陶芸家・中里花子┃器を楽しみながら、ライフスタイルに自分らしいアートを

まるで軽快なリズムのように、淀みなく軽やかに動く手の先から、みるみるうちに緩やかなカーブが生まれ、器のかたちが出来上がる。ろくろを回す中里花子さんの動きは、俊敏だがどこか大らかさがあり、自然体で全く無駄がない。いつまでも眺めていたくなるほど、滑らかで心地よい動きだ。

「頭というより、体でつくっています。もともとアスリート気質で、今もそうですね。恥ずかしながら、学生の頃はプロのテニスプレイヤーを目指していたくらい。唐津焼は、今でこそ茶陶として敷居の高い作品も多いですが、かつては日常の雑器だったんです。名もなき陶工たちがひたすら黙々と手を動かし、生活のために一つでも多くつくってやろうとガンガン制作されていたもの。自分もスポーツをやっていて思うのは、いいプレイをしようと意気込むと力が入り過ぎてうまくいかない。無心になって体が勝手に動いた時こそ、気持ち良く決まる。私が思う唐津焼の解釈もそういった部分で、焼きものづくりもスポーツに通じるものがあると思います」

陶芸家になるつもりは全くなかった

花子さんは佐賀県の唐津出身。祖父は人間国宝の12代中里太郎右衛門で、父は世界的にも知られる陶芸家の中里隆、兄も父を継ぐ陶芸家の中里太亀という、生粋の陶芸家ファミリーだ。しかし花子さんは子供の頃からずっと、陶芸には全く興味はなかったという。スポーツが大好きで、テニスに夢中だった。16歳で渡米し、プロのテニスプレイヤーを目指していたが、やがて挫折を経験。そこからアメリカでアートに目覚め、日本を再認識することに。

「自分のルーツを顧みた時に、日本の美意識ってなんだろう、と改めて問い直し、こんな美の捉え方もあったのかと気付くことが多々ありました。例えば当時のアメリカでは料理は白い皿に盛るだけで、器の色や形をこれほどまでバリエーション豊かに扱うのは日本にしかない文化だった。日本は四季があるので、自然を愛で、自然に寄り添う暮らしをしており、それは器にも反映されているのかなと思ったり。西洋で工芸はあまりアートとして見られていなかったのだけれど、私は日常を美しく彩ることもアートだと思ったんです。そこから日本文化に興味を持ち、誰かの暮らしをより良くするものをつくりたいと思うようになりました」

でもまさか自分が陶芸をやるとは夢にも思わなかった、と笑う花子さん。日本に戻り、父の開いた隆太窯で修行を開始したが、この時もまだ陶芸をやりたかったのではなく、アメリカにずっと住みたいという邪な気持ちからだったという。外国人が滞在ビザを取得するためには特殊技能が必要で、そのための修行だったのだ。父の修行は大変厳しく、家族だからと甘えは一切ない。一刻も早くここを出て独立したいと思っていたそうだ。「ただ私は元来アスリートなので負けん気だけは強いし、体力と忍耐力、集中力には自信がありました」

自由に大らかに楽しみたい、暮らしを彩る器

父のもとで3年の修行を終えて再びアメリカへ渡り、祖父に師事していたアメリカ人陶芸家のところでさらに研鑽を詰む。「彼は私にとってアメリカのお父さんのような存在。花子は隆太窯で基本的なことは習得しているだろうから、これからは自分の作品を作りなさい、とすごく寛容に見守ってくれました」

それまで抑圧された環境下で、膨大な雑務をこなしながら窯の方針に従った器制作は、決して面白いとは思えなかったそうだが、アメリカでいざ自由の身になってみると、あれもこれもつくってみたい、と前向きな気持ちで次々にアイデアが湧き出てきたという。

Almond Bowlシリーズ
チャクラ皿シリーズ

器は使い手がいるからこそ映えるもの、だから自分は空気のような存在でいい、と花子さん。料理に寄り添い、使い手が楽しくなるような器をつくりたい、という。花子さんの器は、いわゆる一般的な唐津焼のスタイルではない。色も形も型にはまることなくバリエーション豊かで、土や釉薬も様々。のびのびと自由な作風で、かといって悪目立ちせずすんなりと馴染む落ち着いた雰囲気があり、なんでも受け止めてくれそうな懐の深さを感じる器だ。そして手にした人にワクワクするような浮き立つ気持ちを届ける。何をのせようかと、あれこれ想像力を掻き立てる楽しさがある。

現在花子さんは日本とアメリカの2拠点生活で、それぞれに工房を構えている。日本の工房は、唐津郊外の緑生い茂る深い森の中にあり、初めて行く人は道に迷うかもしれない。花子さん自身も自然が大好きだそうで、空、海、植物など、自然の風景から作品のインスピレーションをもらうことも多いそう。ひとつひとつが全て違う、生き生きとした自然の生命力に感銘を受け、いつまで見ていても見飽きないという。

「monohanako(モノハナコ)」と名付けられた工房の屋号は、焼きものの“もの”であり、英語でモノトーンなど“単”を意味するmono、物体(thing)としての“もの”、などを掛け合わせている。

「使い手の表現次第で、ものがどんな風に変化するかを楽しんでもらいたい。例えばカップと言ってしまえば飲み物を飲む道具だけれど、別に花を生けたっていいんです。特に用途は決めてなくて、そこは使い手に委ねている。私が押し付けがましくこうやって使ってくださいとはあんまり言いたくないですし、自由があることで、その器の持つ幅や奥行きも広がると思うんです。使う人それぞれが自分の生活の中で好きなようにアイデアを巡らせて、気負いなく緩やかに楽しんでもらえたらいいなと思います」

中里花子
唐津に育ち16歳で単身渡米、以後半生をアメリカで過ごす。
日本の独特な食文化に目覚め、大学卒業後帰郷し、父、中里隆より陶芸を学ぶ。2000年の東京、万葉洞での親子展を皮切りに、以後日本、アメリカ各地で数々の個展を開催。2007年に故郷唐津に独自の工房monohanakoを設立。
オンラインでの販売も開始。2010年にメイン州にmonoahanako Westを設立。現在、唐津とメインを半年ずつ行き来して作陶している。
monohanako
TEL:0955-58-9467
住所:佐賀県唐津市見借4838-20
オンラインサイト:http://www.monohanako.com
※ショールームのオープンはHPのカレンダーをご確認ください。

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Kaori Ezawa

ライター、エディター、プランナー。食や旅、クラフト等を中心に雑誌、WEB、広告等で執筆。企業や自治体等と、観光促進コンサル、地域の文化を深掘りするツアー開発なども行う。著書『青森・函館めぐり クラフト・建築・おいしいもの』(ダイヤモンド・ビッグ社)、『山陰旅行 クラフト+食めぐり』(マイナビ)等。

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