アフタヌーンティーのグランド・コンプリケーション「LA MAISON DE LA BERGERONNETTE GINZA」

「もしも素材にも手間暇にも制限をなくしたら、料理はどんな高みに至るだろう?」 デザートとアフタヌーンティーに絞り込むことで、そんな食通の夢を追求した店が、東京・銀座にひっそりとオープンした。

GINZAの秘所

パンデミック期にあれほど閑散としてしたのがウソのように、銀座には今、人が溢れかえっている。東京が誇るコスモポリス・GINZAが帰ってきた。いや、こんなに混んでたっけ? とはいえ、活気があるのはこういう伝統的に人が集い、新しいことが起こる場所にとっては良いもので、1960年代東京のストリートファッションの聖地「みゆき通り」と「並木通り」の交差点には、アフタヌーンティーとデザートの専門店「LA MAISON DE LA BERGERONNETTE GINZA」がオープンした……が、この事実を知るものはまだとても少ない。

アフタヌーンティーとデザートの店、というのは、考えてみれば東京には珍しくはあってもなくもない業態かとはおもうけれど、そういう店は、大体、ふらっと入りやすい場所にあるもの。ところが、このフランス人でもないとそうそう読めない名前がついた店は、日本一の繁華街にあるにもかかわらず知らない限りは立ち寄れない場所にあり、しかも完全予約制。その上、詳細はホームページを見てもほぼわからず、ググっても情報はほとんど出てこないのだ。

他の界隈にあれば不安になりもするし、実際、余人がおいそれと立ち入るべきものではない場合も少なからずあるけれど、そこはなんといっても銀座である。銀座のそんな店は、よっぽど自信があるということだ。

お店に入ってみようではないか。

室内はさながら異世界だ。その言葉の本来の意味でのクラブとかサロンとかいった雰囲気。日本的には庭園を望む料亭、なんていうのが近いのかもしれない。一面は窓で、銀座の街を見下ろせる。窓以外の壁面は手で打ち出した金属フレームの間に漆喰、和紙を組み合わせるという、日本の職人技を使いながら、日本スタイルにはなっていないデザインに飾られて、爽やかで明るい。そして、要所要所に白い革がはられていることで、音響的にデッド。この静けさが、ここが特別な空間であることを物語る。

着席すると、テーブルにも革が張ってある。これもデッドニングの一種のようだ。そして、アフタヌーンティーがセットされるのだけれど、これがかなりスゴい!

現在のアフタヌーンティーのうちのひと皿

自然の素材を活かすとはなんだろう?

ネタバラシをすると、この店の起源はバーニーズニューヨーク銀座本店にある。同店のカフェのアフタヌーンティーを千代田・中央区エリア最高額かつ最高評価へと導いたメンバーが独立し、さらに妥協ない食を追求しようとスタートしたのが、この「LA MAISON DE LA BERGERONNETTE GINZA」なのだ。一応、カタカナで書くと、ラ・メゾン・ドゥ・ラ・ベルジェロネット・ギンザとなり、意味は、セキレイの館。セキレイのうちでも清流を好むキセキレイをイメージして「ナチュラルな食材しか使用しない」というコンセプトを表現している。

さて、そちらをネタバラシしても、ネタバラシをあまりしたくないのが、アフタヌーンティーの内容。これは、絶対に驚くはずで、驚きというのは事前情報がなければないほど大きいから、あまり詳しく語りたくない。ただ、食の経験が豊富な人ほど、おそらく「いまさら食で驚くことなんて、そうそうあるものか」と疑うはず。その気持ちはよく分かる。例えば、塩味や旨味、甘味を美味しく感じるのは、もう人間が生物である限り免れようがないものだし、だからといって現代芸術がそうであるように、あえてルール違反しました、みたいな料理も、最初のうちは面白いけれど、あまり何度もやられると、だんだん、その作為にうんざりしてくる。

だったら、もう素材の味で勝負しよう、となるのは理の当然で、この20年間くらい、ファインダイニングは素材を相当に重要視してきた。

ただ山中に成るブドウが自然とワインになることがないように、料理というのはやはり人の手を介することで料理になるもの。どれだけ希少で高品質なタマゴを入手したからといって、それをそのままぽんと出し、これに塩を添えて料理でござい、というのが料理のプロの仕事だろうか? 一度や二度なら、それもいいかもしれない。しかし、突き詰めてしまうと、それでいいなら、ある意味、誰だってプロになれる。では、どうするか? そもそも、料理のプロの仕事とは何なのか? その回答のひとつを見るような気持ちにここではなれる。

『黒騎士のピクニック』という、アフタヌーンティーの構成要素になるサンドイッチ。単体でもオーダー可能。グラスフェッドローストビーフ、たまごサンド、季節の野菜のサンドイッチからなる(時期によって変化あり)。パンが黒いのは、竹炭による。竹炭は味わいの複雑性だけでなくデトックス作用も期待できる

『LA MAISON DE LA BERGERONNETTE GINZA』のシェフ、関 啓吏氏は、タマゴの話となると自身が新潟県の奥地で出会った農家の話から、そのタマゴがいかに優れているかを、とうとうと30分くらい話すような人物。ただ彼は、そんなこだわりぬいたタマゴであっても、あくまで素材のひとつとして扱い、素材に料理の代わりを任せるようなことはしない。彼の素材への敬意は、タマゴはひとつひとつ、黄身と白身のバランスが違うからと、それに合わせてレシピを微調整するといった方法で示される。

シェフ 関 啓吏氏

塩の話となると、製塩の匠と称される「田野屋塩二郎」に依頼してカスタム塩をつくってもらっているといい、驚くべきことに水まで食材のひとつとして扱っていて、クッキーの生地にはこの水、ジュレにはこの水と、日本の、聞いたことのないような天然水を使い分けているというのだ。

アフタヌーンティーの中にも度々現れるジュレと、オンラインショップでも購入できるギフト用の『クッキー缶アソート、通称「白缶」』。着色料、香料、化学調味料、保存料、白砂糖は一切使わない姿勢は、この店のすべての食に共通している

通常、レシピにおいて、水は水であり、タマゴはタマゴだ。しかし、関シェフにとっては、それは違うもの。つまり、関シェフの料理には、その差が有意な差となって現れるということでもある。

アフタヌーンティーのグランド・コンプリケーション

どれでもいい、関シェフが出すものを食べてみれば、それに納得がゆく。細かな粒が絡まり合って、総体をなしているかのような料理だ。荒っぽい味わいは、この料理の中に入る場所がない。

もちろん、私は世界中のファインダイニングを堪能し尽くした食通ではないから、関シェフと同じような解像度で関シェフの料理を味わえている、ということはおそらくない。だからぜひ、あなたもご自身で体験してほしいところだけれど、この贅沢と精密は、トップクラスのシャンパーニュやスーパータスカンに感じる、人間はここまで複雑なものがつくれるのか、というおもわず呆れて笑いがこぼれてしまうような感覚に近い。

途方もない仕事によって生み出される総体、という意味では複雑機械式時計(グランド・コンプリケーション)に例えてもいいかもしれないし、それが単に平面的なだけではなく、どの香り、どの味わいをどのタイミングで感じるのかまでが計算されているかのような立体感は、トップ、ミドル、ベースと時間軸で発展していく香水に例えてもいいかもしれない。

聞けば、関シェフは、ずっとこのスタイルで仕事をしてきたのだそうだ。しかし、若き日々には、彼が追求していることは周囲にほとんど理解されなかったという。ほんの偶然に彼のもとを訪れたある食通が、その異常とも言える集中力を見出し、彼を表舞台へと導いた。

そこから、先述のバーニーズニューヨーク銀座本店での評判につながる、関シェフの活躍が始まる。

カカオ王国の空中庭園

アフタヌーンティーの話ばかりしたけれど、シグネチャーは希少なアマゾンカカオとハレヤ(カカオの親戚・マカンボのジャム)に加え、フィリピン奥地で自生している特別なバナナを使ったチョコバナナパフェ『カカオ王国の空中庭園』。そのほか、季節に応じて旬の食材を使ったパフェ、料理さながらのデザートも味わえるので、カジュアルなランチや夕飯を愉しんだあとに、ここでガストロノミックなデザートを堪能する、などというのもいいだろう。

コース料理の一皿のようだけれど、「チーズとスイカの競演」をテーマにした夏のデザート。瞬間冷凍させたスイカに、フランス、イタリアのチーズを独自の技で融合させている。各種のスパイスが華を添える新感覚の新作。アフタヌーンティーでもチョイスできる

ちなみに関シェフに惚れ込んで長年、コンビを組んでいるオーナーが、別業態でコーヒー商をしていたことがあるので、世界的にもそうそうお目にかかれないコーヒーがここでは味わえる、ということも覚えておいていただきたい事実だ。

お土産として購入できる『有機抹茶のショコラテリーヌ』。日本茶は有機栽培が非常に難しい。 こちらは京都茶商を通じて入手した希少な有機栽培の茶葉を惜しみなく使い、長い時間をかけて焼くことで複雑な風味と滑らかな食感を実現している労作

LA MAISON DE LA BERGERONNETTE GINZA(LA MAISON DE B|ラ・メゾン・ド・ビィ)
東京都中央区銀座5丁目5-12 HULIC&New GINZA MIYUKI5 9階
※みゆき通り沿い 地下鉄銀座駅A1出口より徒歩5分
TEL 03-6264-5536
営業日: 火曜日〜日曜日 11:00〜20:00 完全予約制
定休日: 月曜日
Webサイト:https://bergeronnette.jp/

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Fumihiko Suzuki

東京都出身。フランス パリ第四大学の博士課程にて、19世紀フランス文学を研究。翻訳家、ライターとしても活動し、帰国後は、編集のほか、食品のマーケティングにも携わる。2017年より『WINE WHAT』を出版するLUFTメディアコミュニケーションの代表取締役。2021年に独立し、現在はJBpress autographの編集長。

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