カフェの合間に活版印刷のワークショップを楽しむ「富ヶ谷レタープレス カフェ」奥渋

ルネサンス期の三大発明といえば、火薬、羅針盤、そして「活版印刷(レタープレス)」。15世紀、ヨハネス・グーテンベルクが実用化したこの技術は情報の独占を打ち破り、約500年もの間、人類の知識を支え続けてきた。

デジタルの台頭により、今や印刷の表舞台を退いたこの偉大な技術。しかし、効率やスピードが重視される現代だからこそ、一文字ずつ活字を並べ、紙に深く刻印するその「手ざわり」は、かえって新鮮な輝きを放っている。そんな歴史の重みと手仕事のぬくもりに、日常の中で気軽に触れられる場所が「富ヶ谷レタープレス カフェ」だ。

ハンドメイドのぬくもりあふれる空間

扉を開けると、焼き菓子の甘い香りに出迎えられる。温かみのある小さな空間に、テーブルが4つほど。2階まで吹き抜けになっているためか、窮屈さは感じない。1階がカフェ、2階はオリジナルグッズのショップになっている。

ショーケースの中にはホームメイドの焼き菓子がならんでいる。我々が訪れた時はブラウニーを焼いていたようで、チョコレートの香りに終始食欲を刺激された。定番のキャロットケーキや、季節限定のタルトなど、どれもしっかりボリュームがあるのも嬉しい。

よく見ると、さりげなく配置されたレタープレスのポスターや商品が、店内のそこかしこにディスプレイされている。近隣に住む人々からは主にカフェとして親しまれているそうだが、そこから活版印刷に興味をもち、ワークショップに参加するようになった常連客も多いという。

ティータイムの合間に活版印刷体験

レタープレスを体験できるコースは、30分間の「ミニカード制作ワークショップ」と、別館のスタジオで本格的に行う「活版ポスター制作ワークショップ」の2種類がある。今回、我々は3階のイートインスペースの一角でできる「ミニカード制作ワークショップ」を体験させてもらった。

まず、6種類のカードと3種類の封筒から、それぞれ6枚ずつ好きなものを選ぶ。使用する欧文書体を「A: Gill Sans 」「B: Cheltenham」「C: Venus」「D: Times New Roman」の4種類から選んだら、印刷したい文字をメモしておく。

文字を鉛の枠箱(コンポージングスティック)にひとつずつセットする。印刷位置をカードの中央に合わせるために、空白スペースとなる文字なしの金具を左右均等に入れていく。これがいわゆる「植字」と呼ばれる作業だ。デザイン業界では誤字のことをしばしば「誤植」というが、これがその語源である。

さて、文字組みが終わったら、組版にはめこみ、こちらも上下左右のスペースを調整してようやく印刷版ができる。

組み上がった版を印刷機にセットし、反対側に印刷したいカードをセットする。左側にあるレバーをゆっくり下ろすと、版にインクが塗られ、紙が押し付けられる仕組みだ。

レタープレスを中心に、人々が集まる場所を作りたい

富ヶ谷レタープレス カフェを運営するのは、雑誌や出版物のエディトリアルデザインを30年以上手がけてきた株式会社細山田デザイン事務所。代表の細山田氏は、訪れたニューヨークでレタープレスとその文化に魅了された。欧米では、子供からお年寄りまでがスタジオに集い、日常的に創作を楽しむ文化が根付いている。その光景を東京にも再現したいと考えたのだ。

2018年、所蔵していた印刷機や木製活字などを用いたブランドを始動。その後、誰もが立ち寄れるカフェと、レタープレスのスタジオをオープンした。「カフェ」という入り口を設けることで、日本では認知度の低いレタープレスの魅力を、より身近に、気軽に体験できるようにしたかったという。

別館のスタジオでは、本格的な「活版ポスター制作ワークショップ」を開催している。10時から16時まで、6時間かけて制作するこちらのコースは、国内外のデザイン系の学生にも人気だそうで、団体で予約が入ることもあるそうだ。

活版印刷にはデジタルと異なり制約がある。限られたフォントやサイズの中で工夫を凝らす必要があり、プロのデザイナーには新たな視点を与え、初心者にはパズルを組むような純粋な楽しさを提供してくれる。プロの視点からレイアウトのアドバイスを受けられるのも、デザイン事務所が運営するスタジオならではの強みだ。

一度受講すればマシンのレンタルが可能になるため、個人の創作活動も継続できる。私もいつか受講し、好きな偉人の格言ポスターを作りたいと考えている。

15世紀から続く活版印刷の技術を、誰もが楽しめる遊び場へ。富ヶ谷レタープレス カフェに流れる自由で暖かい空気は、細山田氏の信条である「デザインはみんなのもの。デザイナーだけのものではない」という思いを表しているかのようだ。

一枚のカードを刷り終えたとき、手に残るインクの匂いと紙の凹凸。自分が存在しなければ作られることのなかったものが、この世に一枚生まれる手応え。あなたならその版に、どんな言葉を載せるだろうか。

富ヶ谷レタープレス カフェ
住所:〒151-0063 東京都渋谷区富ケ谷2-20-2
営業日 : 火〜土 / 8:00〜17:30
定休日 : 日・月
Webサイト:https://www.tomigayaletterpress.com/
instagram:@tomigayaletterpress_cafe

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Orie Ishikawa

ZEROMILE編集担当。 歴史、文学、動物、お酒、カルチャー、ファッションとあれこれ興味を持ち、実用性のない知識を身につけることに人生の大半を費やしている。いつか知床にシャチを見に行きたい。

Photo by Ippei Fukui

ZEROMILE編集部カメラマン兼グラフィックデザイン担当。日々のクリエイティブワークを通じて培ったスキルを写真にも生かしながら腕を磨いている。

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