ノーマ京都、世界一のレストランは‘ととのう’最高のリトリートだった

うっすら透けた涼やかな暖簾が出迎える。100歳を迎えてもなお現役で活躍する染色アーティスト・柚木沙弥郎のデザインで地元の染師・山本染匠が染めた。エースホテル京都のロゴから客室、館内の施設の多くで彼のアートが楽しめる。
Photo: Tanaka Kotaro

3年続いたコロナの規制が緩和された2023年春、10週間限定のポップアップレストランが世界中のフーディを京都に集めていた。エースホテル京都で行われたポップアップの仕掛け人はデンマークのコペンハーゲンでレネ・レゼピがヘッドシェフを務めるレストラン、ノーマだった。イギリスの雑誌が毎年選出をしている「世界のレストラン・ベスト50」で5度も世界一を獲っている。

天井からぶら下がる昆布が外の緑とマッチしていた。海中にいるのか地上にいるのかよくわからなくなる。
Photo: Ditte Isager 

ポップアップ終了間近のある日、わたしはノーマ京都を体験する機会に恵まれた。その体験を一言で表すならまさにメディテーションだった。

初見の人たちと囲むテーブルにヘッドシェフのレネ・レゼピが挨拶に来てくれた。ラフなTシャツ姿の彼は親しみやすい雰囲気でポップアップの会場を提供してくれたエースホテル京都との出会いについて話した。4ヶ月に及ぶ京都での生活で彼の娘は日本語を理解し書くこともできるようになったという。
日本の学校はdisciplined(規律を重んじる)だから最初の1ヶ月は大変だったみたいだけど、と笑っていた。

ノーマのファウンダー兼ヘッドシェフのレネ・レゼピ
Photo: Amy Tang 

そんなパーソナルな挨拶とトースト(乾杯)から始まったディナーの一品目は、懐石料理の八寸にインスパイアされたという。カゴには旬の緑草がたっぷりとあしらわれ、それを取り囲むようにバラの花びらの真ん中に据えられたドライトマトや黒にんにくが塗られた桜の葉、そしてトマトのゼリーの上に花粉がまぶしてあるものなどが並べられている。最初に食べるように言われたお皿には焼いた葉っぱ、小さなお花、中を覗くと何かのペーストを巻いた白いものがひっそりと隠れている。口に入れると湯葉だとわかった。

このディッシュには小さなスプーン以外のカトラリーがなかった。同席したノーマ体験2度目の先輩が手で食べるのだと教えてくれた。ホテルの部屋を出るときに丁寧に手を洗ったかな?と思い起こしながら出されたおしぼりで再度指を清め、葉っぱを一枚口に入れる。料理の説明を耳で聞き、想像を膨らませ、目で素材を確認し、手で感触を確かめながら口に運ぶ、その途中で鼻でにおいも確かめる。野原を自由に駆け巡る小さなインセクトになった気分だった。

ノーマ京都の八寸。初夏の京都そのものの風景だ。
Photo: Ayako Inaba

あとから思えば、この一品目を手で食べさせるのは五感のスイッチを押す仕掛けだったのではないか。人は五感で得られる情報の実に8割を視覚に依存しているというが、ノーマでは食材がこれまでに体験したことのない組み合わせやプレゼンテーションで出されるため視覚の情報はさほど役に立たない。

デザートへ到達する頃にはわたしの五感は心地よくも完全に研ぎ澄まされていた。デザートの仕掛けも巧妙で目には昆布の上にしじみが転がっているようにしか見えず「魚介のスイーツ??」と頭の中がざわつく。口に入れるとしじみはしじみではなく“しじみ”のように見えるものに過ぎず、爽やかな甘さのサクサクした食感の冷たいスイーツだった。メニューには柚子のソルベと貴醸酒と書かれてある。口の中で起こる小さなサプライズが幸福感をもたらす。

ノーマ京都のデザートの1皿目。運ばれてきた時は笑わずにはいられなかった。
Photo: Ayako Inaba 

一連のノーマショウを体験し終えたあとの気分は爽快そのものだった。瞑想で得られる効果は一般的に、集中力や行動力が増したり、副交感神経が優位になってリラックスできるとされ、幸せホルモンのオキシトシンが分泌されポジティブになれるといわれている。
こんなメディテーションメソッドがあったのか。

1つ1つのお皿に未知のものへの冒険が詰め込まれていた。ノーマのチームが1つ1つ大切に運んでくるお皿に込めたストーリーとトリックを五感をフル稼働して探検し感じとる3時間は、まるで大自然の中を縦横無尽に行き来したような奇天烈な旅をした感じだった。以前受けたヒプノセラピーでの体験を思い出した。

翌朝、エースホテル京都のMr. Maurice’s Italianで朝食を食べている時、ホテルの庭から私の座っているソファに1匹の虫が紛れ込んできた。こんな感じだったのかなあと昨夜を思い出しながら、新しいアイデアがどんどんと湧いてきた。ノーマが人を魅了してやまないのはこういうことなのか、と改めて感じた。

世界一に5度も選ばれたレストランは心も頭も開放されるリトリートのようだった。

<メニュー>
湯葉と行者ニンニク
麦麹と赤しょうが
トマトの花
桜の葉
ポーレンのジェル
海藻のしゃぶしゃぶ
甲いかとウイスキーヴィネガー
白海老と味噌クリスプ
タケノコとヤリイカの出汁
メカジキと昆布
お豆腐と生アーモンド
キンキ
蓮根ステーキ
山菜
伊勢海老
緑米と薔薇
柚子ソルベと貴醸酒
苺の餅
ひろめと小夏

この日のメニューとペアリングの全貌。日本にもこんなにエレガントなピノノワールがあるのかと驚いた。
Photo: Ayako Inaba

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Ayako Inaba

ZEROMILE編集長。外国人富裕層へコンシェルジュサービスを提供するPrivate Concierge, Inc.の代表取締役。既に人生の半分を日本のコンテンツを外国人へ紹介する仕事に費やす。ポップでエレガントであることを大切にしている。最近では後進を育成することに意欲を燃やしている。

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