Photo by Art Week Tokyo
アートバーゼルがコラボレートする唯一のローカルアートのイベントとして2021年にスタートした「アートウィーク東京」。
その創設者は東京 東麻布にてギャラリー「タケニナガワ」を営む蜷川敦子と、シークエッジグループのCEO 白井一成のふたり。世界的に注目される、この新しい日本の現代アートのイベントについて、白井一成に聞いた。
白井一成 : Photo by SHIHO YABE
アートウィーク東京とはなにか?
「アートウィーク東京」には2つの目的があります」
白井氏はそう話を始めた。シークエッジグループのCEOとして、自己資金投資や出版事業などを展開する一方、アートコレクターとしても知られている人物だ。
「目的の1つ目は、グローバルなアートシーンと日本のアートシーンを接続するというもの。もう1つが、日本の誇る、幅広く、奥深い文化を海外の人に見ていただくことです」
アートウィーク東京は2022年11月3日から6日の3日間にわたり開催された。
2021年に、パンデミックの影響を受けながらソフトローンチという形でスタートしたこのイベントは、本来意図した姿での開催としては2022年が1回目だった。
「国立新美術館」や「東京都現代美術館」のような国営・公営の美術館、「資生堂ギャラリー」や「銀座メゾンエルメス フォーラム」などの企業が運営する美術館、そして私営のギャラリーのなかでもアーティストと密な連携をとって活動するプライマリーギャラリー、総数51施設が参加したコンテンポラリー・アートの祭典。それら参加施設の間を巡回バス「AWT BUS」がつなぎ、各施設では、展覧会だけでなくアーティストによるトークショーなど特別なイベントが催された。
無料の公式アプリ「AWT PASS」の利用によって、このバスには何度でも乗車可能。またアプリでは、マップ機能、バスのリアルタイム位置情報の表示、美術館の入場料割引サービス、会期中にオープンする「AWT BAR」への入場、オリジナルグッズがもらえるスタンプラリーへの参加、イベントのチェックなどの機能が提供された。
アートウィーク東京は、東京のアートシーンを一望できる幅広い対象に向けたイベントであると同時に、アートバーゼルと連携する唯一のローカルイベントとしてVIP向けの企画もある。そこでは日本の重要なアートコレクター、作家、キュレーターといった面々が、この機会に来日する国外の人々との交流の場を得た。
もちろん、日本のアートシーンを生きる人々にとって、国外の人々との交流はこれがはじめて、などということはない。しかし、日本の首都で、このときほど大規模に集合する機会は、これまでほとんどなかっただろう。
日本のコンテンポラリー・アートは、西洋を中心として構築されていったコンテンポラリー・アートの文脈を、日本なりに解釈する形で発生した。特に1950年代、60年代の「具体美術協会」や「もの派」の活動によって、アジアでは早いタイミングで国際的に評価されていった歴史を持つ。
しかし、発生から60年ほどが経った現在、日本のアートシーンは、独自の発展を遂げ、それは、国際的な文脈によどみなく接続し、十分に精彩を放っているか?というと、層の厚さ、連続性、市場の規模において劣るというのは、アート関係者に共通する認識だろう。
「日本と西洋のアートシーンを重ね合わせる、という作業をしていきたい」と白井氏がアートウィーク東京の意義を語る背景にも、その認識があるのだろう。
もう少し具体的に言うならば、以下のような発言もあった。
「アートウィーク東京を目的に、海外のコレクターやキュレーター日本に来てもらうことで日本のギャラリーや日本のアートシーンとの接点を増やしたい。また、そこでできたつながりをもとに、日本の人たちが海外に出ていく機会をつくってほしいんです」
アートウィーク東京会期中の特設会場の一つとして、南青山に建築家・萬代基介設計による
「AWTBAR」がオープンした。日中は、インフォメーションセンターとVIPラウンジとして機能し
シャトルバスが巡回した。 Photo by SHIHO YABE
経営者として日本のアートを見るならば?
しかし、東京で国際的イベントを開催することで日本のアートシーンがすぐに開放され、世界のアートシーンへと接続されるというほど、話は単純ではない。なぜなら、そこには前述のように様々なギャップが存在しているからだ。そこで白井氏はここに、経営者としての発想を持ち込む。
「企業経営者は、企業を存続させ、成長させていくために、理論的な枠組みで自社の進むべき道を考えます。一番ベーシックな考え方は、自分たちを取り巻く状況のなかにある、機会と脅威、強みと弱みを並べてみて、自分たちしか取ることができない唯一無二の戦略を生み出す、というものです」
芸術の分野においても、経営戦略論の観点から考えることで見えてくるものがあるというわけだ。
さらに続けて彼は、
「日本のアートシーンは独特である、というのは弱みかもしれません。しかし、同時にその特異性は強みにもなります」
という。では、この強みをいかにして最大化すべきか。いくら強みと捉えたとしても、それを一方的に押し付けるというのは、水に油を溶かそうとするような乱暴で無意味な試みだ。
「グローバルなアートシーンで日本が重要なポストを占めるためには、他の都市にはない魅力を打ち出す必要があり、かつそれはアート業界において意味のあるものでなければならない」
と指摘して、2022年9月に行われた「フリーズ・ソウル」を例に出す。
「フリーズ・ソウル」とは、ロンドン発祥の世界的なアートフェア「Frieze(フリーズ)」が、韓国・ソウルで開催した国際的なアートフェアだ。フリーズはこれまで、ロンドン、ニューヨーク、ロサンゼルスとフェアを開催してきたが、フリーズ・ソウルはアジアで初めての開催となった。
初開催にもかかわらず、出展した約110のギャラリーの多くが好調な売り上げを報告しており、初日には数百万ドルの売上を達成した。
「香港がパンデミックの影響もあってうまく機能しないなかで、世界トップレベルのコレクターが数多くいる韓国は、世界のアートの文脈に自分たちを織り交ぜていく戦略として「フリーズ・ソウル」を開催しました。これは彼らの機会と強みを生かした効果的な戦略だったと言えるでしょう」
それに対して、向こうがフリーズなら、こちらはアートバーゼル、と覇を争うことが、アートウィーク東京の眼目ではない。
「日本の現代アートへの興味は、ここ5~10年ほどで徐々に広がりつつあると感じていますが、アート市場としての日本は発展途上段階と言えます。そのため、今いきなり大きなイベントを立ち上げ、都市同士で競争するよりも、ソウルやその他の都市とも補完関係になるような活動をしたほうが、アジアのアートシーン全体で考えたときに有益だと捉えています」
そして、この発想が、白井氏が冒頭で語ったアートウィーク東京の目的の2つ目「日本の誇る、幅広く奥深い文化を海外の人に見ていただくこと」につながっていく。
「日本の文化は海外から見たら理解できないことがあるかもしれません。だからこそ、海外からアートウィーク東京を目当てに来日する方に、さまざまなスポットを巡るなかで、日本人ではわからない日本の美しさを「再発見」していただきたい、という期待があるんです」
日本と国外のアートシーンとの間にあるギャップを、日本の文化によって平滑化する、というアプローチだ。
「アートには人を束ねる力があると僕は思っています。特に力と力がぶつかり合う今のような時代に、アートは融和をもたらす可能性をもっている。たとえば、六本木にある「国際文化会館」が戦後の日米融和のために生まれた、という歴史もそれを物語っています。杉本博司さんは、日本古来の歴史と日本の土着の信仰を、グローバルな文脈に接続した作品に投影しています。人種や文化、あるいは戦争といった、瞬間、瞬間の問題を直接的に投影するよりも、そのほうが、より奥深く、崇高ではないでしょうか?」
と、語ったあと
「僕も年を重ねて、社会的使命みたいなことも考えるようになって。そんなときに蜷川さんからアートウィーク東京のアイデアや目的についての熱い思いを聞いて。だから賛同したんです」
とやや照れながら語った。
アートコレクターとしての白井一成
一方で、ひとりのアートファンとして見たときの白井氏は、個人的な好みに忠実だ。
「アートコレクターになったのは今から17年くらい前なのですが、興味そのものは、高校生の頃からですかね。マーク・ロスコなんかが好きで、部屋にポスターを貼っていました」
そのポスターが本物になるような形で、アートをコレクションし始めたという。
「最初はショーン・ランダースという、テキスタイルが特徴的な1990年代アメリカの作家の作品を買いました。そのあとで、ヴォルフガング・ティルマンスというドイツの抽象表現を得意とする写真家の作品。テキスタイルと抽象的なものが好きなのは今も変わらないですね」
そこから、1960年代に活躍したイタリアの画家、エンリコ・カステラーニやピエロ・マンゾーニ、ルーチョ・フォンタナの作品を買ったあたりで1960年代のイタリア芸術に興味が湧いて。それでオットー・ピーネを知って、彼が結成したドイツの前衛芸術グループ「グループ・ゼロ」の作家たちの作品を集めるようになったそうだ。
「それで少しは美術史のことも知りました。専門的に学んだわけではないのですが、現代美術は近代美術に比べて、美しさよりも作家の文脈や思想がより重要視されると言います。しかし、僕個人にとっては、見た目の美しさやバランスの良さという美的な部分と、その作品が発するエモーショナルな部分をとても大事にしています」
白井コレクション展示風景 Photo by SHIHO YABE
そうやってアートシーンを渡り歩くなかで大竹伸朗に興味を持ち、大竹の作品を扱うギャラリー「タケニナガワ」で蜷川敦子との交流が深まったことが、後に、白井一成と蜷川敦子が「アートウィーク東京」を共同で創設するまでに至った原点だという。
「僕のコレクションのなかには、草間彌生さんや杉本博司さんといった日本を代表する作家の作品もあって、国内外で高く評価される作家であることや作品の希少性はコレクションの形成において大切なことだと思っていますが、それがすべてではないとも思います。僕の大好きな作家に福岡道雄さんという大阪出身の彫刻家がいて、今日の国際的な美術市場がつくる価値基準とは別のところで活動されてきた、いわゆる「インターナショナル」ではない方なのですが……こういうのは、経済と似ていて面白いですね」
と、ここでも経営者としての興味をのぞかせる。
「マーケットというのは完全に合理的なわけではなく、本来あるべき価値が、そのまま、ものの価格に反映されるわけではない。美術もそうで、作品や作家の実力と、マーケットでのニーズというのは必ずしも一致しないんですね。非合理で、歪んでいる。それが市場原理の面白さです」
1つしかない商品を10人が欲しがれば、価格は上がる。また、意図的に価格を操ることも不可能ではない。それが資本主義経済だ。だから、商品の値段が高いということが、他の似たような商品と比べて特別に優れている、ということの証明にはならない。
「今はまだ業界内で評価されていなかったり、市場で注目されていない作家でも、コミュニティの外側からの視点で見た時にわかる価値があるかもしれない。アートウィーク東京では、そんな作品や作家が評価される場所をつくっていきたいと思っています」
日本を訪れるなら
では「アートウィーク東京」をきっかけに日本を訪れた場合に、どんな場所を訪れるといいだろうか?と白井氏に聞くと、
「つきなみですが、「直島」と「江之浦測候所」。他の場所にはない、日本ならではの場所だと思うからです。直島が、もっとも独特なのは、瀬戸内海の美しい自然やコミュニティのなかに、作品と建築が埋め込まれていることです。美術は単体で独立したものではなくて、人間社会から生まれてくるものです。直島は、その先鋭化した表現である、あるいは、美術が人を束ねる力を理解できる場所である、と言えるかもしれません」
もう1つ挙げてくれた江之浦測候所について聞いてみると、
「江之浦測候所は、杉本博司というひとりの作家の、作品という枠を超えた、チャレンジングなプロジェクトだと思っています。僕は、江之浦測候所のプロジェクトを着工から見させていただいていますが、どんどんといろんなものを巻き込んでいる。それはもう、美術という枠組みからも解き放たれていて、増殖を続けている。歴史ある文化を古いまま残すというのも美しいことですが、江之浦測候所のように、テイストを変え、見せ方を変えると、世界中の人に、よりわかりやすく見せることができる」
2023年には、アートウィーク東京は3回目の開催が予定されている。国をまたいだ移動への制限が解除されつつある2023年、アートウィーク東京は、よりグローバルに、そして同時にローカルに、このイベントならではの姿を見せてくれるに違いない。
そして、直島や江之浦測候所で、日本のアートがもつ力をさらに体験してほしい。世界中で分断などの混乱もあるなか、アートは私たちに、多様な文化が存在するこの世界の美しさを今一度思い出させてくれるはずだ。