この秋、銀座の「月光荘画材店」のギャラリーに小さな森が出現する。開催されるのは「月灯りと守り木たちの物語Ⅱ〜死はとてもあたたかかった」と題された個展。森の神秘を描いた作品約50点が、無機質な壁を瑞々しく彩る。

作品〈守り木0. Mānuka マヌカ〜甦るなつかしい日の思い出〉。マヌカとは、マリオ語で復活の木、癒しの木という意味。画材/ 水彩、クロモジ炭鉛筆。額材/ナラ(藤山建具制作)
森で宿を営み、森を描く。アーティストかずぅの暮らしと創作
作品を手がけるのは、アーティストかずぅ。鳥取県西部の霊峰・大山の森に暮らし、一客一亭の宿「森のスープ屋の夜」を夫婦で営むというのが、もう一つの顔。
簡素で美しい小屋が点在する絵本の世界のような森を舞台に、心を灯すスープを作り続けるなかで、森に宿る生命をアートとして届けたいという気持ちが芽生えてきたという。「紙に描くこと、スープ作り、そしてお宿のこと。私にとっては、すべてが時空間の表現。光と闇の境目で異なる要素が溶け合って生まれる、あたたかな世界を届けたいと思っています」と、かずぅは語る。

アーティストかずぅ。フェルメールの絵画から抜け出たような姿も、彼女にとっては飾ることのない日常のスタイル。Photo by Yuko Chiba
かずぅが描くのは、「守り木」と名付けた森の木々が、四季折々に魅せる生命の輝き。彩り豊かな森の姿を、自作のクロモジの炭鉛筆を用いて、あえてモノクロームの世界で表現し続けてきた。描き溜めた画と文を、2019年には詩集『森のスープ屋の夜』として出版。白と黒の静謐な世界に宿る、穏やかな眼差しと温かみのあるタッチはInstagramを介して次第にファン層を広げていく。




1枚目:モノクロームの世界で森の暮らしを綴った詩集『森のスープ屋の夜』。
2枚目:森で育まれたクロモジから作った炭鉛筆。
3・4枚目:草屋根の教会と名付けた小屋の一角に画室を設えて。キャンドルやランプを灯した柔らかな光の中から作品は生まれる。
モノクロームから色彩へ。月光荘との出会い
転機が訪れたのは2025年。銀座で100年以上の歴史を誇る「月光荘画材店」のギャラリー「画室1」で初となる個展が決まってからのこと。これまで手がけてきたモノクロームの世界を一旦手放し、月光荘オリジナルの水彩絵の具を用いた作品に挑んだ。時には森の黒土や雨さえも画材となり、かずぅの目に映る森の断片がパズルのピースのように切り取られ、鮮やかな色に満ちた作品が誕生。ギャラリーの極小空間が木々の精霊で埋め尽くされ、スノードームのような輝きで訪れる人々を魅了した。


1枚目:手前のコバルトブルーの壁の部屋は「GEKKOSO GALLERY」。藤田嗣治や猪熊源一郎など、月光荘に集った名だたる芸術家たちの作品が展示されている。その奥にある「画室1」という小スペースが現代のアーティストの作品発表の場。歴史にその名を刻んだ画家の作品と、これから芽吹いていく表現者の作品がひとつの空間に共存するスタイルに、芸術に対する月光荘の懐の広さが感じられる。
2枚目:「月光荘画材店」の創業は大正時代。煉瓦造りの外観は、古き良き銀座を象徴している。
森の光や風を銀座へ。進化する2026年の「守り木」
月光荘にて2年目を迎えた2026年の個展では、アーティストとして生きる覚悟を決めたかずぅの感性が、さらなる躍動をみせる。森のクロモジで自ら染めたピンク色の紙や透けるほど繊細な手漉きの和紙、陶器で焼かれた十字架のモチーフやオブジェまで──解き放たれたマテリアルを用いて、森を満たす光や風、落ち葉の温もりを描いてゆく。
今季は抽象的な作風も手掛け、優しい個性が薫る作品が現在進行形で生まれている。また、かずぅの創作スタイルは、タイトルの付け方もユニーク。ひとつの作品を描き終えると名前を森に委ね、心の中に聞こえるインスピレーションを書き留める。意味を辿ると不思議と様々な国の言語へ辿り着き、森から授かった言葉の響きを一片のポエムとして綴り添えてゆく。鑑賞者の心の奥の扉を静かに開き、作品と結んでゆくことも彼女のアートならではだ。





1枚目:〈守り木3. seleneセレン〜月夜と落ち葉のセレナーデ〉
2枚目:〈守り木15.mina ミナ〜今宵は星空の下で私とお話をしよう〉
3枚目:〈守り木20.mele メレ〜やさしい記憶に抱かれて〉
4枚目:〈森の十字架5. shine シャイン〉
5枚目:立体的な陶器のオブジェをキャンバス代わりに。
「なぜ私は描くのだろう」
── 時折浮かぶ問いに、かずぅの中のもう一人の自分が「ワタシハ、モウココニイナクテ、ドンナイロヤ、カタチモ、ミライモエガイテユケル」と答えた。思わぬ方へこの手が動き、大きな安心感のなかで「ほぅ」と眺めながら作品を描き続ける。森の情景とともに、今回は描き文字のアートやポエムの世界も繰り広げられる。銀座の地下に現れる密やかな森を是非訪れていただきたい。



1枚目:画室のある草屋根の教会。作品を描く前には画材を祓い清められ、作品が仕上がった後には “森の神様”を宿す神事が神主によって執り行われる。
2枚目:今秋は、陶器のオブジェに着彩した作品も登場する。
3枚目:自作のクロモジ染めの紙。

木小屋が一体化したスープヤ号。鳥取から銀座まで、作品を載せてかずぅと共にやってくる。
写真提供:かずぅ
「月灯りと守り木たちの物語Ⅱ〜死はとてもあたたかかった〜」
会期:2026年9月28日(月)〜10月4日(日)
時間:11:00〜19:00 (最終日〜15:00)
場所:月光荘画材店 画室1
アーティスト在廊:10/1を除く会期中13:00〜17:00。*小さなスペースのため、アーティストの在廊時間はインスタグラムDMにて予約を推奨
instagram:@soupyanoyoru
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