【コーヒー侍の一杯を巡る旅】File10:Kondo Coffee Stand〜近藤寛之さん

日本にはコーヒーの生豆から自家焙煎を探求し、その魅力を最大限に引き出す手段としてハンドドリップ方式を貫く珈琲店がある。そこで、気骨ある店主のコーヒー哲学もスパイスとなった、とっておきの一杯を巡る連載をお届けしたい。第10回は、連載初となるサイフォンの達人にフォーカスした。

サイフォンに見出した美味しい一杯の方程式

コーヒー侍を訪ねる旅も10回目を迎えた。豆の焙煎、用いる道具、湯を注ぐテクニック──。その三位一体が調和し、特別な一杯の個性が輪郭として際立つことを、十人十色の“コーヒー侍”に教えられた。今回は、連載初のサイフォニスト「Kondo Coffee Stand」の近藤寛之氏が登場。日本では70〜80年代の喫茶店ブームを機に、それまで主流だったネルドリップに代わる抽出方法として多くの喫茶店でサイフォンが導入される。高温でスピーディに淹れるコーヒーは、その後の温度変化も楽しめ、何より安定した味を提供できることが魅力だと聞く。

サイフォニストの大会で優勝経験もある近藤氏だが、開業当初はハンドドリップからスタート。後学のため日本スペシャルティコーヒー協会(SCAJ)の大会を見学した際に、自らの目指す格言と出会う。それが、当時チャンピオンになった「PHILOCOFFEA」の粕谷 哲氏がプレゼンテーションで放った「美味しいコーヒーを誰でも手軽に淹れられるメソッドを提案したい」という言葉だった。この時から、近藤氏は“最高の一杯を、誰にでも安定して届ける”ことを信条に掲げ、自らのスキルを磨く。その過程で出会ったのが、サイフォンという器具だった。

「サイフォンの魅力は、短時間で安定した抽出を叶えること。それゆえに、浅煎りの繊細なスペシャルティコーヒーの軽やかな味わいと香りを綺麗に表現できる」と近藤氏。ことに、香りは淹れた瞬間から気体となって空気中へ逃げてしまうため、素早くコーヒーの中に取り込む必要があるという。「僕の考えでは、香りは液体の温度によって3段階に分かれています。コーヒー豆が湯に触れた瞬間の最も高温の時は、フローラル系の華やかさが立ち込め、液体に馴染みだした中温時にはフルーティな香りが満ち、最後にしっかりと定着する段階ではチョコレートのようなコクに包まれる」と香りの構成について熱弁。

香りが変化する3段階のタイミングを見極め、ロートの中のコーヒーを撹拌することがサイフォンでの抽出のポイントだという。高温と中温時は香りが飛びやすいため集中力を要する。最後の低温時には、最初の2段階の輪郭をなぞるように優しく撹拌する。「コーヒーの味は9割が香り。淹れた瞬間から気体と化す香りをサイフォンなら、短時間で存分に取り込むことがでる」と、器具の魅力を繰り返し解く。この日オーダーした究極の一杯は、マレーシアの「リベリカ JHプロセス」。透明感のある味わいに、トップノートからラストノートまで変化するフレグランスのように、繊細な香りが溶け込んでいた。

不器用ゆえに追求を極めたコーヒーの相棒

近藤氏がコーヒーとともに歩み始めたきっかけは、まだ会社勤めをしていた頃に遡る。仕事帰りに浅草にあるレトロな喫茶店へと足繁く通ったことで転機の気づきを得る。コーヒーを味わう時間とともに個人店のオーナーが醸し出す空気感に癒され、自分でもそんな店をやりたいという思いが芽生え出す。さらに、独立を目指して働きながら製菓学校に通うと、そこでスペシャルティコーヒーという存在を知る。これまで飲んでいたものとは異なる、フルーティな味わいに魅了され、その1年後には開業を果たす。「心が動いたことに対しては納得のいくまで追求する。トライ&エラーの繰り返しで少しずつ引き出しを増やしていった」と振り返る。

トライしたことの一つは、現在のスタイルに結びついたサイフォンによる抽出。これまでは仕入れた焙煎豆を用いていたが、理想に掲げた“誰もが美味しいコーヒーを淹れられる”ことを目指し、2024年からはコーヒーの自家焙煎もはじめた。「焙煎はまだ駆け出しのため、テストロースターを使っている」と近藤氏は謙虚に語るが、ノルウェー製の「ROEST」は知る人ぞ知る名品。棚の上に鎮座する小さなボックス型の焙煎機ながら、テクノロジーを駆使した温度調整機能やプロファイル設定の自由度の高さで注目されているマシーン。希少な豆を少量ずつ慎重に焙煎するベストパートナーといえる。

さらに、コーヒーの相棒として朝から焼くスコーンやプリンも、近藤氏がトライしたこだわりのひとつ。「凝り性なので、まだまだ進化の途中です」と言いながらも、オーダーしたスコーンの味わいは、その価格を遥かに超えるクオリティーだ。アールグレーのスコーンには、ホワイトチョコを練り込み、レモンピールとカカオニブのキャラメリゼをトッピング。スコーン特有のパサつき感がなく、リッチな口当たりがフルーティなコーヒーと好相性だ。コロナ禍に腕を磨いたという蒸しプリンも、イノセントな懐かしさに深いコクが追いかけてくる。

焼きたてのスコーンに見惚れながら、ふとカウンターを覗くと一枚の写真が目に入る。空へ旅立ったという父親の姿だとか。多くを語らない近藤氏ではあるが、香りを確かめながらサイフォンを操る姿、手製の菓子、そして飾られた古いスナップ写真のすべてが調和して、ここでしか味わえない一杯を生み出している。都心から少し離れた住宅街で飲んだコーヒーは、どこかノスタルジーに満ちた心の旅へと誘う一杯であった。

◾️SHOP DATA
「Kondo Coffee Stand」
住所:埼玉県新座市野火止5丁目11−54
Instagram:@kondocoffeestand

◾️COFFEE DATA
焙煎度合い: 浅煎り
焙煎機:ノルウェーの「ROEST (ロエスト)」50g
グラインダー:マールクーニック
抽出:ハリオのサイフォン器具「Smart Beam Heater」
種類:シングルオリジンのみ約7種類
器:通常はマグカップを使用。特別な豆に限りハンドペイントのカップ&ソーサーを使用。

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Takako Kabasawa

クリエイティブディレクター。女性誌や書籍の執筆・編集を中心に、企業のコンセプトワークやブランディングも行う。着物や茶の湯をはじめとする日本文化や、地方の手仕事カルチャーに精通。2023年に、ファッションと同じ感覚で着物のお洒落を楽しむブランド【KOTOWA】を、友人3人で立ち上げる。https://www.k-regalo.info/

Photo by Chika Okazumi

2002年よりフリーランスフォトグラファーとして開始。2010年~2017年までロサンゼルスと東京を拠点に活動。現在は、雑誌、広告、webマガジンなどで広く活動中。
Webサイト:https://www.chikaokazumi.net

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