東京でのナイトライフとして、近年ポピュラーな選択肢となってきているミュージックバー。仲間と気軽に訪れられて、リラックスしながら上質な音楽を楽しめる空間は、ミレニアル世代を中心にますます支持を集めている。本連載【OFF THE RECORD(オフ ザ レコード)】では、空間、サウンド、人々、そしてバーの物語にスポットライトを当て、さまざまなミュージックバーを紹介していく。
第一回目となる今回は、その比類なきオーディオセットアップ、ぬくもりのある接客、そしてサスティナブルなサービスを提供する「THE MUSIC BAR -Cave Shibuya-」を尋ねた。
渋谷駅の東側にある宮益坂下の交差点から明治通りを原宿方面に向かい、POLAビルの路地を入ると右手に、エントランスに吊り下げられた無数の電球に照らされている店が見えてくる。THE MUSIC BAR -Cave SHIBUYA-だ。オープン以来、オーディオマニアや音楽好きから高い評価を得ており、平日でも新規客と常連客で満席になることも多い。
手招くようなエントランスのあかり
前身となった「THE MUSIC BAR」は、2020年に閉館した複合施設「Yoyogi Village」内にあったレストランに併設されたバーだった。Mr.Childrenやサザンオールスターズなどの有名アーティストを手掛けてきた音楽プロデューサー、小林武史氏が率いる「kurkku(クルック)」が総合プロデュースしたことでも話題となった施設だ。Yoyogi Villageが閉館した後、当時の機材やレコードなどを引き継ぐ形で、2021年にTHE MUSIC BAR -Cave SHIBUYA-としてこの地に再オープンした。
レコードコレクションとオーディオセットアップ
極上の音に包まれるひととき
3500~4000枚を超えるレコードは全て小林氏が厳選したもので、インディーロックやジャズ、ハウス、ソウルまで幅広い。セレクターたちはその中から、その日に合わせた曲を選んで流している。そして特筆すべきは、なんといっても音楽家が選んだ一流の機材が奏でる音質の素晴らしさ。McIntoshのアンプ、Linnのターンテーブル、Bozakのミキサー、そして圧倒的な存在感を持つスピーカー、TANNOY Westminster Royal を備えており、オーディオファンにとっては夢のようなセットアップだ。レコードが再生されると、会話を邪魔することなく音楽が立ちのぼり、空間が心地よい温かさで満たされる。ボーカルや楽器の細部まで明瞭に際立たせるサウンドシステムと厳選されたセレクションは、ミュージックバーの本質を体現している。
ノスタルジックな雰囲気が漂う店内
スタッフを大切にするからこそ生まれる心からの笑顔
THE MUSIC BARの口コミにおいて、サウンドと並んで評価されているのがスタッフの接客だ。行き届いたサービスと、顔と名前を覚えるなどの思いやりあふれるホスピタリティが国内外のファンをつかんでいる。スタッフの温かさについてさらに深く掘り下げるべく、店長の鉄井武氏に話を聞いた。
鉄井氏は2023年にTHE MUSIC BARの店長に就任して以来、スタッフが才能を育み、心から仕事を楽しめる職場環境を作ることを最も大切にしてきた。バースタッフは20代が中心で、ヘッドバーテンダーというポジションは設けていない。若いスタッフがさまざまな価値観やスタイルに触れられるよう、定期的にゲストバーテンダーを呼ぶようにしているのだという。新しいメニューも積極的に採用しており、現在のメニューには彼らの意見が反映されている。若いバーテンダーでも存分にクリエイティビティを発揮できる環境はTHE MUSIC BARの大きな特徴だ。
「”働かなければならない”という考え方で来てほしくないんです。楽しんで働いてほしい。どんなにいい店でも、スタッフが楽しんでいなかったり、店に興味がなかったら、お客様に価値は伝えられません。」
入れ替わりの激しい飲食業界で、スタッフのモチベーションとチームワークを維持し続けるのは簡単ではないはずだが、その問題に対する鉄井氏の考えはシンプルだ。
「スタッフに長期的に働いてもらうことが重要だと考えています。一年には四季があり、バーやレストランにおいてもそれは同じです。すべてのものにはサイクルがあり、バーの全てのプロセスを完全に理解するには1年では不十分だからです。」
スタッフに長く続けてもらうためには、店に愛着を持ち、長期的に成長できる環境だと感じてもらう必要がある。つまりスタッフを大切にすることがお客様を大切にすることに繋がり、ひいては店を大切にすることに繋がっているのだ。
過去にはさまざまなクラブで働いた経験を持つ鉄井氏は、「自分にはここが合っていると感じます。もうクラブに行こうとは思っていないですね。」と笑う。今の彼の目標の一つは、より洗練された体験を求める大人の客層に応えることだ。
「自分と同じ年齢層の人たちにもっと来てほしいと思っています。僕には子供が2人いて家庭があるので、この歳で飲みに行くのはなかなか珍しいことなんですけど。それでもそういう機会があったらここに来て、雰囲気や美味しいドリンク、フードを楽しみながらくつろいでほしいです。」
サウンド、ドリンク、フードのハーモニー
音楽と接客が人々の心をつかんでいる一方で、フードやドリンクもまたTHE MUSIC BARの体験には欠かせない要素だ。
「『ミュージック…&バー』っていう風にしたくなかったんです。別々に考えるのではなく、ドリンクにもちゃんと力を入れたくて。」と鉄井氏は言う。
ドリンクは定番のカクテルのほか、音楽にインスピレーションを受けたオリジナルカクテルも充実している。ジミ・ヘンドリックスの曲から名付けられた「パープル ヘイズ」は、ヘンドリックス・ジンを使用し、アブサンを思わせるアニスの香りが漂う。味は、鉄井氏いわく「大人のファンタグレープ」。また、代々木時代から人気の「AYB(Abnormal Yellow Bartender)サワー」はAbnormal Yellow Bandというバンド名をもじったドリンクで、レモンを大量に使用しており、酸味と皮のほろ苦さを味わえるリッチなレモンサワーだ。
左から:パープルヘイズ、AYBサワー
ウィスキーの品揃えも豊富で、ザ・マッカラン18年 や山崎12年 などのヴィンテージも取り揃える。世界でも人気のジャパニーズウイスキーが飲めるとあって、海外からの旅行客にも人気だ。月に1回程度ゲストバーテンダーを招き、普段は提供されていない新しいカクテルを味わえる機会を設けている。
また、THE MUSIC BARで提供される料理は、オーガニック食材を使用したビストロスタイル。原材料は、小林武史氏の環境配慮型プロジェクトのひとつである、千葉県木更津市の持続可能な農場兼公園「KURKKU FIELDS(クルックフィールズ)」から調達されている。特筆すべきは、KURKKU FIELDS周辺に生息するイノシシの肉を使ったメニューだ。個体数の増加と農作物への被害のため、殺処分せざるを得なかった肉を利用している。お通しで出されるイノシシのジャーキーや、タコス、ボロネーゼなどに使用されているが、捕獲後 30 分以内に処理された肉はジビエ独特の臭みがなく、言われなければ気が付かないほどだ。
1枚目:イノシシのジャーキー
2枚目:バーの装飾になっているイノシシの頭蓋骨
THE MUSIC BAR -Cave Shibuya- は、選りすぐりの音楽と五感を楽しませるドリンクやフードを兼ね備えた場所だ。そしてそこにスタッフの温かいホスピタリティが組み合わさることで唯一無二の魅力をさらに高めている。
鉄井氏に初めて訪れる人へのおすすめを尋ねると、「まずは雰囲気とホスピタリティを楽しんでほしいですね。」と答えた。サービスや雰囲気こそが最大の魅力であり、来店したお客様がそういった点に気付いてくれることに喜びを感じているそう。
「ドリンクや料理の前に、この場所に来て、席に着く前に写真を撮ってもらえたら、それだけで十分です。」
この場所を特別なものにしているのは形のない要素だということ、そしてそれらがTHE MUSIC BAR -Cave Shibuya- で過ごす夜をいかに味わい深いものにしているのかを表すようなひとことだ。
THE MUSIC BAR -Cave Shibuya-
東京都渋谷区渋谷1-15‐12 LAIDOUT SHIBUYA B1F
TEL:03-5962-7666
営業時間:18:00-27:00
定休日:日曜、祝日
webサイト:https://the-musicbar.jp/
Instagram : @the_music_bar