小原晩【たましいリラックス】vol.33 温泉地

酔い止めを飲んで、電車を乗り継いで、新幹線に乗り、温泉地を歩いて、お刺身定食を食べた。よく晴れていた。なにもかもすべて忘れてしまいましょうというほど遠く離れた土地ではなかった。日々の延長にそこはあって、でも日々より少し浮ついていて、遠くには海が見えた。

ホテルに着くと、水槽の中には魚が泳いでいて、みんな飾りものみたいだった。飾りものとして飾られているのだからそうなのだけれど、命のかがやきというものを信じられなくなった。けれど魚を眺める友人はたのしそうな顔を見せてくれていたので、わたしは今一度、命のかがやきというものを信じたいと思った。

海に沿って、そこらへんを歩いた。日は傾き始めていた。目線の先にある小さな島に行ってみたいと思った。細長いコンクリートで作られた道を歩いていけば、そこまで行けそうだった。空はぼんやりひろかった。人はあまりいない町だった。橋の上にベンチがひとつ置いてあり、部活帰りの男の子と女の子が座っていた。ふたりは、恋愛関係には見えなかった。とても真剣そうに、それでいて少しめんどうくさそうになにかを話している。

細長いコンクリートの道を釣り人の後ろを通って、進んでいく。町は夕焼けじみてくる。友人のあとをついていく。このひとがいまたのしいといいな、と思う。行きたかった島にたどり着くと、そこにも釣り人はいて、ぶにぶにとした魚を釣り上げていた。釣り人は、困り顔であった。風がきもちよかった。まだまだ空は晴れていて、色はゆっくりうつり変わった。

そのあと、町の寿司屋でお寿司を食べた。五年間、凍らせ続けたようなジョッキに注がれた生ビールを飲んだ。
近くの居酒屋に入り、カウンターに腰かけて、お店のおじいさんと少し話した。おじいさんの手はずっとふるふるふるふる震えていて、たとえば生ビールなどを注ぐ時は心配になるのだけれど、逆にすごくうまいので感心する。
居酒屋をでて少し歩くと、生音の漏れているスナックがあり、吸い込まれてみると、この町で組んだのだというバンドが練習している。まあ聴いていってよ、ということで、聴きながら飲む。わたしは命のかがやきのことを思いだす。
店をでて、また違うスナックに入る。地元のお客さんに話しかけてもらいつつ歌う。全員が酔ってもうだるだるになってきたのを見計らって、「今さらジロー」というお母さんのおはこを歌う。
だるだるになっている友人を連れてホテルへ帰る。だるだるの友人を布団に寝かせて、ひとり大浴場へ行く。貸切りなので、ワニ歩きする。朝がくるのを部屋から薄めを開けて見ながら眠りにつく。家族旅行のとき、お母さんとお父さんはこのくらいの時間に起きて、あの旅館の窓辺にある小さな机と向かい合う椅子に腰掛けて、なにやら話していたことを思い出す。あんな時間ばかりがつづけばいい、と思う。あんな時間ばかりで人生はうめつくされていいはずなのに、と思う。

翌日、途中下車して、うな重を食べて帰る。友人はたのしかっただろうか、心配しながら家に帰る。

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小原晩

1996年東京生まれ。作家。歌人。2022年3月エッセイ集『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』、2023年9月『これが生活なのかしらん』(大和書房)刊行。https://obaraban.studio.site

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