超歌舞伎で体現する中村獅童の反骨精神 未来に残す伝統と革新(後篇)

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歌舞伎俳優の中村獅童が自身の“使命”だと語り、育んできた「超歌舞伎」が、ついに2023年12月、歌舞伎の殿堂である「歌舞伎座」で初めて上演されている。

「超歌舞伎」とは、2016年の「ニコニコ超会議」というイベントの一環としてスタートしたもので、中村獅童とバーチャルシンガーの初音ミクが共演したことで注目を集めた。その後も上演を重ね、2019年には京都の南座に進出し、2022年には全国4都市の劇場でも上演され、幅広い世代に支持されている。
一度目にすると“もう一度観たい”。そう思わせてくれる「超歌舞伎」の魅力とは何なのだろうか。

超歌舞伎 Powered by NTT『今昔饗宴千本桜』

初音ミクとコラボした歌舞伎の新ジャンル

「超歌舞伎」はアナログな古典歌舞伎とNTTの技術を始めとした最新のテクノロジーが融合して誕生した歌舞伎の新しいジャンル。2016年には歌舞伎の三大狂言の一つである『義経千本桜』とバーチャルシンガーの初音ミクの代表曲である「千本桜」の世界観から着想を得て書き下ろされた『今昔饗宴千本桜』が「超歌舞伎」として初演された。歌舞伎ファンには『義経千本桜』の狐忠信、初音ミクファンには当時大ヒットしていた「千本桜」が、この新しい歌舞伎への入口となって楽しませてくれる。

生身の歌舞伎俳優とバーチャルシンガーとの踊りや芝居を共演するのはとても難しいことで、当初は立ち位置や踊りや立廻りの動き、台詞などのタイミングを合わせるのは大変だったことを獅童自身も取材で語っている。その後、技術が進化し、経験を重ねてきたことで、そうした苦労を全く感じさせない絶妙な演技と古典歌舞伎に基づいた華やかな演出で魅了する。

左より、美玖姫=初音ミク、佐藤四郎兵衛忠信=中村獅童
©松竹/超歌舞伎Powered by NTT『今昔饗宴千本桜』

歌舞伎座の公演では初演と同じ『今昔饗宴千本桜』が上演されている。連日、客席を初音ミクが描かれた法被を羽織った熱烈なファンや歌舞伎ファンが席を埋め尽くしている。さらにペンライト(サイリウム)を持っている観客は、獅童の“赤”、初音ミクの“緑”など、それぞれの“メンバーカラー”を点灯させるので、通常の歌舞伎公演では観たことのない光景が劇場全体に広がる。ちなみに、今回「超歌舞伎」に初参加する中村勘九郎は中村鶴松のSNSを通して自身のイメージカラーが“白×空色”であることを伝え、七之助は中村屋の裃の色をイメージした“黄色”だと発表された。

江戸時代の風情が現代に甦る

公演はまず、「口上」から始まる。裃姿で登場した獅童が挨拶をし、このとき、客席からは「大向こう」がかかる。すると獅童は「超歌舞伎」の楽しみ方について、レクチャーを始める。

超歌舞伎 Powered by NTT『今昔饗宴千本桜』

この「大向う」とは客席から芝居中の役者に声をかけるということを意味し、それぞれの屋号で呼ぶことになっている。獅童は“萬屋”、初音ミクは“初音屋”、NTTは“電話屋”など、それぞれに決まった屋号がある。いつもの歌舞伎座の公演であれば「大向う」の専門の方が三階席の後方から芝居のいいタイミングで声をかける。ちなみに、歌舞伎座で販売しているオリジナルのペンライトには「大向う機能」なるものがついていて、そのモードにしてスイッチを押せば「萬屋」などの音声を発することが可能。自分の声でかけることを躊躇する人にはとてもありがたい機能で、「大向う」へのハードルがとても低くなった。

赤や緑、青などのペンライトが光る客席と賑やかな「大向う」は、「超歌舞伎」の演出の要素の一つ。そして役者の演技を絶賛するだけでなく、応援にもなる。この演出効果によって役者と観客の一体感が劇空間に広がるのだ。もしかすると、江戸時代の芝居小屋の場内もこんな雰囲気に包まれていたのではないのではないか。そんな疑似体験をしているような気分が味わえる。

口上の後半ではNTTがAIで開発したもう一人の「獅童ツイン」が登場し、流暢な英語を披露する。さらに共演する初音ミクも裃姿で登場し、挨拶をした。こうした最新のテクノロジーから誕生したこれらの表現が100年先には“伝統”になる。そんな期待が募る

次の幕が開くと、いわゆる古典歌舞伎の演出で物語の発端が始まる。

時は千本桜が咲き誇る神代の時代。この世を支配し、闇に包もうとする青龍の襲撃で、神木である千本桜を守る白狐や美玖姫は難を受けるものの、逃げ延びる。時は移り、千年後の世界へ。記憶を失った美玖姫は仮の姿である蝶々となって千本桜の周りで舞っていると、転生した白狐は佐藤忠信の姿になって現れる。2人は再会し、忠信は千年前の雪辱を晴らそうと青龍の分身たちに立ち向かっていくのだが……。

初音ミク演じる美玖姫と獅童演じる忠信の踊りの息は今ではぴったり。忠信の立廻りの場面では背景に映像が使われることで世界観がダイナミックでスケールアップし、物語が進むとともにテンションが上がっていく。

超歌舞伎 Powered by NTT『今昔饗宴千本桜』

歌舞伎の未来を支える弟子たちと2人の息子たちの活躍

歌舞伎は歌舞伎俳優の家に生まれた子が代々受け継いでいく世襲制だという印象が強いと思うが、国立劇場に歌舞伎俳優養成所があり、その養成所を卒業すると歌舞伎俳優の弟子になり、歌舞伎俳優になる道が拓かれる。このお弟子さんたちは端役を演じるだけでなく、黒衣といって師匠の俳優が舞台に出るときに演技や舞台進行の世話をする役目を果たしている。「超歌舞伎」はそうしたお弟子さんたちが主役級の役を勤めるチャンスにもなっている。

超歌舞伎 Powered by NTT『今昔饗宴千本桜』

上演中の『今昔饗宴千本桜』では初音の前を中村蝶紫、青龍の精を澤村國矢が演じ、活躍している。チラシに記載された配役にお弟子さんが名を連ねていることは、希有なこと。実力がある役者がその可能性に挑む場があるべきだという獅童の思いも伝わってくる。

今回の歌舞伎座の「超歌舞伎」には、中村勘九郎、中村七之助も初出演しているのだが、その条件として「僕たちが出演することでお弟子さんの役が格下げになることだけは避けて欲しい」と2人は望んでいたという。そうした心意気が新しいジャンルを創る上で必要であり、大切なことなのだ。彼らは舞台の真ん中に立つことで、本来持っている才能や魅力が発揮できる。今回の蝶紫や國矢の演技を通して、これまでにない彼らの魅力を見出した人は必ずいるはずだ。

超歌舞伎 Powered by NTT『今昔饗宴千本桜』

そして、待望の獅童ジュニア2人が登場する。長男・陽喜が演じる陽櫻丸と次男・夏幹が演じる夏櫻丸が花道を颯爽と歩いた。2000人ほどの観客を前にしてもおじけづくことのない堂々としたその姿には、一気に釘付けになってしまう。陽喜は花道を「六方」で引っ込む狐の精も演じ、初お目見得となった夏幹は父と兄とともに「見得」をした。この親子共演は“あのときのあの役”として観客の心に深く刻まれ、彼らが今後、歌舞伎俳優として成長する姿を見守る上で、かけがえのない一瞬となる。今は子役でも、将来は必ず主たる役を演じるはず。そうした役者の経年変化を楽しむこと、新たな魅力を見いだせることも「歌舞伎」の楽しみだといえるだろう。

「超歌舞伎」は一体感が味わえるライブ

クライマックスには忠信に扮した獅童が両手にペンライトを持って登場し、会場を煽る。「超歌舞伎」の名物にもなっている場面だ。舞台かが魂を揺さぶるような躍動感のある音色を奏で始める。古典歌舞伎でも基本的には義太夫節や長唄、お囃子などの生演奏で行われるので、歌舞伎は生音を楽しむことができるまさにライブなのだが、「超歌舞伎」は、この太鼓の演奏や初音ミクの楽曲も加わって、さらに特別な高揚感を味わうことができる。

左より、美玖姫=初音ミク、佐藤四郎兵衛忠信=中村獅童
©松竹/超歌舞伎Powered by NTT『今昔饗宴千本桜』

そして最後の見どころは、ワイヤーで吊られた大凧で獅童と初音ミクが客席の上を飛ぶ「宙乗り」。獅童と初音ミクが宙に浮くと、一斉に花びらが上から降ってくる。2人は花道から3階席へと向かって移動しながら、上階の客席にも声をかけ、その姿を舞台から出演者全員がペンライトを振って見送る。演者と観客がともに感じた“楽しい”という思いが歌舞伎座全体を包んでいるようだった。幕が閉じても、拍手喝采はなかなか鳴りやまなかった。

超歌舞伎 Powered by NTT『今昔饗宴千本桜』

知識や理屈ではなく、歌舞伎とは、体感するもの。それを教えてくれるのが、まさに「超歌舞伎」だ。まずはこの歌舞伎座で行われている貴重な機会を生かしていただきたい。

超歌舞伎Powered by NTT『今昔饗宴千本桜』

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Shion Yamashita

女性誌、男性誌で、きもの、美容、ファッション、人物取材や医学などの読み物、旅の取材など多岐にわたる分野の編集に携わる。2007年よりフリーランスの編集、ライターとして活動。現在は歌舞伎やバレエ、ミュージカルといった舞台芸術を中心に編集と執筆をしている。手がけた書籍には『坂田藤十郎 歌舞伎の真髄を生きる』『カメ流』『十八代目中村勘三郎』『人生いろいろ染模様』『吉田都 一瞬の永遠』などがある。 [Webサイト:https://shions-room.com/] [X (元Twitter) :@shionyamashita]

Photo by Wataru Ishida

東京工芸大学写真学科を卒業の後、株式会社ジャムスタジオを経て篠山紀信氏に師事。2008年独立。2011年上海にてstudio_w設立。現在東京をベースに、広告、エディトリアルを中心に幅広く活動中。

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