
足を踏み入れた瞬間から特別な滞在を予感させるロビーラウンジ。
旅をすることの一番の魅力は、精神的な清潔感が持てることだと思う。なかでも京都を訪れると、歴史を重ねた不変的な伝統の中に、常に新鮮な風を感じる。文化も人も、決して澱ませず清浄を保つのだという強い意志が、この古い都に清けさを生み出しているのだろう。シンガポール発祥のラグジュアリーホテルで、2024年8月に京都にオープンを迎えた「バンヤンツリー・東山 京都」も、その清新さの一雫を成す。


印象的なエクステリアの木の演出は、隈研吾建築都市設計事務所によるもの
ホテルがある東山の奥座敷である霊山町は、清水寺と肩を並べる高台に位置する。観光客で賑わうエリアにありながら、ホテルの周辺は、不思議と結界が張られているかのように神聖な空気に包まれている。もともと、この土地には「ホテルりょうぜん」という老舗の宿が存在していた。天然温泉の源泉を備え、多くの賓客に愛された宿へのオマージュも込め、敷地内のレストランやバーにその名を残す。



庭をのぞむロビーラウンジでは、ウエルカムティーとして抹茶が振る舞われる。庭にも新旧の石組みや樹木が同居し、独特の風情を放つ。
こうした格調高い温泉宿の風情は、建築のインスピレーションソースにも繋がる。世界的な建築家・隈研吾が率いる設計事務所が手がけた敷地の入り口を飾る大門や庇、ルーバーの木組みは、香り高い檜材を用いホテルをシンボリックに演出。墨色の外観と温もりのある白木を組み合わせることで、建物の輪郭を和らげて周囲の森に溶け込むようにデザインされている。

1階の大浴場には、研ぎ澄まされた露天風呂も設えられている。
一方、全52室のゲストルームの空間を手がけたのは、日本の伝統と国際的感性を融合した空間デザインを得意とする橋本夕紀夫デザインスタジオだ。ここ「バンヤンツリー・東山 京都」においても、木や石、和紙といった自然素材を礎に、工芸の美を現代的に昇華させたインテリアデザインが随所にみられる。



今回宿泊したのは「ウェルビーイングサンクチュアリルーム」。バスルームとベッドルームの一体感が心を解き放つ。ヘルシーなウエルカムフード、アロマオイルの設えなど、微に入り細に入り“おもてなし”が息づく。
その“不易流行”の美学は、ロビーラウンジの視線の先に映る庭にも貫かれている。瑞々しい池の土台となる石組みは新たに造作されたものだが、奥の石組みは「ホテルりょうぜん」時代のもの。古の旅人が愛でた山桜の老木と、池のシンボルとして新たに植えられた枝垂れ桜とが、共にゲストを迎えているのだ。


1枚目:ホテルのロゴをアレンジしたエキゾチックな浴衣。特性の籠バッグは大浴場へ行く際に重宝する。
2枚目:「ウェルビーイングサンクチュアリルーム」にはヨガマットやフィットネスアイテムも備えられて。
部屋でゆったりと寛ぐのも一興だが、「バンヤンツリー」といえば、リゾートの象徴として世界的にも評価の高いスパで知られる。その根底には、東洋医学やアジア伝統の心と精神の調和を目指すホリスティックな哲学が息づき、天然オイルやハーブを用いたトリートメントによって五感の扉をゆっくりと開いてゆく。



夕食前のひととき、さらなる癒しを求める人は是非「バンヤンツリー・スパ」を体験してほしい。
充実したメニューも“何度でも”訪れたくなる理由のひとつ。アジア各地の手技を融合させた「バンヤンツリー・シグネチャーマッサージ」やハーブボールを温めて押圧する「タイハーバルコンプレス」など。オリジナルのトリートメントが夕食前のひとときに、さらなる癒しの時間へと誘う。



1枚目:敷地内には竹林へ繋がる散策路も。
2枚目:隈研吾のデザインによる水辺に浮かぶ能舞台は、年に数回ほど実際の能楽が催される。
3枚目:京都在住の染織家・福本潮子の藍染めのアートをはじめ、館内には至る所に日本の美の化身が宿る。
旅の記憶は、その土地の空気感と食べ物にある……食いしん坊の私だけでなく誰もが実感する旅の真価と言えるだろう。見知らぬ土地で美味しいものを求める嗅覚を働かせていると、料理を美味しそうに縁取る器とも出会える。そんな期待感を胸に訪れたのは、シグネチャーダイニング「割烹料理 りょうぜん」。時節柄、今宵は“月”をテーマに掲げた懐石料理が振舞われた。満月をイメージした皿に盛り合わせた前菜は、秋刀魚寿司や銀杏やむかごなど、深まる季節の食材に満ちている。続く椀ものの蓋をあけると、鮮やかな菊が月の輝きを放つ。黒毛和牛のフィレステーキや甘鯛の湯葉蒸しなど、贅を尽くしたコースを締めくくるのは、土鍋でふっくらと炊き上げた松茸ご飯だ。




料理に合わせて日本酒のテイスティングもコーディネートできる。調味料や食材も京都に由来するものを中心にアレンジ。*写真のコースは9月までのもの
食後に訪れたのは、京都伏見の地酒をはじめ、日本酒に特化したメニューが充実した「BAR RYOZEN」である。オリジナルのカクテルで、ほろ酔い気分に浸りながら、檜の門をくぐり抜けた瞬間からの今日という1日をゆったりと振り返る。
京都には何度も訪れているという旅の達人たちから、“未だ出会ったことのない京都”を感じさせるという噂は、聞きしに勝る心地よさであった。透き通るような竹林のエッセンスや静かな個性を語りかける京都のアーティストによる作品の数々、斬新にして幽玄な能舞台から極上のスパトリートメント、滋味豊かな懐石料理の数々まで……。まるで長い映画を観終わって映画館から出てきた時のように、心身ともに満たされた滞在となった。翌朝、夢から覚めてなお、その余韻が続いていたことは言うまでもない。


隠れ家のような落ち着きが漂う「BAR RYOZEN」。
バンヤンツリー・東山 京都
所在地:京都市東山区清閑寺霊山町7
電話:075-531-0500
公式URL:https://www.banyantree.com/japan/kyoto