抹茶がコーヒーをジャックする!トレンドからスタンダードへ

スイーツや飲み物のフレーバーとして世界的にもブームとなっている抹茶。その健康効果から、海外ではスーパーフードとしても注目されている。

しかし、これだけ広く親しまれている抹茶でも、飲み物として選択されるシーンはそう多くない。アイスクリームやスイーツのフレーバー、あるいは抹茶ラテとしては身近になったが、日本で普通に生きてきた(と信じている)私は、いわゆる”お抹茶”を飲んだことがない。

こんなにも世界中で愛されている抹茶は、なぜそのまま飲み物として広く普及していないのか。
苦味のせいだとすれば、コーヒーだって苦い。しかしカフェやレストランには必ずあるし、自宅でも日常的に飲まれている。抹茶=茶道のもの、という固定概念のせいだとすれば、抹茶をコーヒーのように身近に、カジュアルに楽しむことができたら、もう一つの選択肢としての道が開けるかもしれない。

「日常のコーヒーシーンを抹茶でジャックしてみよう!」

そんな思いつきの企画を成り立たせるため、まずはスペシャリストの協力を仰ぐことにした。我々が尋ねたのは、京都・宇治の株式会社山政小山園、小山雅由氏だ。

江戸初期より茶の栽培を始め、幕末に茶の卸業を始めてから160年以上の歴史を持つ山政小山園は、「美味さ、ありき」を信条に栽培から製造まで一貫した茶作りで、茶道界を中心に長く信頼されている。歴史ある家業に従事しながらも、小山氏は、抹茶カフェの出店、レシピ本の出版、製菓専門学校で非常勤講師を受け持つなど、積極的に若い世代に抹茶の魅力を伝える活動を行なっている。

小山雅由
宇治の製茶問屋「山政小山園」の父方家系と、京都の華道家元・茶道教授の母方家系の間に生まれる。幼少より生け花、茶道を学び、大学は建築学科に入学。大学院卒業後は、広告会社の営業、プランナーを経て、ブランドコンサルティング会社に転職。家業に入って以降はマーケティングの責任者として、ブランドデザインや商品企画、プロモーションを手がける。茶製造卸業に従事しながら、様々な世代、国の人々へのお茶の楽しみ方を伝える活動を続けている。

「抹茶って別に難しいものではないんです。茶殻も出ず、撹拌するだけ。コーヒーや紅茶のように、自分の好きな飲み方を見つけ、気軽に楽しんでほしい。ただ、まだまだ茶道のイメージが強いと思いうので、普段、私自身が楽しんでいる方法もまじえて、”抹茶のある日常”を提案しましょう」

抹茶のある朝

まだ霧のかかる頭に、目が覚めるような緑が眩しい。窓を開け、朝日を浴びながら一口含めば、フレッシュな香りと清涼感が、朝の新鮮な空気とともに流れ込んでくる。

エスプレッソのように少し多めに砂糖を入れた抹茶は、バターの風味と合わり、茶葉のふくよかな旨みをより一層感じられる。

「朝はコーヒーとパン、という方は多いと思いますが、少し甘味をつけた抹茶は結構パンに合うんですよね。また、抹茶にもカフェインは含まれているので、眠気覚ましの一杯としても申し分ないんです。その他ビタミン、ミネラル、食物繊維など、健康によい成分が豊富です。」

所要時間も、コーヒーをハンドドリップする時間とさほど変わらない。静かに抹茶を混ぜている時間は、不思議と心を落ち着けてくれる。

特別な道具や抹茶碗でなくても、ダマにならないよう抹茶を立てられればいいので、好きな器や身近にある道具を使って構わないそうだ。もちろん、こだわれば味わいも変わってくるが、最初はハードルを上げすぎないほうがいいだろう。

小山氏のおすすめは、深めで底がラウンド型の器だそうで、いつも自身で使用している白い片口茶碗は、使い心地を追求して陶芸作家の小野穣氏に特注したものだそうだ。山政小山園のネットショップで購入できる。

ビジネスと抹茶の関係

薄めに立てた抹茶に氷をたっぷり入れれば、暑い夏の午後でも爽やかに飲むことができる。

「実は、抹茶に含まれるカフェインは、テアニンという旨み成分のおかげで、コーヒーと比べ効き目が緩やかで、長く続くと言われています。つまり、コーヒーブレイクを頻繁に取れない忙しいビジネスマンにこそぴったりなんです。」

その効能に注目したセールスフォース・ジャパンでは、丸の内にあるオフィス内カフェテリアに山政小山園の抹茶ラテが導入されているのだそうだ。コーヒーが苦手な人にとっても、午後の眠気に打ち勝ついいパートナーとなるかもしれない。

さまざまな楽しみ方

休日に友達をおもてなしする時にも、ストレート、ラテ、ソーダ割など、さまざまな提案が可能だ。

ブラックコーヒーを好む人とカフェラテが好きながいるように、ストレートが好きな人と、抹茶ラテが好きな人がいていい。好きな濃さ、甘さ、温度などの組み合わせをもっと気軽に試して、自分のお気に入りの飲み方を探究してみてはどうだろう。

自分だけのリラックスタイムに

夕食後のデザートには、抹茶アフォガートを。
抹茶に含まれるテアニンはα波を増加させ、脳をリラックスさせてくれる働きがあるという。アイスクリームの甘味と抹茶のほろ苦さを味わい終えるころには、緊張状態だった心身も解放されていることだろう。

「上質な抹茶本来の風味を楽しむのであれば、できるだけジューシーで加熱しないフレッシュなデザートがおすすめです。焼き菓子などは加熱時に多少風味が失われてしまうので、必ずしも上級抹茶を使用する必要はないですね。」

抹茶のグレード

実は、一口に抹茶といっても品質と価格は様々だ。上級品(高価)になるほど香り高く、苦渋みが少なく旨みがあり、色も鮮やかになる。


価格の差は、旨みを生む十分な肥料とそれを守る覆い(遮光)の資材や設備、摘採や挽き上げ(粉砕)の方法、それをブレンドする技術など、多くの工程に起因するのだそうだ。

「現在、世界的な抹茶ブームによって、コストが優先され低品質で安価な抹茶の流通が爆発的に増えています。伝統的には抹茶として石臼で挽けない(粉砕できない)硬く美味しくない部位を機械で粉砕したり、そもそも煎茶のようなものを粉砕して抹茶と称する海外製品まで世界に流通しています。」

「そのまま美味しく飲める抹茶。ふくよかな香りと旨み、渋みが少ないのが本来の抹茶の味わいです。抹茶が愛されるほど、抹茶本来の味わいから遠くなる現代において、飲み物としての抹茶の需要は、抹茶の美味しさを次代に引き継いでいくことにつながるのではないでしょうか。」

小山氏はそう言いながら、一杯の抹茶を立ててくれた。
初めてストレートのお抹茶を飲んだ私は、予想外の味わいに驚いた。初夏を飲み干したかのような、清々しくも生き生きとした香り。そして、昆布や貝類を食べた時に感じるような、まったりと舌をつつむ感覚。

「もしかすると、旨み成分であるテアニンのせいかもしれません。抹茶は旨みを極限まで追求した飲み物ですから」

こんなにも強烈に感じた旨みや香りを、抹茶味のスイーツやラテからは感じ取ったことはなかった。私が今まで認識していた「抹茶味」というのは、抹茶の味わいの中で、表に出やすい一部分でしかなかったということだ。

味と品質を追求した本物の抹茶を味わおう

まだ本物の抹茶を味わったことのない人は、ぜひ私と同じ衝撃を味わって欲しい。
とはいえ、いきなり道具を買い揃えるのはハードルが高い。そこでまずお勧めするのが、日本橋人形町のATELIER MATCHA(アトリエマッチャ)だ。

ATELIER MATCHA
住所:東京都中央区日本橋人形町1-5-8
営業時間:10:00~18:00
定休日:火曜
https://ateliermatcha.com/

「抹茶のサードウェーブ」をテーマに山政小山園がプロデュースする抹茶カフェで、抹茶の飲み比べや、ごちそう抹茶ドリンク、スイーツなどが楽しめる。また、オンラインストアではお抹茶のスターターキットの販売も行なっている。実際に飲んで、気に入った銘柄を購入することもできるので、何を選んでいいか画面ごしに悩むこともない。

また、不定期だがワークショップなども開催されており、抹茶の立て方や楽しみ方を学ぶことができる。抹茶の味わいに魅せられたら、ぜひ参加してみて欲しい。

日常のコーヒーシーンを抹茶に置き換えることで、日々の当たり前のルーティーンが新鮮な違和感とワクワクに変わる。ちょっぴりクリエイティビティを刺激したい日に飲むのもおすすめだ。
このトレンドによって抹茶の魅力に気づく人たちが増え、スタンダードな選択肢の一つとして世界に受け入れられていく日が待ち遠しい。

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Orie Ishikawa

ZEROMILE編集担当。 歴史、文学、動物、お酒、カルチャー、ファッションとあれこれ興味を持ち、実用性のない知識を身につけることに人生の大半を費やしている。いつか知床にシャチを見に行きたい。

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