ガラス作家・安田泰三 | 職人ではなく作家でありたい

岩瀬のメインストリートの両側には、美しい木造家屋が並ぶ。その真ん中あたりにある国の重要文化財『北前船廻船問屋 森家』の隣に、美しいガラス商品が並ぶギャラリーがある。ガラス作家・安田泰三が経営する『Taizo Glass Galley』である。

Taizo Glass Galley外観

Taizo Glass Galley 内装

美しいガラス商品が並ぶギャラリー

森家同様の古い日本家屋をベースに再生されたクリーンな室内は、いまだに明治時代にタイムスリップしたかのような佇まいを残している。その空間には繊細なレース編み模様のもの、色が重ねられた色彩豊かなものなど、さまざまなガラス作品が整然と並べられている。とても美しい光景である。そこにはオブジェやトロフィーなど飾るものだけではなく、日常で使用される器やグラス、花瓶などもラインナップされている。

作家である安田氏は、近くに工房も持っており、そこで制作されたガラス作品の一部をここで販売している。この地に工房を構えて18年になるという。岩瀬の町づくりの当初からいる人物のひとりで、“作家が集まる町”にとって重要な人物でもある。それは“美しき岩瀬”の仕掛け人である桝田酒造店の桝田隆一郎社長をして、ここに作家が集ってきているのは、安田氏の存在が大きいと言わしめるほどだ。
安田氏は富山ではなく、神戸の出身。高校を卒業するまで、神戸で過ごしている。

「とくにガラスに興味があったわけではなかったのですが、僕が高校3年生の時に、富山に全国で初めてガラスの学校ができたという新聞記事を見まして、面白そうだなと思ったんです」

予備知識もなく「面白そうだ」というだけの理由で、ものづくり好きの血が騒いだ。

富山ガラス造形研究所の第1期生

「ガラスがダメなら陶芸の学校に行こう」という軽い気持ちで受けたのが功を奏したのか、見事に合格。富山ガラス造形研究所の第1期生となり、ガラス作家への道を歩み出した。もともと、ものづくりが好きだという安田氏は、学校で技術を習得し、楽しい時間を過ごしたのだが、卒業に際して現実を知ることになる。

「作家を志して勉強しても、作家が就職できるところはどこにもないんです。職人として入れるところはありますが、そうするとデザイナーがデザインしたものを忠実につくることになります。自分のつくりたいものをつくれるところはどこにもないので、僕はその時点で独立することを決めました」

とはいえ、いきなり独立というわけにもいかず、学校の隣にある富山市が運営する富山ガラス工房に入ることにした。そこは、富山市内で独立することが大前提で、それについては誓約書を書かされる。つまり猶予が3年間与えられるだけなのだ。

予定通りガラス工房を3年で独立。その後8年間は学校近くで工房を構えていた。そして、独立して7年ほど経った頃に『満寿泉』の桝田社長と出会った。

「富山市がガラスに力を入れているし、工房を持てない人もいるはずだから、誰か岩瀬に来ませんか、という話がありました。市長の方から学校の教授に話が行って、僕が推薦されたということなんです。桝田さんも蔵を買い取って、改装工事をしている時でした」

以来、岩瀬の町でガラスと向き合っている。

蔵を改装した工房

吹きガラスに特化した作家

ここまで一纏めにガラスと表現してきたが、ガラスにも切子、ステンドガラス、彫刻、吹きガラスなど、さまざまなジャンルがある。厳密にいうと安田氏は吹きガラスに特化した作家だ。

「吹きガラスは一番難しいジャンルで、技術を習得するのにすごく時間がかかります。でも器づくりができるので、そこが大きな魅力でしたね。水飴状から冷ましながら形を整えていく。これは吹きガラスじゃないとできないことなんです」

なかでも安田氏が得意とするのが、ヴェネチアンテクニックと呼ばれるもの。色や模様、気泡が入った器などに使われている高度な技術である。

「吹きガラスは、すべての技法が何年もかかって習得できるようなものばかりなんです。作品がつくれるようになるには、まず基礎体力が必要になります。たとえば、100m走だったら10秒台で走れるようにならないとできないようなことばかりです。冷めないうちに仕上げないといけないので、時間をかけたからと言ってできるものでもない。そこまでの腕になるまで、かなりの時間を要します。」

つまり、まず早く作れる力量がないと、難しい技法に行きつかないということだ。ガラスの中に入っている線についても、同じ太さのものを100本、200本をコントロールできるようにならなければいけない。コントロールできるようになるには、毎日やっても、10年、20年かかるという。
そうなると、価格は難易度に比例するのだろうか。

「それもあります。それにラインの入り方も加味されますし、色の出方のバランスも考慮しないといけない」

価格は全部自分でつける

そうなると価格をつけるのは、当事者以外には無理な話である。

「そうなんですよ。だから値段は全部僕がつけてます。とはいえ需要と供給のバランスもありますから、何年か後には変わっている可能性はありますね」

現在人気なのは、レースのものと「バルーン」という気泡が中に入ったものだという。それらは安田氏が得意とするもので、長年つくり続けてきたものでもある。ただ、ガラス作家になって31年を数える今でも、絶えず新しいものを補充したいという想いがある。新しい刺激が欲しいのだ。


そこで、過去につくったもので印象に残っているものを聞いてみた。

「長渕剛さん(ミュージシャン)のギターを作って欲しい、というのがありました。長渕モデルのギターです。これは大変でした。サイズはコンパクトにして、柄を綺麗に彫り込むという作業だったんですが、3ヶ月くらいかかりましたね」

そう言いながらも、作家魂をくすぐられたのだろう、楽しそうに語ってくれた。
現在は人気作家になったが故の悩みに直面している。

「いまは注文が多くて、それに追われている状態です。それを一所懸命こなさないと、進めないぐらいになってきてるので、新しいことを試すことができないんです。そこがいま難しいところですね」

贅沢な悩みは、人気作家につきまとう宿命なのかもしれない。

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Ryoji Fukutome

編集者・ライター。ファッション誌の編集に携わり、「エスクァイア日本版」副編集長を経てフリーに。2011年には「GQ Japan」シニアエディターを務める。毎年スイスのジュネーブ・バーゼルで開催される時計の見本市に参加。時計ブランドの本社や工房を取材することも多く、ブランドが持つ文化や時計の魅力を寄稿している。

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