超歌舞伎で体現する中村獅童の反骨精神 未来に残す伝統と革新(前篇)

歌舞伎俳優、中村獅童丈。その活躍の場は歌舞伎に留まらず、テレビドラマや映画などでも常に圧倒的な存在感を放っている。12月には歌舞伎の殿堂である歌舞伎座で、彼が2016年から手がけてきた「超歌舞伎」が上演される。古典歌舞伎と最新のテクノロジーが融合し、バーチャルシンガー初音ミクとの共演が話題を呼んで公演を重ねてきた。いよいよその集大成となる大舞台が待っているのだ。

「超歌舞伎」は歌舞伎のファンのみならず、初音ミクファンからも熱く支持されている。舞台のクライマックスではライブハウスのように、狐忠信という役の扮装をした獅童丈が客席を煽る場面があるところも魅力の一つ。こうした挑戦的な舞台はもちろん、何事にもエネルギッシュで、意欲的に取り組む獅童丈の原動力はどこにあるのか。歌舞伎の出会いやこれから目指すことなどについて伺った。

——獅童さんは「超歌舞伎」に対してどういう気持ちで向き合っていますか?

獅童:「超歌舞伎」は自分に与えられた使命だと思っています。歌舞伎俳優には、古典歌舞伎だけ演る方もいらっしゃれば、新作歌舞伎や新しいジャンルに取り組んでいく僕みたいな人もいます。いろんなタイプの役者がいていいと思いますし、僕が役を勝ち取っていくには、そういう新境地を拓くようなところで勝負していかないといけないと、自分自身でも思っていました。

『今昔饗宴千本桜』(H31.8南座)©松竹・NTT/©超歌舞伎

その中で「超歌舞伎」には、“オタク文化”への挑戦みたいなところがありました。“オタク”と呼ばれる人たちに対して異質なものという捉え方をしていましたが、冷静に分析してみると、彼らには時代を動かすエネルギーがあって、バーチャルシンガーを誕生させるだけでなく、それがなんと世界へと発展している。一つのことに夢中になれる“オタク”の皆さんが結束すると並大抵のエネルギーではないことを知りました。だから、「超歌舞伎」で古典歌舞伎と初音ミクさんが融合したときに、“オタク”の人たちはどんな反応を示すのだろうという興味があったんです。ありがたいことに再演を重ねて、今では古典歌舞伎のファンと“オタク”の方たちが心が通じ合うようになった。この12月に初めて歌舞伎座で上演されますが、「超歌舞伎」という一つのジャンルを本物にしたいという僕の思いが集大成を迎えるのは感慨深いです。

左より、小川陽喜、中村獅童
『永遠花誉功』(R4.9南座)©超歌舞伎2022 Powered by NTT

——長男・陽喜くんに続いて、今回は次男の夏幹くんも舞台に立たれるということですが、どんなお気持ちですか?

獅童:歌舞伎俳優になれば兄弟であってもライバルでもありますし、なっちゃん(夏幹くん)はロックかヒップホップでもやりたがらないかなと思っていたんですけど、「陽(はる)くん、ずるい。僕もやるんだ」と自分から言い出したんです。稽古に通わせる前から、芝居ごっこをするために着物を着たがっていました。

でも彼らは、僕が子どもだったときにはできなかった経験をさせていただいているので、結構ムカつきますね(笑)。陽喜が初御目見得で舞台に立たせていただいたときは、隈取り(化粧)をしてもらって、立廻りを演ったり、舞台から花道へと引っ込む時には「六方」をさせていただいたり、「超歌舞伎」を観て陽喜が気に入っていたことを、全部取り入れてくださいました。

僕が小さい頃は「超歌舞伎」のような新作歌舞伎はほとんどなかったので、子どもが勤めるお役で隈取りをするような役柄は全くありませんでした。坊主頭やおかっぱみたいな鬘で、役柄は丁稚といった地味な役柄ばかり。「早く大人になって、隈取りをして、立派な刀を挿して、立廻りや見得をしてみたいという未来に思いを馳せて役者を目指していました。彼らはそれを最初に演らせていただいてしまったから、逆にこれからが大変かもしれません。

なっちゃんもいずれ「俺はやっぱヒップホップでいきてぇぜ」って言い出す可能性もありますよね(笑)。自由に、親のエゴとか世間体とか、そういうものあまり気にしないで、好きなように自分の道を進んでいってほしいです。

左:小川陽喜、右:小川夏幹、中央:中村獅童

——獅童さん自身が幼い頃、歌舞伎のどんなところに惹かれたのですか?

獅童:普通に生活していて、“真っ白な顔”の人を目にすることはないので、子どもの頃に舞台を観たときはびっくりしました。それでいて、「隈取り」や刀を振り回す「立廻り」は衝撃的で、かっこいいと思ったんでしょうね。当時は舞台の映像はそんなになかったので、生の舞台を観て、自分も演ってみたいと思いました。

中でも澤瀉屋のおじさま(二代目市川猿翁)の歌舞伎は、すごく印象深かったです。特に『
義経千本桜』の「四の切」という演目には衣裳が瞬時に変わる「早替り」とか、ワイヤーに吊された俳優が演じる「宙乗り」といった華やかでアクロバティックな演出があって、それを2階の後ろの席から観ていた僕は、釘付けになりました。子どもながらにその凄さを感じ取って、面白いから自分も演りたいなって思ったんです。こうした「ケレン味」と呼ばれる奇抜な演出に子どもは惹かれるので、家で宙乗りがしたくて、ロープを身体に巻きつけて、箪笥のフックに引っかけ、母に引っ張ってもらおうとしたら、フックが壊れてしまったみたいなこともありました(笑)。

僕の2人の息子たちも家に帰ってくると「芝居ごっこ」で闘いが始まるんです。その姿を見ていると自分もそうだったなと思いました。歌舞伎って、理屈ではなく、子どもの心をとらえる“格好良さ”や“夢”があるんだと思います。歌舞伎の“見得をする”という所作がありますが、それを演ってみたいと思うのは、いわゆる「戦隊物」に憧れるのと同じような感覚なんでしょうね。

『祝春元禄花見踊』(令和4年1月歌舞伎座)©松竹 奴喜蔵=小川陽喜

——獅童さんは歌舞伎だけでなく、映画や音楽活動など、とてもエネルギッシュに活躍されていますが、そのエネルギーはどういうところから湧いてくるのですか?

獅童 無関心な人たちの気持ちを動かしたいという僕の思いがあるからだと思います。
僕が京都南座に出演するときには必ず公演期間中に学生さんの全館貸し切り公演をさせていただいてきたんですが、それまで観に来ていた学生さんたちはあまり歌舞伎に興味がないようでした。ところが『あらしのよるに』という絵本が原作の新作歌舞伎を初演したとき、客席の反応が爆発的にすごくて、若い子たちがわーっと盛り上がって、カーテンコールも求められられました。若い子たちが受け容れてくれたんだから、もしかしたら他でも受け容れられるかもしれないと思ったら、予想通り評判が良く、歌舞伎座、博多座でも再演させていただくことができました。

でも、コロナ禍になってからは、世の中は全く変わってしまいましたね。その時思春期を迎えていた皆さんは、運動会や文化祭、修学旅行のように、今まで当たり前に行われていたイベントが軒並み中止になってしまいました。だから僕らのコロナ禍と学生さんたちのコロナ禍って、全然違うんですよ。僕らはすでに、好きなものを観たり聞いたりするためにあちこちへ足を運んでいろんなことを経験して大人になっていますが、彼らはそれが全くなく、これからっていうときに何も経験しないまま大人になっていく。だから新人で入ってきた若い子がコミュニケーション下手で、ついお説教したくなっても、“ちょっと待って”という風にならないといけないような気がするんです。

だから客席にいるお客様も何も経験する機会がなかったんだと思ったとき、そのお客様の心を揺さぶったり、古典歌舞伎好きで「超歌舞伎」を受け付けないような人を、最後には立たせたりしたい。僕はそういう思いで舞台に立っています。まさに反骨精神の塊なんです。そうでなければ歌舞伎座でやる意味がないと思っています。

——江戸時代には大衆演劇だった歌舞伎は、いつの間にか“敷居が高い演劇”というイメージを持つ人が多くなりました。獅童さんが挑まれている「超歌舞伎」は劇場が一体となって江戸時代の観劇を追体験できるように思いますが、“伝統と革新”に取り組まれる上で何を意識なさっていますか?

獅童:歌舞伎は、その時代、時代で常に新しいものを取り入れているんです。それをご存じない方がいて、ただただ古いものを受け継いで今やるのが歌舞伎だと思われているようですが、それだけでは廃れてしまいます。

2023年10月の歌舞伎座に女優の寺島しのぶさんが『文七元結物語』に出演したときに、歌舞伎座の公演に女性が出演したことを“歴史的快挙”とまで報じているメディアがありましたが、今の歌舞伎座(第五期)では初めてかもしれないけれど、これまでには松たか子さんも同じ『文七元結』にお久という娘の役で出演してますし、紀尾井町のおじさま(二代目尾上松緑)が女優さんと共演するという実験的な公演も過去にはありました。

歌舞伎の演目で他のジャンルの“いいとこ取り”をするのは、江戸時代から行われてきたことで、「松羽目物」と呼ばれるジャンルは、能や狂言の面白いところを取り入れています。江戸時代に流行った洒落やギャグみたいなものも台詞に入っていますが、当時は大爆笑だったかもしれないけれど、現代人が聞いても同じ反応にはなりません。そういう観点から考えると、江戸時代に“バーチャルシンガー”がいたら、絶対取れ入れていたと思うんです。

その一方で、歌舞伎の三大狂言の一つといわれる『仮名手本忠臣蔵』のような日本人の魂を描いた名作は、僕たちも演るべきだと役者同士で話しました。かつて通し狂言をオールスターで上演して多くのお客様が劇場に集まったことがあったそうです。時代によって求められることは変化しますが、歌舞伎を後世へと繋いでいくためには“伝統と革新”はどちらもなければならないものだと思います。

小川夏幹

——獅童さんから見た「日本」には、どんなところに世界に誇れる面白さや格好良さがあると思いますか?

獅童:日本の伝統的な文化は日本人のアイデンティティーでもあって、世界にアピールできるものだと思います。僕が携わっている伝統芸能もそうですし、伝統工芸もそうだと思います。海外の人たちは自分たちにない文化に興味を持ち、惹かれるわけで、僕が映画の仕事でアメリカなどの外国に行ったら、必ず「歌舞伎」や「能」について聞かれます。

世界を渡り歩くには、日本の文化、伝統をもっと大切にしなければならないと思います。日本人の若者は海外のものを取り入れるのは上手ですが、自分の国の伝統や文化について海外の人から尋ねられて答えられる人ってあんまりいない気がしています。これからはグローバルな時代で世界の国と国の距離もどんどん縮まっているからこそ、それを伝えるべく、自分たちの伝統や文化について見直す時が来ているのではないでしょうか?

——歌舞伎俳優として、父親として、未来の子どもたちに何を伝えたいですか?

獅童:何かを遺すというよりも、僕自身がこれまでどう生きてきたか、そしてどう生きていくのかという自分の生き様を、僕がいなくなったときに“こんなふうな思いで生きていたんだな”と二人に伝わればいいなと思います。今は映像としても、こうしてインタビューしていただいて活字としても残るので、どう受け止めるかは彼ら次第ですが、僕の思想みたいなものが伝わるといいですね。

-後編へ-

歌舞伎座新開場十周年
「十二月大歌舞伎」
第一部
一、『旅噂岡崎猫』
二、超歌舞伎Powered by NTT『今昔饗宴千本桜』
第二部
一、『爪王』
二、『俵星玄蕃』
第三部
一、『猩々』
二、『天守物語』

会場:歌舞伎座
東京都中央区銀座4丁目12−15
上演日程:2023年12月3日〜26日
11日、19日は休演 
第一部は15日、24日が貸切
問い合わせ:チケットホン松竹  0570-000-489
チケットWeb松竹 https://www1.ticket-web-shochiku.com/t/

中村獅童
1972年、東京都生まれ。1981年に歌舞伎座『妹背山婦女庭訓』の「御殿」の豆腐買の娘おひろで二代目中村獅童を名乗り、初舞台を踏む。歌舞伎俳優として活躍しつつ、2002年に映画初出演となった『ピンポン』のドラゴン役でブルーリボン賞、日本アカデミー賞の新人賞などを受賞して注目を浴び、以降、現在もテレビドラマや映画の話題作に出演している。2015年に絵本を原作とした新作歌舞伎『あらしのよるに』を京都の南座で上演して好評を博し、再演を重ねる。2016年にはバーチャルシンガーの初音ミクとコラボレーションした超歌舞伎『今昔饗宴千本桜』を発表し、上演を重ね、2022年には全国4都市での公演が実現した。2018年には倉庫やライブハウスを舞台にオフシアター歌舞伎と題した公演で『女殺油地獄』という古典歌舞伎を新たな演出で表現した。

小川陽喜
2017年、東京生まれ。中村獅童の長男。2022年1月歌舞伎座『祝春元禄花見踊』で初お目見得。

小川夏幹
2020年、東京生まれ。中村獅童の次男。2023年12月歌舞伎座『今昔饗宴千本桜』で初お目見得。

-後編はこちら-

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Shion Yamashita

女性誌、男性誌で、きもの、美容、ファッション、人物取材や医学などの読み物、旅の取材など多岐にわたる分野の編集に携わる。2007年よりフリーランスの編集、ライターとして活動。現在は歌舞伎やバレエ、ミュージカルといった舞台芸術を中心に編集と執筆をしている。手がけた書籍には『坂田藤十郎 歌舞伎の真髄を生きる』『カメ流』『十八代目中村勘三郎』『人生いろいろ染模様』『吉田都 一瞬の永遠』などがある。 [Webサイト:https://shions-room.com/] [X (元Twitter) :@shionyamashita]

Photo by Chika Okazumi

2002年よりフリーランスフォトグラファーとして開始。2010年~2017年までロサンゼルスと東京を拠点に活動。現在は、雑誌、広告、webマガジンなどで広く活動中。[Webサイト:https://www.chikaokazumi.net]

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