京都・鴨川の五条橋から少し南へ。観光客で賑わう中心部から離れた静かな川沿いに、本格的な日本茶、中国茶、台湾茶が味わえる茶屋「池半分室」がある。

11代続く窯元のルーツから、茶の世界へ
屋号の池半は、尾張国瀬戸(今の愛知県瀬戸市)にあった窯元「池林堂半七」からとったもの。その歴史は詳らかではないが、江戸の文化文政期には窯として稼働していた記録が残る。名窯(めいよう)として知られたが、昭和の初期に廃業した。
池半分室を創業した亭主、小嶋万太郎さんは11代目にあたる。窯元と茶屋とは分野が離れている印象だが、実は近いという。小嶋さんは、次のように話す。
「日本茶の代表と言えば、多くの方は抹茶や煎茶を思い浮かべると思います。また、海外から来たものとしては、紅茶や烏龍茶などがありますね。どれもチャノキから採られた茶葉ですが、それぞれ専用の道具があります。先祖は焼き物屋として、抹茶用、煎茶用の道具をどちらも作っていて、実家にはそれらが残っていました。子供の頃、『もともと同じ植物なのに、お茶にはこんなに種類があって、なぜこんなにたくさんの道具が必要なのか』と思っていました。『先祖が触れていたであろうこの奥深い世界を開拓するのはどうだろう』という気持ちが、大人になって店を始める動機になりました」
ただ、小嶋さんは、最初から池半分室の構想を持っていたわけではない。池半分室はその名の通り「分室」であり、その本室にあたるのは「池半」という茶店である。「池半」はコロナ禍に1日1組限定の茶会を楽しむ店として誕生した。正式な名称は「茶室/茶藝室 池半」という。(2026年8月時点で改装のため休業中)。
1日1組の茶室から、ふらりと立ち寄れる「分室」へ
2024年、池半の隣に開業した池半分室は、4階建ての宿「鴨半 母屋」の1階にある。こちらは、1日1組と限定せず、予約なしでふらりと入れる店だ。

小嶋さんによれば、池半のように、亭主がつきっきりで少人数をもてなすという茶の姿だけでは、「人の暮らしに根付いてきた多種多様な茶の姿を適切に表現することができない」という思いがあったという。完全予約制の敷居の高い路線だけ、あるいはテイクアウトで気軽なお茶を提供するだけでは、お茶に対する誤解を多くの人に与えかねないという危惧の念があったとも打ち明ける。
「様々なお茶のあり方を、偏ることなく提案するのも、茶を現代まで伝えてくれた先人に対する礼の尽くし方だと思っています。しっかり予約をして訪れる茶会も大事な茶文化ですし、自分一人で、あるいは友人や家族といった身内だけで気軽にお茶をするのも茶の本質です」と語る小嶋さん。ほどなく満席となった店内を見ると、その責任をしっかり果たしているようだ。
日本、中国、台湾から。自ら産地を訪れて選ぶ十数種の茶
池半分室の内装は、シンプルに徹している。コンクリート打ち放しの空間はコンパクトで、2~3人用の席がぽつぽつと点在する。装飾的なインテリアといえば、茶器の置かれた棚と季節の植物だけ。その向かい側に置かれた、明治期の水屋箪笥には、十数種のお茶が並ぶ。

このラインナップは固定されたものでなく、季節に合うもの、旬のものを厳選し、適宜入れ替えているという。大きく日本茶、中国茶、台湾茶に分かれ、さらに緑茶、烏龍茶、紅茶、白茶、黄茶、黒茶にカテゴライズされている。いずれも、有機農法・自然農法で栽培され、小嶋さんご家族が現地に赴いて、自身の目でセレクトしたものだ。なかには地元京都のお茶もある。古樹手摘在来煎茶という名で、煎茶発祥の宇治田原の谷で肥料を使わず育った在来種を手摘みして浅蒸しで仕上げたと、メニューに書かれている。このお茶は毎年5月にスタッフ総出で手摘みするそうで、これに限らず、どのお茶も稀少で個性があり、どれか一つに決めるのに楽しい迷いが伴う。
希少な台湾の黄茶から知る、“淡さ”という味わい
メニューを何度か見返して、三峡野放黄茶にした。製茶工程で悶黄という蒸らす工程があるため茶葉が黄色になることから黄茶と呼ばれるが、もともと中国発祥で、かなり稀少なものだという。最近は台湾でも作られるようになり、こちらもその一つ。「無農薬無施肥で育てられた樹齢が古いチャノキから一芯一二葉(いっしんによう)で手摘みし丁寧に作られています」というから、特に稀少性が高い。

小嶋さんが1煎目を淹れる前に、茶葉を一つつまみあげ見せてくれた。「先っぽの細い部分がシルバーになっていますね。これが新芽なのです。一芯一二葉とは、新芽とその下の2枚の葉のこと。その部分だけを使っています」と解説を加える。
茶葉が専用の茶器で蒸らされ、茶杯に注がれる。黄味がかった、淡い色をしている。ややあって香気が立ち昇ってくる。製茶時に加熱・熟成されているのに、不思議にも生の植物をイメージさせる香りだ。

一口含むと、これまで飲んだどのお茶とも似ていない繊細な味わいがした。単に舌を満足させるのではなく、心を解きほぐすような不思議な感覚がある。同時に供されたお茶請け3種盛り(棗ヌガー、ドライマンゴー、ピーナッツクッキー)との相性も良い。
「これは、明確な味を欲しがっているお茶ではありません。むしろ、ほのかに色付いた湯にほんのり香りが立つ、淡さを表現することを目指しています。はっきりとわかる味を求める、日本の緑茶や中国台湾の烏龍茶とは対照的ですよね。10煎ぐらいまで出るお茶ですので、それぞれの風味の違いを比べるのもおすすめです」
お茶の世界の奥深さを改めて実感したが、それは決して手の届きにくい高尚なものではない。むしろ、気負いのない軽い心が、その扉を開く合鍵となる。そんな新鮮な気づきが得られる場所だ。
池半分室
住所: 〒600-8111京都市下京区加茂川筋五条下る都市町 143−10
営業時間: 11:00~17:00(L.O. 16:00)
定休日: 水曜日
ウェブサイト: https://www.ikehan.jp/bunshitsu/
Instagram: @bunshitsu.ikehan