日本の先駆的アートコレクター夫婦によるアートの楽しみ方 -好きに忠実に-

OKETA COLLECTION『YES YOU CAN -アートからみる生きる力-』展(WHAT MUSEUM)会場風景
2022年8月6日から11月13日まで、天王洲「WHAT MUSEUM」にて開催されていたOKETA COLLECTION『YES YOU CAN −アートからみる生きる力−』展。4月28日から7月3日開催されていたOKETA COLLECTION『Mariage −骨董から現代アート−』展に続く第2弾。写真中央の立体作品はジェネシス・ベランジャー『Wild Intervention』。その奥の絵画は鍵岡リグレアンヌ『Reflection h-27』。右はキャサリン・バーンハート『E.T Matcha ice cream+Sacai』。左壁面は今津景『My Heart In My Hand(Gray Shade)』。パンデミック下で製作された女性アーティストの作品約35点を公開した

桶田俊二は、レディースアパレルブランドを複数展開する「アルページュ」の創業者。1980年代から、日本のファッションビジネスをリードしてきた経営者のひとりだ。とはいえ彼は、現在、その妻である聖子さんとともに、骨董、現代美術における日本の先駆的コレクターとして、むしろ知られている。
一般には、毎年4月に南青山の「スパイラルガーデン」にて、そのコレクションを展示する『OKETA COLLECTION』で知られる夫妻に、アートコレクターの楽しみをたずねた。インタビューした場所は、夫妻が親しい人やメディアに公開しているプライベートな空間、夫妻の自宅だ。

桶田俊二・聖子夫妻。自宅にて。背後の壁にあるのは草間彌生の油彩『インフィニティ・ネット』

コレクター誕生のきっかけは草間彌生

桶田俊二・聖子夫妻の自宅は、そのコレクションが生活空間と一体化しているところが、楽しい。作品の質・量は、そんじょそこらの美術館顔負け。しかし、見どころは、その展示方法が美術館のような学術的テーマに沿ったものでは必ずしもないところで、時代も場所もバラバラな作品の組み合わせが、表現活動になっている。

壁面のハーヴィン・アンダーソンの絵画と、棚の李朝の白磁、床のジョージェ・オズボルトの立体作品と、彫刻家クララ・クリスタローヴァ(チェコスロバキア生まれ)のうさぎとねずみなどが組み合わされて、微笑ましい空間が生まれている。作品ひとつひとつもさることながら、キュレーターがいない、桶田夫妻のセンスによる作品の組み合わせが見どころ

まずは、そもそもどうしてアートのコレクターになったのかと問うと―――

「アート病なの」

と聖子さんがぱっと笑顔になる。
「やっぱり買ったら楽しいですよね。自分たち欲しいと思うものを手に入れたときの快感があるからアート病になってしまうのかなと思いますね」

「私どもは、2000年にコレクションを始めまして、その出発点が骨董だったんです」と、聖子さんにつられて笑顔になっていた俊二さんが、ゆっくりと言い添える。「日本の骨董、あとは中国、韓国ですね。そこから竹籠や盆栽といった日本に代々伝わってきた歴史あるものをコレクションし始めたのが始まりです」
そこに現代アートが組み合わされることになった転機は、2009年も押し迫った頃に訪れたという。「2009年11月に、NHKで草間彌生さんのドキュメンタリーを見まして……そのとき、80歳を過ぎても、草間さんが力強く描いている姿を見て、すごいアーティストがいるんだ、と興味を持ちました」

「そのドキュメンタリーが、世界の4都市を巡回する巡回展『YAYOI KUSAMA』2011〜2012の作品を描いていた映像だったんです」と聖子さんが付け加える。「マドリッドの「ソフィア王妃芸術センター」や、ロンドンの「テート・モダン」ですとかを回る展覧会に向けた作品なのですが、凄まじいエネルギーで生き生きと描かれていて。もう何度そのビデオを見たことやら」
そこで気持ちが抑えられなくなった桶田夫妻は年明け早々、行動に出た。

草間彌生の代表的な『かぼちゃ』がモチーフの作品の一作。自宅の廊下に飾られている

「2010年の1月10日に、草間さんの作品を扱っているプライマリーギャラリーに伺って、ぜひ草間さんの作品が欲しいと言ったんです。その時は展覧会があったわけでもなく、ギャラリーに作品がなかったんですが。しばらくして、作品が入ったと連絡が来たんです。 そうして購入したのが、代表作『ホワイトネッツ』です」
その作品でなにかをする、というアイデアは特になかった。

「サイズ的に自宅に展示できるような作品をコレクションしていって、大きいのが欲しくなった際に、物理的に自宅には展示できないので、倉庫に保管するようになりました。この頃は、親しい友だちに作品を見せたことはありましたが、基本は自分用です。その後、港区にビューイングルームを用意して、そこにも展示するようになると、自宅とビューイングルームに展示する作品が欲しいなと思いまして、コレクションが増えていったという流れです」

ヴーヴ・クリコ ラ・グランダム 2012 草間彌生スペシャルオブジェ ~夜の闇の中に咲いた私の心~
シャンパーニュメゾン「ヴーヴ・クリコ」の『ラ・グランダム ヴィンテージ2012』との スペシャルオブジェとして2020年に100点作られたうちの1点。 窓辺に置かれている

当初は、草間彌生以外の作家には興味がなかった。
「最初の2〜3年は草間さんだけを追いかけていたんです。ただ、草間さんの作品の新しいものはプライマリーギャラリーで買えるのですが、過去のものはないので、そうすると国内外のオークションに参加するようになります。そうやって、 ある程度草間さんの作品が揃ってきたあたりから、村上隆さんや、奈良美智さんといった他の日本の素晴らしいアーティストの作品も購入するようになりました」

自宅玄関を入ってすぐに目につく作品。奈良美智の絵画と李朝の白磁花器壺。その下は江戸時代の船箪笥

「こうなってくると、海外のオークションやアートフェアにも行くようになりますので、どうしても海外の作家さんも目に入ってきますよね。それで今度は海外のアーティストの作品も購入するようになっていったんです」
桶田夫妻のアート病は徐々に深刻化していった。

自宅リビングに飾られているゲルハルト・リヒターの作品。この隣には女性アーティストのジャデ・ファドジュティミの作品が並んでいる。ジャデ・ファドジュティミのコレクションは多数あり、OKETA COLLECTION『YES YOU CAN −アートからみる生きる力−』展でも一区画を捧げている

桶田コレクション公開へ

「もちろん、日本のアーティストの作品への興味も増していって、名和晃平さんや加藤泉さん、五木田智央さんなどの作品も集めるようになりました。それで倉庫もどんどん増えていっちゃって……」
2019年、いよいよ、コレクションを公開しようと考えるに至ったという。

「2019年に南青山の「スパイラルガーデン」で一般公開したのが始まりです。 以降、スパイラルでは毎年4月、コレクションを公開しています。金沢21世紀美術館で桶田コレクションをやったのは2020年のコロナ前くらい。期間は1カ月ちょっとかな。2022年は、倉庫でお世話になっている寺田倉庫さんから「WHAT MUSEUM」でのコレクション展のお話しをいただいて、4月スタートだったかな。5カ月間やってほしいということだったので、1つのテーマで5カ月っていうのも長いから、2回に分けてやろうということになりました。」

OKETA COLLECTION『YES YOU CAN -アートからみる生きる力-』展(WHAT MUSEUM)会場風景
桶田夫妻が選んだ展示作品にはパンデミックの陰鬱さはなく、明るく、エネルギッシュ

「日本にアート文化がもっともっと広がっていったらいいなと思っていて。 海外に比べると日本はアートがあまり一般的ではないしコレクターも少なかったですから。展示をやるとそこにアーティストさんが来てくれますし、うちに来てくれるようにもなりました。展示している作品の作者さんだけでなく。それはお互いにとっていい機会だとおもいます」

アーティストにとっての環境が良くなっていると感じているかとたずねると

「ここ2〜3年くらいですごく環境は良くなりましたね」と俊二さんは言う。続けて聖子さんが「だいぶ増えましたものね、若いコレクターさんが」と手短に状況をまとめた。

「最近は、東京芸大の学生も在学中に作品がけっこういい値段で売れたり、卒業してすぐの方でも売れたりするケースも多いですね。今の若手の作家さんは恵まれているのではないでしょうか? 我々が2019年のスパイラルで始めた時は、そんなことはほとんどなかったと思います。サイズ的にも、日本ではあんまり大きいものは売れないと言われていたんですけれど、海外と同じようなスケールになってきている。大きいものから売れるんだそうです」

「私達は一銭にもならないけれど」と笑ったあと「たとえば、2022年7月からWHAT MUSEUMで開催した展覧会では、女性作家の作品だけを展示しました。そこで、女性若手アーティストが刺激を受けて、私ももっと世界に出て行かなきゃっていう気持ちになってくれたら嬉しいですね。実際に今、ちょっとずつではあっても海外に出て行く方も増えていますから」

「私達も若手のアーティストの作品は積極的に買うようにしてるんです。それでスパイラルに展示したアーティストが何人か、海外の美術館に行っています。それを見ていると、本当によかったなと思いますね。そういうサポートをしていきたいです」

日本の魅力

最後に、海外から日本に来るアートファンに向けて、桶田夫妻からおすすめを教えてもらった。
「もちろんタイミングが合えば、ぜひ、スパイラルに。『OKETA COLLECTION』は毎年、4月に3週間程度やっています。あとは、定番ではありますが、やはり「江之浦測候所」、直島。美術館ならば「新国立美術館」「森アーツセンターギャラリー」。プライベートコレクションならば大林さんの「游庵」白井さんのところなどですかね。 うちも少人数であれば。美術館にはもちろん美術館のよさがありますが、プライベートコレクションってまた違う楽しさがありますから」

「ただ、大林さんや白井さんのところは大人数を受け入れられる場所がありますが 、うちの場合は自宅ですから、4〜6名ぐらいでしたら対応できるんですけれど、あまり多いと作品にぶつかってしまったりしそうで、危なくて」
たしかに、桶田家には、希少な陶芸家の作品や、歴史的な骨董の壺などが、そこここに飾られている。

自宅にもビューイングルームのような一部屋がある。希少な工芸、家具とともに、海をテーマにした現代アートが配置されている。
サーフィンのペンインティングと、棚の上段にある立体作品はジャン・ジュリアンのもの。二段目・三段目は、加守田章二「壺」「彩陶壺」
棚そのものも、17世紀李朝のものだ

日本はアートファンにとって、推薦できる旅先だろうか?
「おすすめでしょう!美味しい食べ物もいっぱいあります。このあいだ、アート・バーゼルでパリに行ってきましたが、東京に行きたいとおっしゃる方はたくさんいらっしゃいましたよ。東京のアートフェアなんかも増えましたしね」

「そうそう」と聖子さんが続ける「いまは日本がいいです。お食事も海外進出して行列になっているお店も、日本なら、普通に入れますからね!」

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Fumihiko Suzuki

東京都出身。フランス パリ第四大学の博士課程にて、19世紀フランス文学を研究。翻訳家、ライターとしても活動し、帰国後は、編集のほか、食品のマーケティングにも携わる。2017年より『WINE WHAT』を出版するLUFTメディアコミュニケーションの代表取締役。2021年に独立し、現在はJBpress autographの編集長。

Photo by Shiho Yabe

ドイツでの日本語教師を経て、ポートレート、ライブフォト、旅写真を手がけるフォトグラファーとなる。渡辺貞夫、田原俊彦、香取慎吾など多くのミュージシャンのジャケット写真、アーティスト写真を撮影。BTS、BIGBANGやクインシー・ジョーンズなど海外アーティストの撮影も多数。趣味は料理とDIY。奈良県出身。Instagram @shihoyabe

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