網走と聞いて何をイメージするだろうか。多くの日本人が最初に連想するのは、恐らく「網走監獄」だろう。かつて日本一過酷で脱獄不可能と言われた刑務所だ。今年1月に実写映画化された大人気コミックス「ゴールデンカムイ」。明治後期の北海道を舞台に、脱獄囚たちの身体に彫られた刺青を手がかりにアイヌの埋蔵金を探すストーリーだ。その刺青の囚人たちが収監されていた刑務所としても、たびたび「網走監獄」が登場する。
心も凍る北の果て 網走監獄
明治維新直後には、まだ社会には不穏な空気が充満していた。内乱が相次ぎ、国事犯、政治犯が続出したことで全国的に監獄は飽和状態になった。政府はこの状態を解決するため、重罪人を拘禁する集治監を北海道に設置した。ロシアを脅威に感じていた日本政府は、北海道の防衛と開拓のための安価な労働力として囚人を使役させることにしたのだ。
そして明治14年に樺戸集治監、明治15年に空知集治監、明治18年に釧路集治監、その分監として、明治23年に人口わずか631人の小さな漁村だった網走に網走囚徒外役所が作られた。網走囚徒外役所 (網走監獄) が作られてからは、職員の家族たちが住居を構えるようになり、村の人口が増えるに従って商人が訪れ、街ができていった。
現在見学できる「博物館 網走監獄」は、当時とは別の場所に移築保存されたものだ。実際に使われていた歴史的木造建築を保存した野外博物館となっており、国の重要文化財にも指定されている。漫画「ゴールデンカムイ」ファンの間でも、重要な”聖地”として人気の施設だ。
中央見張所。漫画ゴールデンカムイの中では門倉看守部長がここで見張りをしているシーンがある
五翼放射状平屋舎房と呼ばれる特徴的な建築は、中央見張所を起点に5つの棟が放射状に建てられており、少ない人数ですべての獄舎が監視できるようになっている。これはベルギーのルーヴァン監獄をモデルにしたもので、明治45年(1912)から昭和59年(1984)まで70年以上も現役の獄舎として網走刑務所で使用されていた。現在この形式の木造舎房としては世界最古のものだ。
中央見張所側からみた舎房の1棟
また、舎房の天窓を見ると、今にも脱獄せんばかりの蝋人形が設置されている。これは「ゴールデンカムイ」のキャラクター、白石由竹のモデルでもある、実在した昭和の脱獄王、白鳥由栄の脱獄の様子を再現したものだ。ぜひ現地を探索し見つけて欲しい。
当時の網走監獄の冬の寒さについて言及する資料もあり、並々ならぬ囚人たちの生き様に想像を掻き立てられる。ここで服役なんて無理だ・・・ましてや脱獄なんて・・・冬を越せるわけがない、と心まで凍ってしまいそうになる。北海道開拓の歴史ロマンに、より感情移入するのなら冬の来訪を強くお勧めしたい。
博物館 網走監獄
https://www.kangoku.jp/
〒099-2421 北海道網走市呼人1-1
0152-45-2411
網走が街として栄えた経緯として網走監獄と囚人たちを挙げたが、そのもっと前にこの地に訪れた人々の存在がその名前に残されている。網走の由来は、アイヌ語で「ア・パ・シリ」(我らが・見つけた・土地)あるいは「アパ・シリ(入口の・地)」だと言われている。最新のDNA研究では、アイヌ民族の起源となる種族が樺太から網走に渡来してきたという説もある。
網走監獄の近くにある北海道道立北方民族博物館は、世界でも珍しい北方民族を専門とした博物館で、北東アジアと深い関係をもった先史文化であるオホーツク文化を紹介したコーナーも設けられている。北海道アイヌだけではなく樺太の先住民族であるウィルタ族やニヴフ族の資料も豊富で、それぞれの違いや共通点を見比べることができる。網走監獄と合わせて訪れたい場所だ。
北極圏でしか見られない希少な流氷体験
冬の網走をすすめる理由がもう一つある。それは流氷だ。ほとんどの(本州の)日本人にとっては「流氷?あ、北海道の海にあるやつね」という感覚かもしれないが、実は世界でも流氷を見られるのは北極圏の一握りのエリアだけ。北海道はアジアで唯一流氷を見ることができる場所なのだ。そして、その中でもオホーツク海に面する網走、紋別、知床ウトロ・羅臼の3箇所のみでしか流氷を見ることができない、ということはあまり知られていない。さらに言うと、天候次第のため肉眼で見られる確率はたったの20%と、オーロラ観測のように運が必要なのだ。
能取岬。「のとろ」という読み方は、アイヌ語で”岬のところ”を意味する”ノッ・オロ”に由来する。オホーツク海に突き出た岬で、突端には灯台と管理事務所のみ。西方は能取湖と常呂町の海岸、北方はすべてオホーツク海、東方は遠く知床連山が見える。冬は網走市で最も早く流氷を見ることができる場所だ。
流氷は風と波に乗ってオホーツク海を漂い、厚みを増しながら海岸に辿り着く。ドラマ「北の国から 2002遺言」にも流氷を舞台に描かれたシーンがあるので、行く前に見ておくとより一層楽しめるだろう。最近では、氷上をトレッキングする流氷ウォーク、流氷をかき分けながらカヤックで観光するアクティビティも人気だそう。万が一のためにドライスーツを着用するらしいが、極寒の中海に落ちたらと思うと身震いがする。ちなみに海水はマイナス1.8度で凍るので外気温よりは温かいらしいが…「じゃあ落ちてもいっか」とはいかないのである。そんなわけで能取岬から広がるオホーツク海と流氷の景観で地球を感じ、満足したのだった。
極寒から極楽のサウナへ 寒暖差100度!
キンキンに心と体が冷えてしまったら、訪れてほしいサウナがある。
サウナ愛好家の中で知られる笹野美紀恵氏(ONEBLOW代表でサウナトータルプロデューサー)監修のサウナを併設した鶴雅グループの「HILLTOP VILLAGE IZUBA」だ。サウナストーブを囲む10角形のデザインで、水着を着用して男女で入ることのできるフィンランド式オートロウリュラサウナとなっている。
@HILL TOP VILLAGE IZUBA
大きな窓からは森と一体化できる景観、ひっきりなしに鳥たちもやってくる。雪景色と隣り合わせのこのサウナは森林浴がコンセプトだという。氷点下10度の世界から90度を超えるサウナへ、その温度差なんと100度。水風呂は外気温よりも温かく、雪見をしながら「ととのう」感覚は贅沢な時間だ。
残念ながら現時点ではサウナだけの利用はできず、HILL TOP VILLAGE IZUBA(ヒルトップ ヴィレッジ イズバ)併設施設となる。「イズバ」は5棟のヴィラで構成され(ペットOKのヴィラもある!)、オホーツク文化を背景にした伝統家屋にインスピレーションを得た外観、竪穴式住居のように地表より低い室内は草木と目線が近く、空間の開放感が際立っている。
@HILL TOP VILLAGE IZUBA
HILLTOP VILLAGE IZUBA
https://www.hokutennooka.com/izuba/
〒099-2421 北海道網走市呼人159
TEL 0152-48-3211
網走を始めオホーツク海沿岸を冬の厳しさから「北の果て」と評する表現をすることが多いが、流氷が流れ着く海流からもわかるように北方文化の玄関口で、道東の中でも特異な文化圏を感じることができる街だ。さらには日本史にも触れることができる冬の網走は、ニセコや札幌などの都市では味わえない深い知識と洞察を与えてくれるだろう。