冬の北海道はニセコだけじゃない!【阿寒湖編】訪れるたびに恋に落ちてしまう場所 火山が生んだ神秘の森と湖

(撮影:SIRI所属・松岡隼平氏)

阿寒湖は湖、森、そして火山が織りなす美しい景観と火山がもたらす温泉という恵みが魅力の観光地だ。釧路空港からは車で約1時間、北の女満別空港からも1時間30分ほどで到着することができる立地にもかかわらずさまざまな動物が生息する大自然が広がっている。絶景を眺めながらの温泉はもちろんのこと、グリーンシーズンには湖での釣りやカヤック、森林でのバードウォッチングやハイキングが楽しめ、ウィンターシーズンでもスノーシューや歩くスキーを履いて森の中や凍った湖上をハイキングすることができる。季節を変えて訪れたい実にリピーターの多い土地である。

阿寒のグリーンシーズンは6月からがおすすめ。阿寒の森は人の手が入っていない原始の森できのこ王国としても知られている。そして阿寒湖の釣りといえば金色のアメマスが人気。紅葉が楽しめるのが9月下旬〜10月初旬。1月には湖は全面的に結氷し様々なアクティビティが楽しめるようになる。季節毎のアクティビティが盛りだくさん。(撮影:1~3枚目 SIRI所属・松岡隼平氏、4枚目:Ayako Inaba)

その阿寒湖に約3,800ヘクタール(東京ドーム約770個分)の森林を所有するのが前田一歩園財団。私は阿寒湖を訪れるのは4度目。初めて訪れた時にその景観の美しさに心から魅了されすぐにファンになってしまった。そして訪れる度に新たな魅力を発見し更に好きになってしまう。その魅力の裏には或るひとりの人間の意志とその精神を受け継ぐ人々の努力があることにまずは言及しなければならない。

阿寒湖を囲む原始の森は前田正名の意志で守られている

1850年、薩摩藩(現在の鹿児島県)の漢方医のもとに生まれた前田正名氏は、明治2年(1869年)、19歳の時にフランスへ留学し、8年後に帰国後、当時の大蔵省や内務・農商務省などの要職を歴任し全国の実業界の振興に取り組んだ。その傍らで自らも農場経営や山林事業を展開し、明治39年(1906年)に阿寒湖畔の国有地の払い下げを受けた。阿寒の地に立ち湖畔の景観に深い感銘を受けた正名氏は、森林を伐採して木材を売り、開いた土地に牧場を作ろうとしていた考えを180度転換させ「伐る山から観る山」にすることに決めたという。117年前の日本といえば、国を挙げて近代国家の仲間入りをすべく産業化を急速に進めていた。そして第一次世界大戦に向けて重工業化も推し進められていた時代だった。

その強い意志は戦後の木材需要の高騰の中でも2代目の正次氏、そして3代目となるその妻・光子氏に受け継がれた。前田正名氏が設立した前田一歩園は3代目の光子氏の時に財団法人となった。
急速な近代化と軍事化が進む激動の時代の中で、豊かな自然を後世に受け継ごうと意志を貫いた人々がいたことに驚いた。まさに117年前からSDGsを実践していたのだ。

雌阿寒岳から臨む雄阿寒岳。夏の早朝に雲海が見られる。(撮影:SIRI所属・松岡隼平氏)

時代がやっと追いついてきたアイヌ的生物多様性

3代目園主の光子氏はアイヌの人々を愛し、アイヌの人々の経済と生活の基盤を確立するため、住宅や店舗のために土地を無償で提供した。これが現在の日本最大といわれるアイヌコタンの発展につながっている。倭人(いわゆる本島からやってきた日本人)によって土地を奪われた当時のアイヌは日雇い労働などの仕事で生計を立てていた。そんなアイヌの人々の自立を支援した光子氏はアイヌの人々から「阿寒のハポ(アイヌ語でやさしいお母さん)」として慕われていた。

阿寒湖のアイヌコタンの入口。大きなシマフクロウの彫像が出迎える。

アイヌというのは日本列島の北部周辺、特に北海道に先住していた民族のこと。彼らは自然界全てのものに魂(カムイ)が宿るとする精神文化を持っている。人間の都合だけで周りの動植物を勝手に活用するのはアイヌ民族にとっては認められない。アイヌ的生物多様性は再生可能かつ合理的に自然資源を利活用し、動植物の都合に耳を傾けながら感謝と共に共生すること。つまり天から役目なしに降ろされたものは何一つないというのが彼らの考え方だ。人気コミックの「ゴールデンカムイ」ではそんなアイヌの精神文化や食文化などが詳細に紹介されていて読みごたえがある。ゴールデンカムイ人気を背景にしてか、最近東京ではアイヌ料理やまたぎ料理の店が静かな脚光を浴びている。

前田一歩園財団が所有する土地は選ばれた事業者に貸与され事業活動が行われている。そしてこの土地を訪れ経済活動をしていくことが美しい自然を守ることに繋がっている。サステナブルツーリズムといった言葉がもてはやされる以前から実践されている。観光客が環境を守れるのだ。そう考えると私たち訪れる者の行動も変わってくる気がした。

阿寒湖の楽しみ方

さて前置きが長くなったが、これらの背景を知っておくと阿寒湖の旅が何倍、何十倍にも深みを増し楽しめるのではないかと思う。

私が阿寒湖を訪れた季節は夏の終わりと冬だ。どちらも気軽に行える阿寒湖畔のハイキングをお薦めする。前田一歩園財団の建物(前田光子氏が住んでいた家)のあるところに阿寒湖畔エコミュージアムセンターがある。阿寒湖畔エコミュージアムセンターでは周辺のトレイル情報などが入手できスノーシューなどのレンタルも行っている。

まずはエコミュージアムセンターからスタートし松浦武四郎(北海道の名付け親)の歌碑から湖畔の方に出て湖畔沿いの遊歩道を進むのがお薦めだ。歩みを進めると商業的な建造物が見えなくなり湖の絶景と高い木々に囲まれた森の静寂に包まれる。森にはさまざまな野鳥やエゾリスや鹿などが生息しているので耳を澄ませて時折立ち止まって木の上を見上げたりしながら歩きたい。湖面と近い遊歩道を一度歩いたら阿寒湖のファンになってしまうに違いない。

国立公園に指定されている森は主にエゾマツやトドマツのような針葉樹が占めていて、エゾシカ、エゾリス、ヒグマ、エゾモモンガ、クマゲラなどの動物が生息している。

そして湖に突き出した展望デッキに近づいてくると硫黄の匂いがし始める。ボッケと呼ばれる泡立つ泥火山の仕業だ。ボッケとはアイヌ語のポフケ「煮え立つ場所」に由来している。蒸気と火山ガスが地下から噴き出していてボコボコという音を立てている。このボッケがあるところは温かいので周辺の雪が溶け草が顔を出しているので食事をしに鹿が集まってきていた。

ボッケから森の奥に入りエコミュージアムセンターの方に戻るコースは大体1.5kmほどで軽い散策が楽しめる。もう少し森の深いところへ行きたい人は森のこみちの遊歩道へ足を伸ばすこともできる。そのほかにも雄阿寒岳の登山道をはじめ様々なトレイルがあり長期滞在する人や様々なレベルのハイカーが楽しむことができる。是非、ネイチャーガイドを頼って自分に合わせた旅のプランを作って美しい自然を堪能してほしい。

もっとアクティブに楽しみたい人には、1日に10人しか入れない阿寒湖北側の森を訪れるツアーがおすすめだ。道中ではたくさんの鹿の群れに遭遇することもできるし、湖北のあるポイントには天然記念物のオジロワシやオオワシの姿そして白鳥も見られる。冬だと歩くスキーなどをはいて森を抜け、凍った湖の上を歩くアクティビティが人気だ。
他にも認定ガイドが同行しなければ足を踏み入れることができない光の森ハイキングがある。樹齢800年ともいわれるカツラの巨木や、温泉の湧く手塚沼など見どころが豊富なハイキングコースで、訪れる人が少ないので森の中で静かな時間を過ごすことができる。あかん湖鶴雅ウィングスの1階にあるアドベンチャーベース「SIRI」でツアーの予約ができる。SIRIには個性豊かなガイドさんが常駐しているので阿寒湖を訪れる前に季節に合わせたプランを相談してほしい。天候次第でツアーがキャンセルされることもあるので最低でも2泊以上は確保することをおすすめしたい。同じ季節でも天気によって表情を変える景色が訪れる者を決して飽きさせない。

水蒸気が結晶化して幾重にも折り重なってまるで雪の花のように見えるフロストフラワー。条件が重なった朝にだけ見ることができる冬の花畑だ。(撮影:SIRI所属・松岡隼平氏)

雄阿寒岳の頂上に雲がかかっている。湖上にはワカサギ釣りの漁師さんのテントがたくさんはられている。

あかん湖鶴雅ウィングス1階アドベンチャーベース「SIRI」の高田茂氏。阿寒湖のアクティビティなら彼の右に出る人はいない。手に持っているのは凍った湖の水。

そして最後に阿寒湖のハポ、前田光子氏の支援で日本最大にまで発展したアイヌコタンにアイヌの人々の手作りの木彫りや刺繍を見に行きたい。鶴雅グループの宿にはアイヌ木彫り作家を代表する藤戸竹喜氏の等身大の熊の作品や瀧口政満氏の作品が数多く展示されているのでそちらも必見。

果てしない時が育んだ自然

阿寒湖は元々一つの大きなカルデラ湖で数々の噴火によって湖の真ん中に標高1,370mの山を築いた。それは今、雄阿寒岳と呼ばれていて多くの観光客を様々にもてなしている。そして北海道で5番目に大きな淡水湖である阿寒湖では直径30cmにまで成長する球状の大型マリモ*が生育、群生する。世界でも2か所しかない稀有な場所だ。そんなマリモは阿寒湖周辺の自然がいかに豊かであるかを示すシンボルなのだ。約170万年前に噴火した火山から始まった大きなカルデラ内にできた豊かな自然はここ阿寒でしか目撃できない。そして長い時間をかけて地球の活動によってもたらされた恵みを享受できる幸せを実感できる、まさに後世に残していきたい大切な場所だ。

*マリモとは長さ数センチの糸状の藻が無数に絡まり、水面の波の影響で回転しながら光合成をして球状に成長する緑藻類のこと。

(1枚目)結氷し始めた湖の氷の中に小さな苔が閉じ込められている。
(2枚目)オイルか何かが混じったのか、不思議な色の氷の上にフロストフラワーが咲いている。自然が織りなすアート作品。
(撮影:SIRI所属・松岡隼平氏)

何度でも訪れたい、それが阿寒湖だ。

(撮影:SIRI所属・松岡隼平氏)

鶴雅アドベンチャーベースSIRI
https://tsuruga-adventure.com

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Ayako Inaba

ZEROMILE編集長。外国人富裕層へコンシェルジュサービスを提供するPrivate Concierge, Inc.の代表取締役。既に人生の半分を日本のコンテンツを外国人へ紹介する仕事に費やす。ポップでエレガントであることを大切にしている。最近では後進を育成することに意欲を燃やしている。

Photo by Shiho Yabe 矢部 志保

ドイツでの日本語教師を経て、ポートレート、ライブフォト、旅写真を手がけるフォトグラファーとなる。渡辺貞夫、田原俊彦、香取慎吾など多くのミュージシャンのジャケット写真、アーティスト写真を撮影。BTS、BIGBANGやクインシー・ジョーンズなど海外アーティストの撮影も多数。趣味は料理とDIY。奈良県出身。
Instagram @shihoyabe

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