当日券はまぶしい。
調べものが苦手であるということがまずひとつ。情報に目を凝らしているだけでつかれてへとへとになってしまうのがふたつ。先々の予定を決めるとお腹がいたくなってくるのがみっつ。以上、みっつの理由から、私にとって当日券はまぶしい。
へえ、こんなライブが、イベントが。と知るのが前日だったり当日だったりするとき、当日券が出ている場合があって、そういう場合の私はかなり積極的になる。
今回もライブの存在をたまたま知って、調べてみれば当日券が出ていることがわかって、そのままの勢いでもってチケットをとった。音楽のライブである。
渋谷の会場のいちばんうしろの席にすわり、音楽家がくるのをひたすらに待つ。右には鼻息のあらい読書家、左にはカメラについて講釈をたれている男の子、それをやさしく聞く女の子。
むかし、母親と映画を見に行ったとき、うしろの席に座っていたひとの息の音が寝息のリズムだったせいで私も母もつられて眠ってしまったことがある。右をちらちらと気にしながら、しょうしょう、ふあんになる。
そうこうしているうちに音楽家がやってくる。真ん中に立ち演奏、歌唱。
とてもよろしい。よろしい。よろしい。よろしさがからだいっぱいにひろがる。
光の演出、効いている。来世などで光の演出が必要になった場合には、今日の光を演出したひとに頼みたいと思うのでどうぞ来世まで生きていてほしい。この音楽家にも来世まで生きていてほしい。ところで来世まで生きていてほしくないひとなどいないかもしれない。わたしは誰の死も望まない。からだがいっぱいになりすぎて大仰なことばかりが頭のなかを行き来する。生活の歌はうつくしい。ああ!
私は生活を馬鹿にしない。芸術も馬鹿にしない。こころ、底光りしてくる。右にいる鼻息の読書家は鼻息をやめて「ほー」と叫んで讃美する。いきなりのことだったので、しょうしょう、おどろく。おどろきながら、勇気のあるひとをうらやむ。音楽をききながら、ぽつんぽつんと自分のなかにも言葉が言葉が降ってくる。帰り道にでもメモをしようと決めている。とても好きな歌が二曲あり、聞けるかなと思っていたら、どちらも歌わなかった。と思いきや、アンコールにて一曲やった。もう一曲は次のライブで聞けるとよろしい、ちいさくちいさくこの胸のなかで祈ろう。
帰り道、雨に濡れた渋谷の坂道をゆっくりゆっくり降ってゆく。端っこに寄り、立ち止まってメモをする。また歩きだす。
とてもよろしい音楽だった。私もよろしくなりたいものです。