マドモアゼル・ユリアの 【語るキモノ】 Vol.4 自由学園明日館

DJとしてファッションシーンで活躍しながら、着物のプロデュースも手掛けるなど多彩な顔を持つマドモアゼル・ユリアさん。アートや建築にも精通したユリアさんが、お気に入りのスポットを訪ね、その場面と響き合う着物のコーディネートを語る連載。第4回は、20世紀建築の巨匠であるフランク・ロイド・ライトが設計した「自由学園明日館(みょうにちかん)」へ。大正時代に創立された女学生のための学び舎に想いを馳せて、秋の風情が漂う着物を装った。

前庭を臨む大きな窓は建物の顔。ロフト部分に佇み、大正期のモダン建築へと想いを馳せるユリアさん。

フランク・ロイド・ライトが生んだ幾何学の美

「ホールや食堂にある椅子にまでデザインが施されていて、こんな学校に通いたかったです」(ユリアさん)。端正な六角形の背にスリットを入れたアクセントがライト流。

繁華街が広がる池袋駅西口から徒歩5分、住宅街の一角に緩やかに視界が開ける。青々とした芝生と幾何学的な窓が印象的なホールを起点に、左右東西に広がる「自由学園明日館」だ。羽仁もと子・吉一により大正10年(1921)に女学校として創立、その設計は羽仁夫妻の教育思想に共鳴した世界的建築家フランク・ロイド・ライトである。

「東京で気軽に見て触れる事の出来るライトの貴重な建築です。100年以上に作られた建築なのに今もモダンで美しく、これまで撮影でも個人的にも何度も訪れています」と語るユリアさんも、明日館の建築美に魅せられた一人。

自由学園は生徒の増加に伴い、昭和9年(1934)に東京都東久留米市に移転。その後、建物は卒業生の活動の場に替わり、日本の教育の明日を託して羽仁夫妻が「明日館」と命名した。太平洋戦争の空襲を免れ、今もご覧の美しい姿を留めている。

前庭と建物の対比が美しいプレイリースタイルの建物、ホールの幾何学的なデザインは明日館を象徴。

明日館は、ライトの第一期黄金期の作風であるプレイリースタイルを建築様式とする。プレイリースタイルとは、草原・空・地平線など自然の景観と馴染ませるように生まれた草原様式のこと。明日館もその特長を映し、軒を深く出すことで水平ラインを強調させて、家の中と外をつなぎ自然と一体化させるよう設計、建物の高さを抑えて地に根を下すかのように広がる。創設当時は周辺に高い建物がなかったため、まさに草原に馴染むような風情だったことだろう。建物の中に入ると床の高さを少しずつ変えた部屋が連続、平坦なようで変化に富んだ絶妙な空間構成である。

ライト設計による食堂のメインフロア

ホールと教室を繋ぐ廊下に設えた天窓の意匠さえも美しい。

「この建物に惹かれる理由は、随所に幾何学的なデザインが見られることです」とユリアさん。
明日館を象徴するホールの窓をはじめ、ドアや廊下の天窓、食堂に至るまで、端正かつモダンな感性が光る。完璧主義で、建物はもちろんインテリアや家具に至るまで、細部までこだわりが強かったライト。その片鱗を語るのが、食堂の天井に躍動感を与えている、照明を吊るすV字形のパーツである。当初の設計図では計画されていなかったが、建設途中に現場を訪れたライトが「天井が高すぎた」と、その晩にデザインしたという逸話が残る。

ライトが帰国したのちは、帝国ホテルの設計にも携わりライトに師事していた遠藤 新が食堂の増築や、別棟となる講堂の設計を担当。過去には老朽化から取り壊し寸前だった危機もあったが、1997年(平成9年)には国の重要文化財に指定。約3年間にわたって大掛かりな保存修理工事を行い、現在は誰でも見学ができるようになった。

遠藤 新の設計による講堂。時間帯や季節で移り変わる窓外の景色が、あたかもステンドグラスのように美しい。

建築家のエピソードと建物に重ねた意匠や彩色

建物の幾何学的な意匠と名物裂を織り出した帯の繧繝(うんげん)文様が呼応するよう。

「クラシックな建物は着物がよく似合いますが、フランク・ロイド・ライトの建築は、ただ歴史的価値があるだけではなく、ライトが提唱していた自然と建築の融合を目指す“有機的建築”という思想が着物との親和性を生み、日本的な感性と響き合うのだと思います」と語るユリアさんが、「明日館」へ捧げるオマージュとしてコーディネートに込めた物語は3点。

ひとつ目は、建物の屋根や窓枠、ドアのアクセントカラーを常盤色(緑)の着物に映したことだ。すらりとした着姿が、遠目にも建物と調和するとともに、秋らしい季節の深まりを感じさせる。合わせた帯は、緑と赤を基調とした正倉院由来の名物裂「花文暈繝錦」の帯。幾何学的な意匠を得意とするライトの建築に想いを寄せたのが、ふたつ目のストーリーだ。

大正期のモダンさをイメージした髪型をはじめ、簪や草履に至るまで、着こなしの美意識が宿る。

最後のエピソードは、着物の柄に表れている。遠目にはモチーフがわからないほど精緻な柄は、近づいてみるとピラミッドやスフィンクといった洒脱な柄が伝統的な伊勢型紙を用いて染められている。「ライトが晩年にエジプトを訪れ、建築のエッセンスに取り入れていたことを知り、明日館を訪れるにあたってこの“エジプト柄”を纏いたいと考えました」(ユリアさん)。

建築家のクロニクルに焦点を掬い上げ小粋な装いに替える、その光るセンスをご覧いただきたい。

エジプト柄の伊勢型小紋は、人間国宝の中村勇二郎の作。「花文暈繝錦」の帯は、アンティークの丸帯の反物を求めて袋帯に仕立てた一本。帯留めは建物が創建された大正時代のもの。

MADEMOISELLE YULIA
(マドモアゼル・ユリア)

10 代から DJ 兼シンガーとして活動を開始。DJ のほか、着物のスタイリングや着物 教室の主催、コラム執筆など、東京を拠点に世界各地で幅広く活躍中。2023年には友人と着物ライフをお洒落に彩るブランド【KOTOWA】を立ち上げる。YOUTUBE チャンネル「ゆりあの部屋」は毎週配信。
OFFICIAL SITE :https://yulia.tokyo
Instagram : @MADEMOISELLE_YULIA

今回訪れた場所はこちら
自由学園明日館
住所:東京都豊島区西池袋2-31-3
電話:03-3971-7535
ウェブサイト:https://www.jiyu.jp/

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Takako Kabasawa

クリエイティブディレクター。女性誌や書籍の執筆・編集を中心に、企業のコンセプトワークやブランディングも行う。着物や茶の湯をはじめとする日本文化や、地方の手仕事カルチャーに精通。2023年に、ファッションと同じ感覚で着物のお洒落を楽しむブランド【KOTOWA】を、友人3人で立ち上げる。https://www.k-regalo.info/

Photo by Natsuko Okada

広告制作会社・出版社の写真部門を経て、(株)Studio Mug を設立。和の文化・ファッションを中心に、マガジン、広告問わず活動中。ライフスタイルから派生するジャンルの撮影を得意とする。2019年より写真専門学校で未来のフォトグラファー育成の講師を担当

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