【OFF THE RECORD】# 12 : moderno 駒沢

東京でのナイトライフとして近年ポピュラーな選択肢となってきているリスニングバー。仲間と気軽に訪れられて、リラックスしながら上質な音楽を楽しめる空間は、ミレニアル世代を中心にますます支持を集めている。本連載【OFF THE RECORD(オフ ザ レコード)】では、空間、サウンド、人々、物語にスポットライトを当て、さまざまな場所を紹介していく。

第12回は、東京・駒沢の「moderno」へ。店に立つのは、DJ/プロデューサーとして40年以上のキャリアを持ち、「レコード番長」の異名でも知られる須永辰緒氏だ。

駒沢オリンピック公園からほど近い、駒沢公園通り沿い。住宅街に飲食店や小さな店が点在する一角に、modernoはひっそりと佇んでいる。店の存在を知らせるのは、入口の上に灯る小さな看板。扉を開けると、プライベートなリスニングルームを思わせる薄暗い空間が現れる。

フロアではかけることのないレコードを聴ける場所

店の奥の壁を埋めるのは、およそ3,500枚のレコード。須永氏が長年にわたって集めてきた1万枚以上のコレクションから選ばれたものだ。ジャズを中心に、アンビエント、ポストクラシカル、ブラジル音楽、フォルクローレ、シンガーソングライター、そして最近出会った新しい音楽まで、その内容は幅広い。

DJの現場へ持っていくレコードとは少し違う。ここにあるものの多くは、ダンスフロアを動かすためではなく、純粋に「聴く」ためのレコードだ。

音響システムにも、オーディオマニアのそれとは少し異なる、DJとしての須永氏の経験が表れている。
メインにはJBL 4304H。低い位置に置かれたTannoy Autographと組み合わせ、異なる方向から音を届ける。ターンテーブルはTechnics SL-1200MK3D。須永氏がDJとして長年使い続けてきた機材だ。必要以上に複雑なシステムにはしない。針圧さえきちんと調整すれば、十分にきれいな音が出るという。

店を満たす音は豊かだが、決して会話を邪魔しない。レコードに耳を傾けることも、カウンターで酒を飲みながら話すこともできる。そのバランスも、この店らしい。

「酒飲みのプロ」がつくるハイボール

音楽だけでなく、酒にも須永氏の好みが色濃く表れている。
須永氏は、自身のことを「酒飲みのプロ」だと自称する。下町の古典酒場からワインバーまで、長年さまざまな店を飲み歩いてきた。そんな彼の経験が生かされた一杯が「ハイボール」だ。

ウイスキーはデュワーズ。そして炭酸には、小岩の「花月」を使う。須永氏が東京の下町に残る昔ながらの酒場を巡るなかで出会ったもので、強い炭酸とほのかな甘みが気に入ったという。グラスを氷でしっかり冷やし、デュワーズと花月を注ぎ、最後にレモンピールを添える。

このほか、自身が観光大使を務める足利市の「ココ・ファーム・&・ワイナリー」のワインや、イタリアのBioワイン、自家製サングリアも揃う。音楽が主役の店でありながら、酒もまた、それだけを目当てに訪れたくなる存在だ。

DJ40周年を迎えて考えた「次にやること」

須永辰緒氏がDJとしてのキャリアを始めたのは1980年代。渋谷のOrgan Barをはじめ、東京のクラブ/レコードカルチャーを長年支え、Sunaga T Experience名義ではプロデューサーとしても活動してきた。「レコード番長」の異名でも知られる、日本のDJシーンを代表するひとりである。そんな須永氏がmodernoを始めたのは、長年温めていた計画があったから…ではない。

きっかけは、60歳の誕生日とDJ活動40周年を記念して開催された野外イベント「STE100」だった。

「自分としては、そのままぬるっと通り過ぎようと思っていたんです。でも大々的にイベントをやってもらったことで節目みたいになってしまった。それをきっかけに、次の新しいことをはじめなきゃな、と考えるようになりました。」

最初に頭に浮かんだのは、以前から夢見ていたラーメン店だった。須永氏は25年ほど自宅でラーメンをつくり続け、イベントで振る舞ったり、食の雑誌『dancyu』でレシピを紹介したりもしてきた大のラーメン好きなのである。

「でも、ラーメン屋をやっている友人全員に止められました。『今から始めたらヘルニアになるぞ』って。笑」

結局、もうひとつの選択肢が、再び音楽へと彼を導くことになった。

「ずっと、一日中レコードを聴ける環境が欲しいと思ってたんです。倉庫には、買ったのにちゃんと聴いていないレコードが山ほどありました」

自宅にはフロアでかけるのに向かない曲や、アレンジの参考に購入したアルバム、そして「余生でゆっくり聴こう」と後回しにしていたレコードが10,000枚以上あった。

「酒も好きだから、飲みながらレコードを流して、友人と音楽を紹介し合える場所があったらいいなと思って。それなら、レコードバーという手があるなと」

下北沢や渋谷でライブハウスを複数運営する友人と酒を飲んでいたとき、須永氏はこれからやりたいことについて話した。

「そしたら、そのままタクシーに乗せられて、ここに連れてこられたんです」

この物件はその友人が所有していたもので、約2年間、ほぼ手つかずの状態で残されていた。カウンターもオーディオシステムもすでにそこにあった。小さなバーをつくろうと試みたものの、すぐに辞めてしまい放置していたのだという。

「埃だらけだったんですけど、音を出してくれたんです。それを聴いた瞬間、『ああ、ここだ』と思いました」

その後すぐに須永氏はこの場所を買い取り、音響以外にほとんど手を加えることなく、modernoが誕生した。当初、須永氏が思い描いていたのは、「バーの付いた自分のレコード部屋」のような場所だった。LPをかけ、酒を注ぎ、自分のペースで音楽を聴く。

ところが店を続けるうちに、DJとしての本能が少しずつ顔を出すようになる。今では店内の空気を見ながら、一曲ずつ選曲することも多いのだという。

「そこから離れたくて店を始めたはずなのに、どうしてもDJが出てきちゃう。もう身に染み付いちゃってるんでしょうね。」

「自分の耳にも、まだ成長する余地があるんだと感じられるのが嬉しい」

一方で、この店は須永氏自身のリスニングの幅も広げた。フロアでは選ぶことのなかったポストクラシカルなど、新たな音楽へと耳を向けるきっかけにもなっている。

「目当ての一曲のためだけに買ったアルバムなどをまるまる聴き直してみると、当時は理解できなかった曲のほうが、もともとそのレコードを買うきっかけになった曲より良く聴こえることもあります。そういうときは、得した気分になりますね。自分の耳にも、まだ成長する余地があるんだと感じられるのも嬉しい。」

その「発見」は、自分のコレクションだけにとどまらない。客やゲストセレクターたちも、それぞれが見つけた音楽を店へ持ち込んでくるのだという。

Modernoは、40年以上かけて集めてきたレコードの中へ須永氏が閉じこもる場所ではなく、新しい音楽を見つけ続けるための場所になっている。須永氏が掲げる「未来のジャズを探して」という姿勢を象徴する2枚が、日本のフリー・ジャズ・ギタリスト、高柳昌行の『Cool Jojo Second Concept』とFabiano do NascimentoとE Ruscha Vによる『Aquáticos』。後者はブラジル音楽、アンビエント、実験音楽を自由に横断する作品だ。

学び続け、そして渡していく

毎日新譜が届くというmoderno。ジャズはいまも須永氏の重要な基準のひとつだが、とりわけ今興味を持っているのは若いミュージシャンたちだ。

「若いジャズミュージシャンは、『ジャズとはこうあるべき』というルールに縛られていない。それが新鮮だし、僕もそこから学ぶことがあります」

キャリア40年を超えてなお、須永氏の視線は前を向いている。

また、新しい音楽の発見だけでなく、新しい世代へのサポートにも前向きだ。

「今はPC一つで誰でも簡単にDJができるようになりました。だけど、本格的にやるなら基礎となる技術がないといつか破綻してしまう。だから、ここに聞きにきて欲しい。教えてあげたいんです。」

ゆっくりレコードを聴くために始めた場所は、いつしか新しい音楽と出会い、それをまた誰かへ渡していく場所になった。

modernoは、今や「カウンターのあるレコード部屋」ではない。須永辰緒とそこを訪れる人たちが、音楽を聴き、学び、交わす、現在進行形のラボでありサロンなのだ。

moderno
東京都世田谷区駒沢5-16-9 TOOSビル1F
営業時間:20:00〜翌3:00
定休日:日曜日
Instagram:@moderno_komazawa

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Vince Lee

オーストラリア出身、東京在住。世界がどのように形作られているかに好奇心を持ち、過去や未来について考察を巡らせている。文化、音楽、自然に興味を持ち、レコードバー、美術館、海や山で時間を過ごすことを愛す。

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