夏休みは涼しい展示室でいきもの観察「いきもの賞玩(しょうがん)」

皇居三の丸尚蔵館で展覧会「いきもの賞玩(しょうがん)」が開催中。皇室から代々受け継がれた美術品の中から、日本人にとって身近ないきものをモチーフにした作品を選定し紹介する展覧会だ。会期は2024年9月1日(日) まで。

皇居三の丸尚蔵館 外観

展示は「詠む・描く」「かたどる・あしらう」「いろいろな国から」という三つのテーマごとに区切りが設けられている。今回は、数ある作品の中から特に印象深かった作品を中心に紹介したい。なお、前期と後期で作品の入れ替えが行われる場合があるため、展示期間にご留意いただきたい。

「詠む・描く」

日本人は古来より大陸の影響を受けながら文化を形成してきた。漢字や仮名文字を使った詩歌、文学や芸能をもとにした絵などには、日本人にとって身近な「いきもの」も多く登場する。ひとつ目の展示室では、昆虫や鳥を詠んだ詩や和歌などの書、絵画や絵巻などが展示されている。

■動植綵絵 芦鵞図
展示室中央には、ひときわ目を引く真っ白なガチョウの絵があった。伊藤若冲の国宝《動植綵絵 芦鵞図(ろがず)》だ。近くで見ると、それはただの白ではなく、ベージュのような繊細で柔らかい影が羽毛を際立たせているのがわかる。

国宝《動植綵絵 芦鵞図》伊藤若冲 江戸時代(1761年) 展示期間 7/9~8/4

この絵は絹本着色(けんぽんちゃくしょく)といって絹に描かれたもの。布地の透け感を生かして裏面に黄土を塗り、その上に表面から真っ白な胡粉で羽が描かれている。伊藤若冲といえば鶏のモチーフを好んでいたことで有名だが、この裏彩色という手法を巧みに使うことでも知られている。
背景は墨で荒々しく描かれているが、手前のガチョウは羽毛の一本一本まで繊細に描かれており、この対比によって一層ガチョウが浮かび上がって見える。若冲の表現力の幅広さに圧倒される一枚だった。

■七徳舞 (白氏文集巻第三断簡)
平安時代のものとされる《七徳舞 (白氏文集巻第三断簡) しちとくのまい(はくしもんじゅうまきだいさんだんかん)》の保存状態の良さにも驚いた。唐の詩人、白居易による漢詩文集『白氏文集』の写しで、蝶や鳥、草花が描かれた絹地の上に書写されている。瑞鳥や鳳凰などの想像上の鳥を蒔絵にした専用の漆箱の美しさも合わせて見て欲しい。

《七徳舞 (白氏文集巻第三断簡)》伝 源俊房 平安時代(12世紀)

館長の島谷氏は、「文中に繰り返し現れる「七徳舞」という文字は、いずれも異なる崩しかたで書かれています。こういった書のおもしろさを知っていただくきっかけになれば嬉しいです」と語る。

この他、ホトトギスやホタルを歌った和歌をしたためた書、猫や犬など日本人にとって身近な「いきもの」たちの絵が展示されている。

1枚目:《綿花猫図》長澤蘆雪 江戸時代(18世紀) 展示期間 7/9~8/4
2枚目:《小栗判官絵巻》巻14下(部分) 岩佐又兵衛 江戸時代(17世紀) 展示期間 7/9~8/4

「かたどる・あしらう」

二つ目の展示室の向かって右側には「かたどる・あしらう」をテーマにキュレーションされた工芸品が集まっている。明治~昭和の近現代の作品が多く、まさに超絶技巧とも言うべき超写実的な彫刻など見応えのあるラインナップだ。

■刺繍菊に鳩図額
私が特に驚いたのは、奥に展示されていた大きな刺繍画だ。鳩のふっくらとした羽毛の膨らみや柔らかさ、木の質感などが、糸の方向や微妙な色の差で表現されている。絹糸の光沢が豪華絢爛な印象を与えながらも、日本画的な構図と色合いが独特の気品を醸し出していて、「みやび」という言葉がしっくりくる作品だ。

《刺繍菊に鳩図額》4代飯田新七 明治44年(1911) 展示期間 7/9~8/4

作者とされる4代飯田新七の祖父(初代飯田新七)は、老舗百貨店『高島屋』の創業者。当初は古着商として始まったものの、後に高級呉服商へ転身した歴史を持つ。明治期には着物のデザインの下絵を画家が手がけることが多かったそうで、高島屋には専門の画室があり画家たちが腕をふるっていた。この作品も4代飯田新七のもとでそうした画家たちによって製作されたものだろう。
ちなみに当時、4代飯田新七がパリ万博にビロード友禅の壁掛けや刺繍額を出展した際には高い評価を受け、その後ロンドン日英博では、高島屋が独自のスペースを出展するほどの人気だったそうだ。100年以上あとに見ても圧倒されるのだから、当時の人にとって衝撃的であったことは想像に難くない。

他にも、牙彫《羽箒に子犬》や、銅製の《鼬(イタチ)》など、ふわふわな毛並みまで表現されていて、とても硬い材質でできているとは思えない立体作品が並ぶ。その卓越した技巧に驚きを感じながらも、動物を可愛いと思うポイントは変わらないんだな、と共感したりもする。《羽箒に子犬》なんてこのままフィギュアにしてほしいくらいである。

1枚目:《羽箒に子犬》 明治時代後期~大正時代(20世紀)
2枚目:《鼬》 明治時代(19世紀)

「いろいろな国から」

同じ展示室の反対側には、さまざまな国から贈呈された収蔵品が展示されている。皇室のご公務を通じて交流のあった国の伝統工芸品や、その国を代表する作家による美術品だ。国ごとの特徴的な色彩感覚や美意識に触れるとともに、異文化においての「身近ないきもの」のギャップを楽しみながら学べる内容となっている。

《ジャガー型石臼》7~9世紀 パナマより

《トカゲ型カトラリーレスト》1963年頃 ダホメ共和国より

「三の丸尚蔵館ではこれまでも、皇室のコレクションをみなさんに見ていただくため、さまざまな切り口から展覧会を企画してきました。今回は夏休みということもあり、いきものをテーマにし、お子様と一緒に楽しめる展覧会となっております。」(館長・島谷氏)

会場には、作品の中に隠れているいきものを探しながらクイズに答えるお子様用のワークシートも用意されており、楽しみながら教養を身につけられる。さらに、観賞後に東御苑を散策すれば、歴史と現代が地続きであることを肌で感じられるだろう。

■展覧会概要
会場:皇居三の丸尚蔵館
会期:2024年7月9日(火)~9月1日(日)  
前期 7月9日(火)~8月4日(日)
後期 8月6日(火)~9月1日(日)

開館時間:9:30~17:00 (入館は16:30まで) 毎週金曜・土曜は夜間開館(20:00まで/入館19:30まで)*7月26日(金)、8月30日(金)を除く
休館日:月曜日(7月15日、8月12日は開館、翌平日休館)
*その他事情により、臨時に休館する場合があります。
ウェブサイト:https://pr-shozokan.nich.go.jp/2024wildwonders/

■関連イベント
①「展示室 de 作品解説」
日時 : 毎週金曜日18:35~ (20分程度) *7月26日、8月30日を除く
参加申込不要、参加費無料(要入館チケット)

②「特別鑑賞会」
開催日:2024年7月26日(金)、8月30日(金)
開催時間:18:00~20:00(研究員による解説は18:00~19:00、解説終了後自由観覧)
定員:20名(満18歳以上)
参加費:5,000円(税込)展覧会図録(「いきもの賞玩」)1冊付き

当日の流れ
17時45分~大手門にて受付開始
18時~  研究員による解説付き特別鑑賞会
19時~  自由観覧(最終入館。19時以降は入館できません)
20時   最終退館

イベント申し込み
https://www.e-tix.jp/shozokan/

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Orie Ishikawa

ZEROMILE編集担当。 歴史、文学、動物、お酒、カルチャー、ファッションとあれこれ興味を持ち、実用性のない知識を身につけることに人生の大半を費やしている。いつか知床にシャチを見に行きたい。

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