【OFF THE RECORD】# 10: Pub1969 恵比寿

東京でのナイトライフとして近年ポピュラーな選択肢となってきているリスニングバー。仲間と気軽に訪れられて、リラックスしながら上質な音楽を楽しめる空間は、ミレニアル世代を中心にますます支持を集めている。本連載【OFF THE RECORD(オフ ザ レコード)】では、空間、サウンド、人々、物語にスポットライトを当て、さまざまな場所を紹介していく。

第10回目となる今回は、恵比寿にある「Pub1969」を訪ねた。ブリティッシュ・パブを彷彿とさせる親密な空気感に満ちたこの店では、オーナーが旧友を迎え入れるように客を待っている。

恵比寿は、洗練された街というイメージがある一方で、小規模で居心地の良い飲食店がひしめく街としても知られる。渋谷から徒歩圏内でありながら喧騒は少なく、落ち着いた魅力が漂う。東口から恵比寿通りを白金方面に歩くこと約10分。住宅街の中に、ネオンサインと波打つ窓ガラスが優しく光る「Pub1969」が現れる。扉を開ければ、クラシックなパブスタイルの温かいインテリアが、しばし東京の日常を忘れさせてくれる。

ヴィンテージスピーカーから流れる音楽を目当てに来る者もいれば、飾らないメニューと充実したウイスキーに惹かれる者もいる。しかし、多くの客を夜更けまで引き止めるのは、オーナー・ 早川裕見氏の気さくな会話と温かなもてなしだろう。

恵比寿に宿るブリティッシュ・パブの温もり

「Pub1969」があるのは、早川氏の自宅のガレージだった部分だ。深緑に塗られた棚や、レンガと漆喰の壁が、ロンドンのパブを思わせる。壁にはレコード棚が並び、柱の間には早川氏のコレクションであるギターが飾られている。15〜16台ほど所持しているそうで、時折入れ替えも行われるという。カウンターの奥にはウイスキーやバーボンが整然と並んでいる。

柔らかく甘い響き

オーディオは、英国製のヴィンテージスピーカーSPENDOR(スペンドール)と、国産のTRIODE (トライオード)真空管アンプの組み合わせ。

「イギリス製のスピーカーは、声や弦の響きに色艶があり、甘い音が鳴ると感じます。そこに真空管を合わせるともっと艶が出るので、この組み合わせが好きなんです。」

少年時代から、オーディオにも独自のこだわりがあったという早川氏。自分好みの音に仕上げる過程もまた楽しみの一つだという。柔らかく響く音は、会話を妨げることなく空間を包み込む。

壁にはYouTubeのコンサート映像が投影され、店内に漂う音楽に視覚的な奥行きを与えている。早川氏が所有する約3,000枚のレコードコレクションもすぐ手の届く場所にあり、客のリクエストがあれば快く再生してくれる。選曲はクラシック・ロックが中心だが、時には古いソウルやジャズがターンテーブルを彩ることもある。音響をじっくり楽しみたいなら、奥のテーブル席が最高のリスニングスポットだ。そこでは両方のスピーカーから流れる音が、完璧なバランスで耳に届く。

響き合う会話とウイスキー

気さくで温和な早川氏の接客は、常連客も初めての客もすぐに打ち解けさせる。「スナックに近い雰囲気かもしれませんね。最高の環境で静かに音楽を聴く場所というよりは、みんなでお喋りして、一緒に楽しむような場所です。」音楽は単なるBGMを超え、会話のきっかけとなったり、人々を結びつける役割を果たしている。

カウンターの奥にあるドリンクの選択肢は極めてシンプル。生ビールや様々なスピリッツが用意されているが、主役はウイスキーである。「イチローズモルト」や「マルスウイスキー」といったジャパニーズウイスキーは、海外の客からも好まれる。また、「シーバスリーガル」や「メーカーズマーク」といった定番に加え、限定版の銘柄が登場することもある。

人生のアンコール

早川氏にとって、この店を開くことは人生の新しい章の始まりだった。大手広告代理店の営業職として怒涛の時代を駆け抜けてきた彼は、定年を間近に控えた56歳で早期退社を決意した。

「広告の仕事は刺激的でしたが、立場的にも第一線から離れることが多くなり、物足りなく感じていました。そして、会社の看板がなくても自分の力だけで何ができるのか、挑戦したい気持ちが沸いてきたんです。」と振り返る。

クリエイティブ職とは異なり、営業職の自分には特別な技術があったわけではない、と早川氏はいうが、バーをオープンする前に彼が”何となく”算出したという10年分の収支計画は、予言のように開業から10年間の経営状況を見通していたのだという。

店名である「Pub1969」は、彼にとって音楽と出会った決定的な年である1969年にちなんでいる。
「当時は12歳で、ちょうど中学に入学した頃。深夜ラジオを聴き始め、ザ・ビートルズやレッド・ツェッペリンに出会った時期です」と懐かしむ。

1969年は音楽史においても、歴史においても特別な意味を持っている。ザ・ビートルズの『Abbey Road』のリリース、ウッドストック・フェスティバル、そしてアポロ11号の月面着陸。音楽、文化、そして世界の出来事が収束したその時代のエネルギーは、早川氏の中で今も共鳴し続けている。

早川氏の好奇心とバイタリティは、とどまるところを知らない。週末にはハーレーを駆り、バンドでギターとボーカルを担当し、40鉢以上の盆栽の手入れまでこなす。それでもまだやりたいことがありすぎて、時間が足らないのだと笑う。

「今が何歳だろうと、過ぎ去ってから振り返ると『輝いていた時期だった』と思うものです。だとするなら今、この年齢をどう生きたいのか、と考えていくのがいいのではないでしょうか。」

早川氏の言葉がすとんと胸に落ちるのは、それが理屈ではなく、彼自身の生き様そのものだからだ。
1969年の熱狂を胸に、人生のアンコールを自らの手で奏で続ける。そのバイタリティこそが、Pub1969の音をいっそう艶やかに響かせている。

もし、自分の現在地に迷う夜があるのなら、恵比寿の住宅街に灯るネオンを頼りに、この扉を叩いてみてほしい。ウイスキーと音楽、そして人生の大先輩による温かい言葉が、明日を少しだけ軽やかにしてくれるはずだ。

Pub1969
住所:〒150-0013 東京都渋谷区恵比寿2-13-21
営業時間: 18:00 - 0:00
休業日:土曜・日曜

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Vince Lee

オーストラリア出身、東京在住。世界がどのように形作られているかに好奇心を持ち、過去や未来について考察を巡らせている。文化、音楽、自然に興味を持ち、レコードバー、美術館、海や山で時間を過ごすことを愛す。

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