日本にはコーヒーの生豆から自家焙煎を探求し、その魅力を最大限に引き出す手段としてハンドドリップ方式を貫く珈琲店がある。そこで、気骨ある店主のコーヒー哲学もスパイスとなった、とっておきの一杯を巡る連載をお届けしたい。
第11回は、コーヒー業界に革新的なメソッドをもたらした「PHILOCOFFEA」の粕谷 哲さんにご登場いただいた。今なお進化し続ける一杯を、独特のフィロソフィーとともに味わっていただきたい。
進化を続ける美味しいコーヒーの最前線

PROFILE
粕谷 哲(かすや てつ) 1984年生まれ、茨城県美浦村出身。 青山学院大学大学院修了後、IT企業に就職。 2013年にバリスタへ転身。 2016年、バリスタ競技の最高峰「World Brewers Cup」でアジア人初の世界チャンピオンを獲得。現在は、コーヒーカンパニー「PHILOCOFFEEA(フィロコフィア)」の代表として、千葉県内の3店舗に加え、2025年3月には表参道にも旗艦店を展開。ファミリーマートのコーヒーの監修をはじめ、国内外の大手企業のコーヒーのアドバイザーも手掛ける。
今回ご登場いただくのは、コーヒーの道を歩みはじめ、わずか3年未満で世界チャンピオンの座についた伝説のバリスタ粕谷 哲さん。常の連載であれば、具体的な焙煎やドリップの技術にフォーカスしながら、人生ストーリーを重ねていくのだが、今回のインタビューは少しイレギュラーとなった。というのも、粕谷さんのドリップ技術は常に進化を続けている。
「誰でも美味しいコーヒーを淹れられる」ことを目指し考案された「4:6メソッド」は、画期的なドリップ方程式としてバリスタ界を席巻するも、粕谷さんがその手法に留まる時間は長くはなかった。続いて発表されたのは、お湯の透過と浸漬を組み合わせた「ハイブリット式」、その方程式も浸漬→透過→浸漬を繰り返す「ニューハイブリット式」へと発展する。
インタビューを行った2025年12月の段階でも、「未発表ですが、また新たなメソッドを発見しました」と公言する。その口調は至って穏やか。平然としながら、独自のメソッドを次々と考案し、エポックメイキングを成し遂げる。粕谷さんのインスピレーションはどこからもたらされるのだろうか──。

香りを確かめながら、ニューハイブリット式でコーヒーを淹れる粕谷さん。
次々に考案される、これまでにない理論的なドリップ・メソッド。その“思考の源”をたずねると、「新たなドリップ方式は、常に問題意識から生まれる」と粕谷さん。
「というのも、コーヒーはバリスタだけで成り立つものでなく、コーヒー豆も未来永劫同じものではない。農園の人々が常に切磋琢磨をしながら、豆そのものが進化しており、ドリップの器具もアップデートされている。淹れ方も進歩して当然ですよね」と言葉を続ける。


オリジナルの有田焼のカップ。最初に作ったのは薄作(うすざく)で口窄まりな卵形のカップ。繊細な華やぎを味わうには適しているが、甘みを堪能したい最近の豆には適さないという。そこで、やや厚手で湯呑みのようなカップを新たにデザインした。
たとえば、「ORIGAMI」のドリッパーは、円錐フィルターとフラットボトムの両方を使用できるという点では、紛れも無いイノベーションではあるが、粕谷さんは納得のいく味に辿り着けないでいたという。
「その一方で、必ず方法は見つかるはずだとも思っていた。ある時、AとBを組み合わせる手法が頭の中で整理できたので、ORIGAMI CUP JAPAN 2025の優勝者とのエキシビションマッチに出場。思い描いた新たなメソッドで、圧勝しました(笑)」。
解決したい問題点を明確にし、あとはひたすら情報をインプットし続ける。時に必然的に、時に偶然に、情報が繋がりはじめ誰もが理解できる方程式として生み出される。しかも、そのアウトプットは店のスタッフに共有するだけにとどまらず、YouTubeチャンネルなどで惜しげもなく披露。
「誰もがコーヒーを美味しく淹れられるようになったら、コーヒーそのものの価値があがる。それが、自分がコーヒーから享受してきたことへの恩返しにもなる」

「結果を出すためには、頭をつかって、体をつかって、トライ&エラーをとことん繰り返すしかない」と、水面下の努力を感じさせない笑顔の粕谷さん。
コーヒーは自分を映す“鏡”のような存在


淡々としながらも深いコーヒー哲学に、真剣に耳を傾けていると、優雅なコーヒーの香りに誘われる。試飲用に出されたコーヒーを温かいうちに頂きたいと、話の腰を折ってまで味わった一杯は、2025年3月に表参道店をオープンした際に創出した「TOKYO BLEND」。常に進化を続ける東京の姿を映し出すように、年間を通じて同じ味わいを提供するのではなく、コーヒー豆を入れ替えながら緩やかに変化していくのだとか。ベースは華やかな浅煎りに仕上げたエチオピアのウォッシュト、トロピカルでジューシーなエクアドル産の豆と、わずかに焙煎度を上げて甘さを引き出したエチオピアのナチュラルとが綺麗に響き合う。一口、もう一口と、変化を楽しみながら味わえるように、飲む温度帯によってもフレーバーの移ろいを感じられる。
当然、最初にパフォーマンスいただいたニューハイブリット方式で淹れたものかと尋ねると、確かにそうだと頷きながらも、「この豆は実は違う方法で淹れたほうが、もっと美味しくなる」と粕谷さん。「つい先日、個々の豆によってドリップ方式を変えたほうが、ベターではないかという思いが浮かんだ。画一的なオペレーションは店を運営する上では楽だけど、“世界一美味しいコーヒー屋”を目指すなら、面倒な手間暇をかけてでも味を追求することが大切」と言葉を継ぐ。


パッケージには、最初に勤めたコーヒー店で常連客から言われた「極める道に終わりはない」という言葉が初心を投影するように綴られている。
豆によって焙煎を変えるのは当然だが、すべての豆に応じて淹れ方まで変えるという考えは実に斬新。その根底には、“一杯の美味しいコーヒー”への思いしかない。「メソッドは理論から考えはするけれど、最終的に美味しくなければ意味がない」と語る粕谷さんは、抽出されたコーヒーの味を評価する、世界でもトップレベルの能力があると自負している。毎年世界大会に足運び、上位のバリスタのコーヒーを味わい情報をアップデート。常に誰よりも最先端の美味しさを知っているからこそ、そこから逆算してドリップのメソッドや焙煎も構築できるのだという。


焙煎機は用途に応じて、完全熱風式のローリングロースターとストロングホールドS7Xを使い分けている。グラインダーは刃質にこだわったドイツ製のディッティングとオーストラリア製のオプション・オーを採用。
「コーヒーの美味しさは、果てしない。“完璧だ”と思った時点で、終わりを迎えてしまうというか。だから、“ベスト”ではなく“ベター”を積み重ねていきたい。時折、限界は感じるけれど、それでいいのだと思う。突き詰めることで、限界をどうやってクリアしていくかの答えを教えてくれるのもコーヒーだから。ハンドドリップでコーヒーを淹れていると、どこか幽体離脱をして俯瞰して自分を見ているような、自身の内面を見つめ直すことができる。まさに、自分を映す鏡のような存在でもある」と、最後に語ってくれた。

窓枠に立つコウノトリに、世界へと飛び立つ思いを込めたロゴマーク。開業した当初とはさまざまな状況も変化した今、チームの新たな心意気を映すロゴを再構築しているという。
取材を終え、原稿のお供にしようと「PHILOCOFEEA」のディップスタイルのドリップバックセットを購入する。温度と時間さえ守れば、不器用な私でも豊かな風味が自宅で再現できた。その味の特徴をもっと知りたいと、ホームページを開くと、二項対立のマトリックスでは表現できない複雑な味の個性や農園の背景、さらには粕谷さんが農園主と出会ったインプレッションや人柄までが長い物語として綴られていた。数字や方程式だけでは語れない、温かな言葉を散りばめたラブレターのよう。そう思った瞬間、“一杯の美味しいコーヒー”に懸ける粕谷さんの思いが、ストンと腑に落ちたような気がした。

表参道店のスタッフと。コーヒーの世界を幸せと感動で満たすことをビジョンに掲げた「PILOCOFEEA」。そこには共に働くスタッフへの思いも込められている。



◾️SHOP DATA
「PHILOCOFFEA表参道」
住所:東京都港区北青山3-8-15GREEN TERRACE表参道B1F
公式サイト:https://philocoffea.com/
◾️COFFEE DATA
焙煎度合い: 浅煎り〜中煎り〜深煎り
焙煎機:ローリングロースター(完全熱風式/15kg) 、ストロングホールドS7X
グラインダー :ディッティング、オプション・オー
抽出: ペーパーフィルター/HARIO V60透過ドリッパー02粕谷モデル
種類:ブレンド4種類、シングルオリジン約10種類
器: オリジナルの有田焼カップ(コーヒーの種類により数種類を使い分けている)