中村鶴松さんは十八世中村勘三郎さんの部屋子であり、兄のように慕う中村勘九郎さん、中村七之助さんと共に中村屋一門を引っ張る存在。部屋子とは子供の頃から歌舞伎俳優のもとで行儀作法や芸を学ぶ俳優である。そんな鶴松さんがお正月の風物詩で、若手の歌舞伎俳優たちの登竜門でもある「新春浅草歌舞伎」の一新されたメンバーの一人に選ばれ、新たな門出を迎える。2025年の初観劇とおすすめの老舗を巡るという浅草の楽しみ方を鶴松さんが案内する。
中村勘三郎が見出した“希有な才能”
一般家庭に生まれた中村鶴松さんは5歳のときにオーディションを受けて本名の清水大希の名前で子役として歌舞伎に出演し、その才能を十八世中村勘三郎が見出した。2003年の歌舞伎座「八月納涼歌舞伎」で『野田版 鼠小僧』に出演したときのこと。孫の“さん太”という役だった鶴松さんは勘三郎さんが演じる鼠小僧(三太)と共演し、カーテンコールの時には、勘三郎さんに手を引かれて舞台の真ん中に立つという日々を過ごした。この公演時のある日、終演後に楽屋に挨拶に行くと、「うちの子になってくれ」と勘三郎さんから言われ、それが2005年5月に中村屋の部屋子になるという形で実現したのだ。
残念ながら2012年に勘三郎さんは急逝したが、鶴松さんは歌舞伎の道を歩み続け、研鑽を積んできた。そして2024年2月に歌舞伎座の十八世中村勘三郎十三回忌追善公演として上演された『新版歌祭文 野崎村(しんぱんうたざいもん のざきむら)』という演目では主役のお光を見事に演じ実力を発揮し、その存在感は際立っている。
『野田版 鼠小僧』(平成15年8月歌舞伎座) ©松竹
ご褒美でもらった“刀”の思い出
まずは鶴松さんの“浅草の思い出”について伺った。
「僕が平成中村座(2001年11月)に出演させていただいたのが、6歳の時でした。浅草の隅田公園にあの仮設の芝居小屋が建てられ、その後もいろんな場所で上演されてきましたが、浅草での平成中村座は特別ですね。そういう意味で、僕にとっても第2の故郷のような場所です。2003年(10月)の平成中村座は、浅草寺の境内に建てられました。この時『加賀見山再岩藤(かがみやまごにちのいわふじ)』という演目で、僕が演じたのは志賀市という目の見えない男の子で、舞台上でお琴を弾くという難しいお役でした。このとき、勘三郎さんが褒めてくれて、仲見世にあるお店に手を繋いで連れて行ってくれて、“ご褒美だよ”とおっしゃって、立派な刀を買ってくれました。それは僕にとっては宝物となり、今でも大切にしています。でも、刀をご褒美として買っていただけるなんて、歌舞伎俳優くらいですよね(笑)」
平成中村座が上演される時以外も、子役の頃から浅草公会堂の「新春浅草歌舞伎」に出演したことのある鶴松さん。毎日浅草に通った時はどんな風に過ごしていたのだろうか?
「僕たちに歌舞伎俳優にとって劇場に通うということでは、歌舞伎座や他の劇場に行くのと特に変わりませんが、もちろん浅草寺でお参りすることもあります。でも、おみくじは引いたり引かなかったり……、悪いのが出ると気になってしまって……(笑)。他には終演後に(中村)七之助の兄と“正直ビアホール”に行くこともあります。5席くらいの小さいお店ですがその佇まいが浅草らしくて、サクッと1杯飲んで帰るのもおすすめです。2018年の平成中村座(浅草寺境内)の時は、(中村)橋之助くん、(中村)福之助くん、(中村)歌之助くんと一緒に浅草の名所である“浅草花やしき”に行きましたが、それ以来行っていないので、またぜひ行きたいです!地元の人たちの地元愛の強さからすると、平成中村座に1番マッチしているのは浅草の土地ではないかと思います。仮設の劇場はなかなかないですが、地元の方々の協力がなければ成立しないもので、お互いに助け合いながらこれまでの公演は実現してきました。お正月の浅草といえば、人が多いイメージはありますが、コロナ禍で状況が変わってしまったので2025年がどうなのかはまだわかりません。でも、最近は外国の方も多く目にするようになったので、人が息づいている浅草が戻ってきたようで少し安心しました」
誰かの“歌舞伎の入口”になる役を目指す
そして鶴松さんが次に挑むのは2025年1月の「新春浅草歌舞伎」。40年以上にわたって開催されてきた公演で、若手の俳優たちが大役を演じる貴重な機会でもある。鶴松さんは古典歌舞伎の『絵本太功記』で武智十次郎と操という2役を演じる。
「『絵本太功記』は僕が属する中村屋に縁がある演目ではありませんし、今回のメンバーには十次郎の適任者がたくさんいるので、僕が勤めさせていただくことになるとは、思ってもみませんでした。武智光秀が主役の芝居ではありますが、十次郎にかかっている面もあると僕は考えています。どちらかというとコアな歌舞伎ファンの方向けの演目ではありますが、十次郎の表現次第では、初心者の方の心にも何かを届けることができるのではないでしょうか。『野崎村』のお光の時は、これが正解という自分なりに目指すところが明確にあったのですが、十次郎についてはどの方の十次郎も素敵で、ご覧になる方の好みもあると思うので、とても難しいです。」
「十次郎は松本幸四郎さんに、操は中村魁春さんにご指導いただきました。 “こんなに優しいお稽古があるんだ”というのが、正直な感想です。僕は厳しい稽古に慣れていますから(笑)。七之助の兄も、とても気にかけてくれています。12月の歌舞伎座に出演中の時は、朝に“どうなの?”と聞かれて、“もう幸四郎さんとの稽古はありません”と報告したら“そうなんだ”と言われて、芝居が終わってからまた“どうなの?”とまた聞かれる(笑)。心配してくれているのはわかりますが、3時間しか経っていないので何か変わる訳がないので、すごいプレッシャーでもありますね」
日々、叱咤激励を受けつつも、“正解”を見つけるべく役と向き合っている鶴松さんには、ますます期待が募る。
鶴松さんおすすめの浅草スポット3選
最近の浅草は海外からの観光客も増え、人力車に乗ったり、着物を来て町歩きをしたりして楽しんでいる人々を目にするようになった。名店が数多い浅草だからこそ、浅草の達人ともいうべき鶴松さんに、今回の「新春浅草歌舞伎」の観劇の際に訪れたいスポットとしておすすめの老舗を3つご紹介いただいた。この3つの老舗は鶴松さんを応援する「浅草鶴松会」のメンバーでもある。
「浅草鶴松会」は、中村勘三郎さんが亡くなられた後、荒井文扇堂の店主・荒井修さんが「中村鶴松が出演する舞台を皆で観て応援してやってほしい」と浅草の方々にお声がけして、2015年に結成された。荒井さんから指名されて会長を引き受けたのは「うなぎ川松」の松澤希光子さんである。
「松澤さんと初めてお会いしたのは、修さんが企画してくださった食事会でした。当時は歌舞伎もお付き合いでご覧になるくらいだったそうですが、初対面で急に会長になってくれといわれたのにもかかわらず快く引き受けてくださいました。今は僕が出演する舞台をご覧いただいていて、12月の歌舞伎座にも来て下さいました。いつも応援していただいていますし、川松さんの鰻はとても美味しいんです! 鰻好きの僕の大のお気に入りです。後でわかったのですが、僕の高校の同級生が川松さんでアルバイトしていたというご縁もありました。
ふじ屋さんは、二代目の川上千尋さんの奥様とよくお話するのですが、僕が“誰々のところへご挨拶にいきたいのですが”と相談すると、ふじ屋さんが繋いでくださいますし、踊りの小道具として手ぬぐいを使わせていただくこともあって、とてもお世話になっています。素敵なデザインのものばかりなので、お土産などでも喜ばれるのではないでしょうか。文扇堂は修さん亡き後も、ご子息の良太くんとご飯を食べるなど、時々交流しています。こちらの扇子もお洒落ですし、勘三郎さんや勘九郎さんがデザインされているものがあるのでおすすめです」
鶴松さんが太鼓判を押すのは名店ばかり。この出会いを大切に、浅草で歌舞伎を観て、美味しいお食事をいただいて、とっておきのお土産を買う。そんな初春の小旅行を楽しんでいただきたい。
1枚目:三代にわたって手ぬぐいを作ってきたという「ふじ屋」の店先で女将さんとともに。
2枚目:店先のショーケースに飾られた中村勘三郎の写真(中央)。
3枚目:一点一点を店主が描き上げたオリジナルのデザイン。暖簾から顔を覗かせる若旦那は、江戸の戯作者山東京伝の『江戸生艶気蒲焼』に登場する主人公で、「京伝てぬぐい」と題されたもの3300円(右上)。2025年の干支である巳を描いた絵柄も人気。
染絵手ぬぐい ふじ屋 住所:東京都台東区浅草2-2-15 営業時間:11:00〜17:00 定休日:木曜 公式サイト:https://tenugui-fujiya.jp
2枚目:中村屋の定紋「角切銀杏」をあしらった扇子(中央)唐木10500円。右手には最後の出演となった『め組の喧嘩』の扮装で舞台に立つ中村勘三郎の写真が飾られている。
3枚目左:下駄でタップをする趣向が見どころの歌舞伎の舞踊『高坏』を題材にしたもの。先代の荒井修さんが勘三郎さんの舞台を観て、その下駄の動きでデザインした。黒塗り9800円。
3枚目右:中村勘九郎が演じた『怪談乳房榎』のうわばみ三次を描いた扇子。黒塗り9800円。
荒井文扇堂 雷門店
住所:東京都台東区浅草1-20-2
営業時間:平日10:30〜16:30 土曜・日曜・祝日10:30〜17:00
定休日:月曜
1枚目:先代の名前から名付けられた「冨貴」6600円。鰻ざく、鰻巻、お刺身、ハーフサイズの柳川とうな重をいただけるおすすめの定食。
うなぎ川松
住所:東京都台東区浅草1-4-1(雷門通り)
営業時間:平日11:30〜15:00(L.O14:15) 17:00〜20:00(L.O19:15) 土曜・日曜・祝日11:30〜20:00(L.O19:15)
定休日:月曜(月曜が祝日の場合は火曜)
公式サイト:https://asakusa-kawamatsu.com
新春浅草歌舞伎
第1部 11:00開演
お年玉〈年始ご挨拶〉
一、『絵本太功記 尼ヶ崎閑居の場』
二、『仮名手本忠臣蔵 道行旅路の花聟 落人』
第2部 15時開演
お年玉〈年始ご挨拶〉
一、『春調娘七種』
二、『絵本太功記 尼ヶ崎閑居の場』
三、『棒しばり』
※鶴松さんは第1部の『絵本太功記』の操と第2部の『春調娘七種』の静御前、『絵本太功記』の武智十次郎を演じます。
会場:浅草公会堂
住所:東京都台東区浅草1-38-6
上演日程:2025年1月2日(木)〜26日(日)
問い合わせ:チケットホン松竹 TEL 0570-000-489
チケットweb松竹 https://www1.ticket-web-shochiku.com/t/