
JR常磐線・亀有駅から少し歩くと、線路が描くコンクリートのラインの下に、インダストリアルな異空間が現れる。ここは、かつての倉庫を改装したアートセンター「SKWAT KAMEARI ART CENTRE(以下、SKAC)」だ。
内部には、設計事務所「DAIKEI MILLS」をはじめ、アートブック・ディストリビューターの「twelvebooks」、レコードショップ「VDS」、カフェ「TAWKS」といった4社が集まる。建築、出版、音楽、食が境界なく混ざり合うこの場所は、まさに現代の芸術文化拠点としての役割を担っている。
なぜ、あえて高架下を選んだのか。SKACが試みる価値の転換とは何か。独自の思想と空間に込められた意図について、DAIKEI MILLSのメンバーである城さんに話を伺った。
見過ごされている価値に目を向ける

SKACが位置するのは、JR常磐線の高架下に広がる、延床面積約3,500㎡を超える巨大な空間だ。設計事務所「DAIKEI MILLS」が手がける「SKWAT」プロジェクトの一環である。
「SKWAT」という名前は、ヨーロッパで見られる放棄された土地や建物を占拠する活動「SQUAT」に由来する。しかし、ここにあるのは強引な占拠ではなく、社会で見過ごされている価値をポジティブに転換する試みだ。そうした都市の使われずに眠っている場所を「VOID(ボイド=余白)」と呼び、そこに新しい価値を吹き込んで社会に再提案していく。それが、SKWATのプロジェクトだ。

SKWATの活動は、以前展開していた青山のSKWATから一貫している。見過ごされていた場所に文化的価値を与え、その場所の認知度が高まり「ここに入りたい」という人が現れたタイミングで、あえてそこを立ち退く。価値を高めてから次へ譲るという独自の流儀を経て、次に求めたのは、まだ特定の文化に染まっていないピュアな土地である亀有だった。
「ただの閉ざされた倉庫として持っておくのはもったいない。面白い物がこれだけあるなら、一般の方に開放して、触れたり買ったりできるようにすればいい。みんなで倉庫をシェアし、そのプロセスを公開するというハード面での必然性が、SKACの出発点になりました」
4社が倉庫をシェアし、生きたプロセスを共有


施設内には、設計事務所「DAIKEI MILLS」をはじめ、アートブック・ディストリビューターの「twelvebooks」、レコードショップ「VDS」、カフェ「TAWKS」の4社が集結。ここは単なるショップではなく、それぞれの会社が倉庫や拠点としての実務機能を持ち寄り、そのプロセスをあえて公開している。
例えば「twelvebooks」は、単なる書店ではなく、海外のアートブックを中心に国内の書店へ卸すディストリビューションの拠点だ。来訪者は、海外から届いた本が荷解きされ、梱包・出荷されていく日常の業務風景を間近に見ることができる。また、オンライン販売も営む「VDS」も、本来は閉ざされているはずの膨大な在庫を一般に開放している。



「DAIKEI MILLS」が手がける内装も同様だ。設計の過程で生まれた実寸大のモックアップ(試作品)や、タイルのサンプル、過去のエキシビションで使用されたレンガやパレットなどが、ストックを兼ねたインテリアとして再構成されている。
空間の終端に位置する「PARK」と呼ばれるエリアには、コーヒースタンド「TAWKS」が位置する。誰でもふらっと立ち寄れるこの場所は、空間全体がインスタレーションでありながら、コーヒーを片手にくつろげる親しみやすさを持ち合わせ、常にアートと日常が両立するよう設計されている。



取材当日、カフェエリア「PARK」には、ストリートピアノが置かれていた。誰でも自由に弾くことができるこのピアノの音は、その場で録音され、編集を経て、後日館内のBGMとして再び空間に流れ出す。来訪者が奏でた日常の音が、そのまま場所を彩るアートへと循環していく仕掛けとなっている。
黒いボコボコとした不思議な手触りの椅子には、音の反響を抑えるための吸音材が使われている。ここでは座り心地の良い家具へと役割を変え、空間の機能とデザインを同時に支えている。
拡張し続けるSKWATの取り組み

SKWATの試みは、今もなお拡張を続けている。新たに計画されているエリア「Material Matters」は、2026秋頃に一般公開する。ここは、その名の通り、設計の過程で触れる建材や素材そのものにフォーカスし、研究・展示するスペースとなる予定だ。石や鉄といった素材を扱う企業やアーティストとの協業を通じ、私たちが身近に触れる物の成り立ちを深く掘り下げていく。


また、現代美術家ユニット「目[mé]」が手がける「space lll」もMaterial Mattersと同時期にオープン予定だ。既存のシャッターや倉庫を大胆にぶった切るというシュルレアリスティックな設計は、都市にポッカリと空いた「穴」を表現しているという。空間に足を踏み入れるとホワイトキューブが広がるが、これも美術館の機能を逆利用するための仕掛け。あえて美術的な設えにすることで、そこに置かれた椅子や、ふと腰掛けた来訪者の姿さえもが、まるで計算された彫刻作品のように見えてくるカラクリだ。
五感で触れる、境界のないアート体験
SKWATが「美術館」ではなく「アートセンター」と名乗る理由は、アートをあくまで日常の延長線上に置きたいという願いにある。ここは気張って訪れる場所ではなく、生活の中で自然に発生する行為——本を手に取る、レコードを聴く、コーヒーを味わう、設計素材のサンプルに触れる——といった五感の体験が、そのままアートセンターとしての機能に直結している。コーヒーや本、レコードを入り口に、奥へ進むほど現代美術の深淵へと繋がっていくような、体験のグラデーションを生み出そうとしているのだ。
「入り口はとっつきやすく、でも奥へ行くと本格的なアートに触れられる。気負わずにコーヒーを飲みに来た人が、いつの間にか表現の一部に参加しているような、オーガニックな繋がりを大切にしたい」と城氏は展望を語る。

実際、ここには驚くほど多様な人たちが混ざり合っている。地元の中学生が放課後にふらりとレコードを聴きに来る横で、海外から訪れた感度の高いインバウンド客がアート本を鑑賞し、地域の高齢者が日常の一部としてコーヒーを楽しんでいる。
「住宅街を歩いてきて、何もない場所にいきなりこれが現れる。そのギャップも楽しんでほしい」と語る通り、SKACには決められた正解や、美術館のような厳しい境界線は存在しない。倉庫の片隅で本を読み耽ってもいいし、電車の走行音を聴きながら思考に耽ってもいい。そこにあるのは、飾らないリアルなカルチャーそのものだ。
SKAC(SKWAT KAMEARI ART CENTRE)
所在地:東京都葛飾区西亀有3-26-4
Instagram:@skwat.site