上野公園の桜と江戸文化を楽しみに「大吉原展」へ

桜が真っ盛りの4月。渋谷から東京メトロ銀座線かJRで約30分の上野公園で花見を楽しんだら、そのまま隣の東京藝術大学大学美術館へ足を運ぼう。開催中の「大吉原展」は、決して二度と出現してはならない場所でありながらさまざまな文化を発展させた、江戸幕府公認の遊廓「吉原」をテーマにした初めての展覧会だ。

桜が満開の上野公園

はじめに吉原とはどんなところかというと、1617年に始まり、場所を変えて1958年まで続いた、遊廓(売春宿)が集められ高い黒塀で囲まれた江戸幕府公認の“別界”。そこで働く女性たちは、家族の前借金を返済するために全国から集められてここで暮らして働き、借金を完済するか、顧客の男性にその借金を肩代わりしてもらわなければ、塀の外に出ることができなかった。そのすさまじい女性の人権蹂躙の歴史は、二度と繰り返されてはならない。

同時に、吉原では季節ごとの年中行事が行われ、遊女たちがまとう豪華絢爛な着物に注目が集まり、絵師たちがそれを描き、浮世絵や洒落本などの出版文化が発展した。調度品などの工芸や音楽、文学など、あらゆる文化が集まり、遊廓は一種の文化的サロンともなっていたという。3月には、1か月限定で桜の花が場内に持ち込まれて毎晩花見が開催されるなど、豪奢な世界を作り上げられていたという。

喜多川歌麿(きたがわうたまろ) 《吉原の花》 寛政5年(1793)頃 ワズワース・アテネウム美術館
吉原では、3月中のみ桜の木が持ち込まれ、花見を楽しんだという。

本展は、吉原の負の歴史をふまえながらも、そこで育まれた文化に目を向け、国内外から丁寧に作品を集めた、「吉原」を正面からテーマとして見据えた初めての展覧会だ。

一枚目:歌川国貞(うたがわくにさだ)《美人合 俄》 文政(1818-30)末期 山口県立萩美術館・浦上記念館
展示期間:3月26日(火)~4月21日(日)
二枚目:溪斎英泉(けいさいえいせん)《新吉原全盛七軒人 松葉屋内粧ひ にほひ とめき》 文政(1818-30)後期 山口県立萩美術館・浦上記念館
展示期間:4月23日(火)~5月19日(日)

本展の学術顧問を務めた前法政大学学長で江戸文化研究者の田中優子氏によると、遊女たちを描いた浮世絵には衣裳や髪飾りなどが微細に描き込まれ、女性の肉体そのものに着眼したものではないことから、絵師による遊女たちへの敬意が感じられるという。
実際、遊女を描いた浮世絵には、きものの柄や色合わせなど、現代のセンスにも通じるお洒落のヒントが詰まっている。

吉原の雰囲気が再現された展示会場

4つに分かれた展示会場のうちの第3会場は、吉原の町並みが再現された展示室で作品を鑑賞できる。鑑賞者は、舟で隅田川を遡上して吉原に通った客のように、隅田川をかたどった立体作品の前を通って会場内へと入る。展示室を見守るスタッフも半被を着て雰囲気を盛り上げている。

人形・辻村寿三郎、建物・三浦宏、小物細工・服部一郎《江戸風俗人形》 昭和56年(1981) 台東区立下町風俗資料館
撮影:石﨑幸治、写真提供:三浦佳子

展示の最後には、268×235.5×高さ81.5cmの吉原の妓楼の立体模型が登場。吉原の虚構的な世界がどのような空間で展開されていたのかがよくわかる。23体の人形は著名な人形作家、辻村寿三郎氏によるもので、金糸銀糸の刺繍がほどこされた美しい衣裳をまとっている。

福田美蘭《大吉原展》 2024年 作家蔵

本展のキービジュアルは、現代アーティストの福田美蘭氏。浮世絵をコラージュし、彩色した絵画作品だ。江戸文化が集結し、爛熟した吉原は、現代のアーティストをも刺激し続けている。

桜が咲いている時期なら、美術館を出た後も、しばらくは江戸時代の虚構の世界をさまよっているかのような気分が味わえるだろう。

大吉原展
会場:東京藝術大学大学美術館
会期:2024年3月26日〜5月19日(前期3月26日〜4月21日、後期4月23日〜5月19日)*会期中展示替えあり
休館日:月曜日(ただし4月29日、5月6日は開館)、5月7日
開館時間:10:00〜17:00
観覧料:一般2000円ほか
Webサイト:https://daiyoshiwara2024.jp/

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Naoko Ando

(株)世界文化社、(株)日経BP社にて男性誌、婦人誌、ライフスタイル誌の編集に携わり、2010年フリーランスの編集者/ライターとして独立。おもにアート、旅、インテリア、デザイン、建築の分野で活動中。近著に『マティスを旅する』(世界文化社)がある。noteにてコラム「旅とアート」を公開中(https://note.com/esperluca)。

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