのか。

右:土屋芳隆(株式会社ランドウェル代表取締役/Chamberfellowsディレクター)
左:因幡彩子(ZEROMILE編集長)
土屋さんは東京・小岩生まれ。父は金属加工会社の2代目社長で、比較的裕福な家庭環境だった。母は教育熱心で、少し過保護気味。何でも先回りしてくれる母の言うことを聞いて育った土屋さんは、幼いころから自ら考えて動くことが苦手だった。母に言われるまま中学受験をしたが、失敗。高校時代も特に熱中するものを見つけられなかった。二浪して大学に入ったものの授業にはほとんど出ずに1年で退学し、アメリカに留学することにした。

因幡:アメリカ留学には、何か目標があったのですか?
土屋:それが、全然ないんですよ(笑)。大学時代は何をしたいのか分からなくて、ただ悶々と過ごしていました。そのうち胸が痛むようになって病院に行ったんですが、検査をしても何ともない。先生に「何か悩んでいることはないですか」と聞かれて、ようやく精神的なものなんだと気づきました。将来をどうしたらいいか分からず、不安だったんでしょうね。さすがに、このままではいけない。そう思って決めたのが、アメリカへの留学。それまで無駄に過ごした何年間かを、アメリカに行ってうやむやにしてしまおう、というくらいの不純な動機でした(笑)。留学先にデンバー大学を選んだのも特に理由はなくて、単に留学エージェントに紹介されたからです。

因幡:とにかく、今いる場所から離れたかったんですね(笑)。ところが、その留学がCHUMSとの出会いにつながったんですよね?
土屋:そうなんです。デンバー大学卒業後は東京に戻って数年間会社員をした後、独立して代理店の仕事をしていたんですが、デンバーで知り合った友人が「CHUMSというブランドが日本でもっと売りたいと言っているけれど、興味はない?」と声をかけてくれたんです。アパレルの経験なんてまったくなかったんですが、「なんとなく、面白そうだな」と思って、やってみることにしたんです。
流されながら、流れに乗る
こうして土屋さんは1994年、CHUMSの日本展開を始めた。販売代理店からスタートし、やがて日本におけるブランドオーナーとして商品企画・開発から生産、プロモーションまでを一貫して担うようになった。さらに他ブランドやイベントとのタイアップなど新たな試みを重ね、CHUMSを人気ブランドへと育てていった。
因幡:未経験からいきなり飛び込んでいけるのがすごいですよね。
土屋:飛び込んだのではなくて、流されたんですよ(笑)。僕の人生はいつも、そんな感じでした。桃太郎の桃のようにどんぶらこ、どんぶらこと流れて、どこかで拾われて、ぱかっと開く……みたいな(笑)。若い頃は、流されてしまう自分が不安でしたが、振り返ってみると、流されたおかげでいろんな人に出会い、思いがけない話も舞い込んできた。あのときデンバーに行っていなければ、その友人にも会っていないし、CHUMSもやっていません。成り行きに任せるような生き方が、僕には合っていたのかもしれませんね。

Chamberfellows南青山店
因幡:でも、偶然の機会に恵まれることと、そのブランドを30年以上育てることは別の話ですよね。長く愛されるブランドであり続けるために、土屋さんが大切にしてきたことは何でしょう。
土屋:「変えなかったこと」と「変えたこと」のバランスが良かったのかもしれません。CHUMSには、カラフルで楽しい、遊び心があるというブランドの「芯」がある。それはずっと大事にしてきました。でも、それだけでは飽きられてしまう。時代もお客さんも変わっていきますから、ブランドの「芯」だけは残して、そのほかは時代に合わせて少しずつ変えていかねばなりません。
因幡:変えるべきポイントの見極めと匙加減が難しいですよね。何を判断の基準にしていますか?
土屋:市場調査はしますが、「いま、これが売れそうだから作ろう」という発想ではないんです。まず、自分たちが何を作りたいのか、何を面白いと思うのかが先にある。そのうえで、いまの市場に受け入れられるのかを見る。そこは崩したくないですね。
こだわりとあきらめ。その間に宿る「大人の粋」
そんな土屋さんが、60代半ばにして初めて自分のブランド「Chamberfellows」を立ち上げた。南青山にあるショップには、カジュアルなパンツからスーツ、さらに浴衣まで土屋さんこだわりのアイテムが並ぶ。

店内には土屋さん自身がセレクトしたアートも。浴衣とあわせたのは歌川国貞の浮世絵
因幡:ブランドコンセプトとして「大人の粋」を掲げられていますね。ずっと海外ブランドに関わってこられた土屋さんが、なぜ日本の美学である「粋」に着目したのでしょうか。
土屋:アメリカンスタイルの自由さも好きだし、イタリアの服の色気も好き。その中間ぐらいが自分にはちょうどいいなと思っていて、そこに日本的なものも入れたいと思ったときに、「粋」っていう言葉が頭に浮かびました。単に和風の服を作るということじゃなくて、着る人の生き方みたいなものまで含めて、「粋な服」を作りたいと思ったんですよ。

海外の方にも好評の浴衣。現代の暮らしに取り入れやすいデザインにアレンジされている
因幡:でも、「粋」って具体的に説明するのが難しい言葉ですよね。自分で「俺は粋だ」と言った瞬間に、粋ではなくなるという……(笑)。
土屋:確かに(笑)。いろんな解釈があると思いますが、僕の考える「粋」に近いのは、九鬼周造の『「いき」の構造』に出てくる「媚態(びたい)」「意気地(いきじ)」「諦(あきら)め」という考え方。「媚態」は、人と人の間に生まれる色気や惹きつけ合う感じ。ただし、相手と完全に一体になってしまうのではなく、そこにある種の距離や緊張を残しておくこと。「意気地」は、自分のこだわりを持って、簡単には曲げないこと。そして「諦め」は、自分ではどうにもならないことを受け入れること。
つまり、何でも自分一人でやろうと頑なになるのではなく、ときには人を頼ったり、甘えたりする。でも、自分の意地や芯はちゃんと持っている。そして、どうにもならないことには執着しない。そんなバランスが「粋」なんじゃないかと思うんですよね。

Chamberfellowsの看板商品「ギンザ・チェスターコート」。銀座を歩く粋な大人をイメージしたデザイン

商品には英語で「粋」の解説を入れている
因幡:単なる洋服の話ではなく、もはや「生き方」の話ですね。
土屋:そうだと思います。自分を押し通すばかりでもないし、周りに合わせるばかりでもない。譲れないところはちゃんと持っているけれど、ダメなときは「まあ、しょうがないか」と手放せる。そういう人を見て、周りが「あの人、なんかいいよね」と思う。それが「粋な人」なんじゃないですかね。僕自身もそうありたいですし、Chamberfellowsでは、そんな大人たちに選ばれる服を作っていきたいと思っています。
因幡:周囲との関係を楽しみながら、そこにのみ込まれない距離を残す。自分の芯は持つけれど、どうにもならないことには執着しない。土屋さんの「流されながら、流れに乗る」という歩き方にも通じるように感じます。
「流れ」が生まれる場所を作りたい
Chamberfellowsの「Chamber」は小さな部屋、「fellows」は仲間たちを意味する。服を売るだけではなく、いろいろな人が集まり、好きなものや面白いものを持ち寄る場所にしたい。そんな思いから、南青山の店の2階ではヴィンテージウォッチの勉強会などを開いている。

店舗2階は、まさに隠れ家のような雰囲気 (提供:株式会社ランドウェル)
土屋:販売会にはしたくないんです。「何か買わなきゃ」と思うのではなく、面白そうだから来て、人に会って、「こんな世界もあるんだ」と知って帰る。それでいい。僕らくらいの年代になると、付き合う人や行く場所がだんだん決まってくるでしょう。でも、知らない人に会ったり、知らないものを見たりするのは、やっぱり面白いんですよ。ここがそんな出会いを生む場になるといいなと思っていますし、Chamberfellowsのアイテムが新しい出会いや挑戦を楽しむ人たちの相棒のような存在、背中を押す存在になれたら嬉しいですね!
因幡:流されることから始まった土屋さんが、今度は人が集まり、新しい流れが生まれる場所を自分でつくっている。面白いですね!
土屋:そう言われると、ずいぶん立派な話になっちゃいますけどね(笑)。そんな大げさなものじゃなくて、まずは自分が面白がってやることだと思っています。Chamberfellowsもこれからどうなっていくか分からないですが、その分、可能性も大きい。焦らず、楽しみながらやっていきたいですね。

先のことは分からない。でも、それも含めて楽しむ。行き先を決めすぎない土屋さんらしい言葉で、対話は締めくくられた。
新しい旅を始めるのに、明確な目的地はなくてもいい。目の前の流れに乗ってみることで、出会える景色もある。土屋さんの歩みは、そう教えてくれる。
■土屋 芳隆さんのZEROMILE
最近気に入っているのは、青山にできた会員制の社交クラブ「Soho House Tokyo」。落ち着いた空間で食事をしたり、お酒を飲んだり、ゆっくり過ごしています。週末は別荘のある軽井沢か、ヨットを置いている熱海にいることが多いですね。次に海外に行くなら、イスタンブールかな。文明が生まれ、交わってきたような場所に興味があるんです。一度、自分の目で見てみたいですね。
Soho House Tokyo:https://www.sohohouse.com/houses/soho-house-tokyo

土屋 芳隆
株式会社ランドウェル代表取締役/Chamberfellows ディレクター
証券会社、商社を経て独立し、株式会社ランドウェルを設立。
1994年に米国アウトドアブランド「CHUMS」の日本市場導入を開始し、リテイナーの販売からスタート。その後、CHUMSのアジアにおける商標権を取得し、単なる輸入代理にとどまらず、企画・開発・生産・プロモーションを一貫して担うブランドオーナーへと進化。今日では、「楽しさ」「仲間」「あそびゴコロ」をコンセプトに、ファッションとアウトドアを融合させた独自の世界観を築き、アジア全域での新たな市場創造に挑戦している。

因幡 彩子
ZEROMILE 編集長/Private Concierge, Inc.代表取締役
外国人富裕層へコンシェルジュサービスを提供するPrivate Concierge, Inc.の代表取締役。既に人生の半分を日本のコンテンツを外国人へ紹介する仕事に費やす。ポップでエレガントであることを大切にしている。最近では後進を育成することに意欲を燃やしている。
Chamberfellows南青山店
住所:東京都港区南青山5丁目4-47
TEL:03-6433-5028
Webサイト:https://www.chamberfellows.jp/
撮影:ニシオカサチコ