築100年の銀行建築を再生した「K5」の美学|日本橋兜町

かつて「証券の街」として日本の経済を支えた東京・日本橋兜町。この場所は、1990年代の証券取引所オンライン化を境に、街から人の気配が消え、一時は活気を失った場所となった。そんな街に新たな息吹を吹き込んだのが、マイクロ・コンプレックス「K5(ケーファイブ)」である。

1923年に第一国立銀行の別館として建てられた銀行建築をフルリノベーションしたこの施設は、単なる宿泊施設にとどまらない。そこには、街と調和し、人の五感を揺さぶる徹底した美学が貫かれている。

築100年の歴史を背負うK5

K5の物語は、兜町の再活性化プロジェクトから始まった。無機質なコンクリートに囲まれたグレーの金融街に「緑」と「都市の生活」を取り戻すこと。そのミッションを象徴するように、一歩足を踏み入れると、溢れんばかりの植物がゲストを迎える。5年という月日をかけて「RETURNING TO NATURE(自然への回帰)」を体現してきた館内は、外観の堅牢なイメージとのギャップを生み出し、訪れる者の心を一瞬で奪う。

リノベーションにあたっては、築100年を超える建物の躯体(くたい)をあえて剥き出しのまま残した。剥がされた床の跡には、廊下や風呂、カフェのタイルと同じサイズの四角いパターンが浮かび上がり、かつての時代に敷き詰められていた歴史の層を感じさせる。

デザインを担当したのは、スウェーデンのストックホルムを拠点とする建築家ユニット「CKR(クラーソン・コイヴィスト・ルーネ)」。彼らが掲げたのは「北欧のミニマリズム」と「日本のクラフト」のミクスチャーだ。家具の多くはオリジナルで、竹や杉、麻布、テラコッタなどの自然素材を現代的に取り入れている。エアコンのルーバーに使われた杉材も、使い込むほどに深みが増し、建物そのものが生きていることを実感させる。

「曖昧の美学」

K5には、スイートからスタジオまで7タイプの客室がある。特筆すべきはその圧倒的な天井高だ。シグネチャーフロアである最上階は4.5メートル、2階と3階は3.5メートルという開放感。廊下を進むと、手垢や傷さえも表情となる銅の壁を目にすることができる。

K5のコンセプトの核にあるのは「あいまい」という言葉だ。これは、現代の「ジェンダーレス」や「ボーダーレス」を、CKRの感性で日本的に解釈したもの。客室にはリビングとベッドルームを仕切る明確な壁や扉がなく、光を通すリネンのカーテンが緩やかに空間を繋いでいる。

そして、このホテルにはテレビが存在しない。その代わりに置かれているのは、レコードプレーヤーと本だ。「非日常を味わい、日常から離れてほしい」という願いから、ネットの世界を遮断するデジタルデトックスを提案している。

空間演出へのこだわりにも徹底している。客室のスピーカーは、あえて高い位置に設置され、音が空間全体に優しく広がるよう設計されている。しかし、このスピーカーは15分で自動的に電源が切れてしまう仕様だ。そこでK5では、ゲストがチェックインして部屋の扉を開ける瞬間に音が鳴り響くよう、スタッフがロビーから部屋まで走ってスイッチを入れる。このアナログで熱量のある演出こそが、K5らしいホスピタリティの象徴といえる。

五感で味わう滞在

K5での体験は、視覚だけでなく五感すべてに訴えかける。スイートルームの床には、アクセントとしてレッドまたはグリーンのウール製畳が敷かれている。これは、従来の井草が持つカビや匂いの問題をクリアしつつ、重い家具を置くための実用性とデザイン性を兼ね備えたものだ。

ミニバーの一つひとつにも、語り尽くせないストーリーがある。スタッフが自ら全国の生産者のもとへ足を運び、その顔と情熱を確認したものだけを厳選。生産者のストーリーを綴った文章が添えられ、大きいチェーンホテルにはない温かみを感じさせる。

ウェルカムスナックのオリジナルのお茶やお菓子も、あえて季節やタイミングで変更する。それは単なるサービスではなく、「これ、どこのお菓子ですか?」といったゲストとの会話のきっかけ、つまりスタッフとのコミュニケーションを生むための仕掛けだ。

こうした細部へのこだわりは、アメニティにも及ぶ。オリジナルの鉛筆や栓抜きには、あえて「K5」のロゴを大きく出さない。ロゴで主張するのではなく、使った瞬間にその美学を感じてもらう。「馴染むこと」を優先し、マスなものを好まない彼らのスタンスが徹底されている。

街全体を「ホテル」と見なす、新たな都市のカタチ

現在、K5の宿泊客の9割は海外からのゲストだ。メディア掲載を見て訪れる建築家やデザイナー、経営者、クリエイターが少なくない。

しかし、K5の視線は館内だけにとどまらない。彼らの真の目的は、兜町という街全体の再活性化にある。「ホテルの中にジムやプールがないなら、街全体をホテルだと思えばいい」――そんな発想から、公式ウェブサイトから予約したゲストには街の提携店舗で使える「兜町クレジット」を配布している。

ホテルをハブとして、ゲストが街へ出て、カフェで「ハロー」と挨拶を交わし、花を買い、日常の中に溶け込む。かつて証券マンたちが忙しなく行き交った街は、今や夜遅くまでカフェで残務をこなす隣人も、レコードの音に身を委ねる旅人もが共存する、豊かで多層的な場所へと変わりつつある。

築100年の重厚な躯体に守られながら、K5はこれからも「曖昧」で、しかし確固たる美学を持って、兜町の日常を彩り続けていく。そこは、一度訪れれば既成概念が心地よく壊され、新しい自分に出会える場所なのだ。

K5(ケーファイブ)
住所:東京都中央区日本橋兜町3-5
Webサイト:https://k5-tokyo.com/

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Honoka Yamasaki

レズビアン当事者の視点からライターとしてジェンダーやLGBTQ+に関する発信をする傍ら、新宿二丁目を拠点にGOGOダンサーとして活動。 フリーマガジン『ビアンマップ』制作/連載newTOKYO「私とアナタのための、エンパワ本」執筆

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