冬の北海道はニセコだけじゃない!【鶴居村編】釧路湿原で奇跡の大自然に癒される そこには本物のウィルダネスがあった

北海道と聞いて何を思い浮かべるだろうか。最近では実写版が公開されて再び注目されているアイヌ文化と金塊争奪戦を描いた「ゴールデンカムイ」を思い出す人も多いだろう。冬であれば世界的にも大人気のニセコのパウダースノー、そして大人の男性たちは札幌の楽しい夜を思い浮かべるかもしれない。では北海道の東半分「道東」と聞いた時、何をイメージするだろうか。

日本のアラスカ、道東

道東は釧路、十勝、根室、人によってオホーツクも含む地域のことを総称し、その面積は鳥取、島根、岡山、広島、山口の中国地方5県を合わせた面積に匹敵する(約31,000㎢)。その道東の玄関口といえば、釧路空港。東京の羽田空港からたった1時間半のフライトで到着できる好立地であるにも関わらず、訪れたことがある人は他の北海道のエリアと比べると多くはないだろう。高い山が少なく広大な大地では畑作や酪農が盛んに行われていて、景観の美しさが特徴だ。そして何と言っても釧路空港からたったの30分車を走らせると日本最大の湿原、釧路湿原が広がっている。湿原好きの私にとって憧れの地である。

「釧路に来る人は本気で釧路に来たい人しかいない」

釧路・鶴居村を拠点にアウトドアガイド、プロカメラマンとして活動している安藤誠氏は言う。

アウトドアマスターガイド、プロカメラマンの安藤誠。厳しい寒さの冬の撮影時はアラスカで入手したウェアを着用する。レンズも周りの自然に溶け込むようにカバーがされている。

彼のアウトドアツアーの拠点となるのが妻の忍さんと弟子たちと運営するゲストハウスのヒッコリーウィンドだ。2階建ての建物にはシングルやツインの部屋が数室あり、2階には大きなキッチンの横にダイニングスペースがあり8〜10人ほどのゲストが滞在することができる。隅々まで掃除が行き届き、趣味よくまとめらたインテリアは親戚の家に泊まりに来たように居心地が良い。

タンチョウの給餌場のすぐそばにあり、ゲストハウスの窓からも時折タンチョウを見ることができる

心地よい朝陽が差し込む窓辺には安藤さんが撮った写真や著書などが所狭しと並べられている。ステンドグラス作家である安藤さんのお母さんの作品もゲストハウスのあちこちに置かれているので必見。

ヒッコリーウィンドの名物は安藤忍さんの手料理。安藤夫妻の愛犬ディッパーは秋田犬の母とゴールデンレトリバーの父を持つレア犬。安藤さんのバイクに乗って旅をするのが大好きだという。

安藤誠氏のキャリアは北海道にとどまらない。約20年間アラスカのガイドもしている。

「今年は3月に1ヶ月ガイドしにアラスカに行くよ。道東はアラスカに近いんじゃないかな。アラスカでは一冬を越せる人のことをサワードウと呼んで、その反対に一人では冬を越せない人のことをチーチャコと呼ぶんですよ。サワードウ(パンを作る時の天然酵母)はイースト菌と比べて寒さに強いことからそういうネーミングが生まれたみたいです」

実際に辞書で調べてみると、サワードウはアラスカやカナダ北西部への初期の入植者、開拓者という意味もあるそうだ。

「厳しい自然の中で生活を営んでいる人は心のキャパシティが大きい。最後は義理人情だよね」

と安藤氏は優しい微笑みを浮かべながら言った。いち旅行者の肌感覚だが、寒い地域の人には人を見捨てない優しさがあるように思う。それはもしかしたら厳しい自然の中で人に無関心でいると、その人は死んでしまうリスクがあるからかもしれない。まさにサワードウとチーチャコだ。無関心はいずれ自分に跳ね返ってくる。だから人は互いに助け合う精神が根付いているのではないだろうか。残念ながら都会では忘れられているが、人間らしい生き方とはこういうことなのだろう。

安藤氏が見せてくれたアラスカ土産のウィスキーグラスには目盛がついていた。一番下はチーチャコで一番上はもちろんサワードウだ。その間にはいくつかの目盛があって、飲める量のウィスキーでその人のサワードウレベルを量るような遊び心満載のグラスなのだが人の経験値と飲めるお酒の量をかけたアイデアが妙に説得力がある。もちろんお酒が飲めるからサワードウということではないが。

ヒッコリーウィンドの庭に遊びにくるエゾリス。エゾフクロウが遊びに来たこともあるそうだ。

日常にある奇跡

安藤氏のもとには様々な人が集まる。特に多いのはカメラを趣味とする人たちだ。今回彼の元を訪れたときはシンガポールの政財界のキーパーソン夫妻が3組で安藤さんのゲストハウスを貸し切っていたところだった。6人は友人から安藤氏の噂を聞き、彼から道東の自然を案内してもらいながら写真を習うことを目的に1週間遊びに来ていた。バズーカのような大きなレンズを抱えた人もいて、その機材から想像するに相当真剣に写真を趣味としてしているのがうかがえた。とても気さくな人たちで食事の時も様々な話で会話が弾んだ。こんな出逢いもヒッコリーウィンドの醍醐味だ。

木の中で眠るエゾフクロウの姿を狙っているヒッコリーウィンドのゲスト。フクロウが時折ウィンクをしたように片目を開いたりあくびをしたりするのでレンズから目が離せない。

タンチョウは日本の野鳥の中では最大級で、全長は約1m40cm、翼を広げると2m40cmほどにもなる。生息地は北海道東部が中心で、巣は湿原のヨシの中に作る。春から秋にかけては釧路湿原で子育てをするタンチョウを見ることができる。春に生まれた新しいタンチョウは一年後には独り立ちする。
乱獲や湿原の減少によって生息数が激減したタンチョウの数を増やすために作られた給餌場では2月頃、タンチョウの独り立ちと新しい恋の誕生を目撃することができる。

鶴居村の真冬の朝の光景。水中の方が温度が高いため、タンチョウは水の中に足をつけて夜を過ごす。外気温より水温が高いため温泉の蒸気が上がっているように見える。

朝陽が出て暖かくなってくると、タンチョウは朝ご飯を食べに給餌場へやってくる。

ちなみにタンチョウは漢字で丹頂鶴と書くが、丹は日本の伝統色の丹色(にいろ)からきていて赤系統を代表する色。神社の鳥居や社殿にも使われる日本人にとって大切な丹色が頭のてっぺんにある鶴と表現されている。またアイヌの人にはサロルンカムイと呼ばれているそうだ。湿地のカムイ(神)という意味だ。

春の繁殖期に向けてつがいの相手を見つけるための求愛行動。2羽が向かい合って翼を広げ、首を曲げて前屈みになったり首を伸ばして体を伸ばしたりする。その優雅な様子からタンチョウの求愛ダンスと呼ばれている。

首とお尻が茶色いのはヒナドリでもうすぐひとり立ちの時を迎える。

何を表現したいのか?

安藤誠氏は数々の世界的写真コンテストの賞を受賞している。

「コンペで闘うようになってからはより生半可ではいられなくなった。5万点の作品の中から5点とかが選ばれる世界」

もちろん何も修正がされていないローデータを提出する。そしてファイナルまで進むと論文を書かなければならない。

「着地点を常に考えている。最初から頭に思い描く絵があって時間をかけてその瞬間を待っている。私はこういうのが見たいと思ってそれを撮りに行くタイプなんです。でも自然や動物が相手。そんな中に起こる嬉しいハプニングにどういう反応ができるかは普段の鍛え方にあると思う」

着地点という言葉が強く印象に残る。流れに身を任せるという言葉と相反するように思うが、実は着地点(目的意識)を持ち、それを実現できるスキルがあるからこそ流れに身を任せておくことができるのだろうと感じた。動画を撮影し編集もする安藤氏が「実は私の作る動画もスコア(楽譜)があって拍に合わせて映像を変えています」という動画は確かに心地よいリズムでメッセージがうまく心に入ってくる気がする。

タンチョウのつがい。大きい体で前を歩くのがオス。オスが鳴くとつがいのメスが必ず呼応して鳴く。

小学校六年生の頃の文集に「将来の夢は犬と一緒に自然を守る仕事をする」と書いた安藤誠氏は今、自然から学べることを多くの人に伝えていきたいとドキュメンタリー映像の制作にも熱い意欲を燃やしている。手始めに彼が制作した短編動画の「日常の奇跡」がある。日々行われている自然や動物たちのいとなみが圧倒的な美しさでそこに存在している。それが見られることは確かに奇跡なのかもしれない。だけどそれはいつもそこに存在している日常なのである。道東にしかない自然や動植物の日々のいとなみをぜひ見に行ってほしい。そしてそんな奇跡的な日常を守り継ぐことの偉大さを感じてほしい。

Nature’s Best Photography Asia 2019 VIDEO HIGHLY HONORED受賞作品
WinterPassion – Red crowned crane

本編の最後に、北海道という名前に注目したい。アイヌの人々がくらす北海道はその昔、蝦夷と呼ばれていたが明治維新の際に蝦夷地に代わる名前を考える命を託された探検家がいた。松浦武四郎だ。彼は度重なる蝦夷地の調査で受けたアイヌの人々の協力や優しさ、アイヌ文化への尊敬の念から「北加伊道」と提案した。「加伊(カイ)」はアイヌ語でこの地で生まれた良き人という意味で、北にある良きアイヌの人々が暮らす大地という意味をこめたという。「加伊」という字が「海」に変えられたのは様々な事情が想像されるが、何より北海道はアイヌが住む大地という意味なのだ。これを念頭に置いて【阿寒湖編】に続きたい。

安藤 誠(あんどう まこと)
写真家・北海道アウトドアマスターガイド
1964年札幌市生まれ。東北福祉大学卒業後、塾、予備校社会科講師として12年教壇に立ち、その後、大工見習いなどをしながら1999年、釧路湿原の畔にある鶴居村にこだわりの宿「ウィルダネスロッジ・ヒッコリーウィンド」を開業。ヒッコリーウィンドを営みながら、自然が果たす「人と自然への役割」をさまざまな角度から伝えている。

ヒッコリーウィンド
〒085-1200 北海道阿寒郡鶴居村雪裡原野14北
Email : info@hickorywind.jp
http://www.hickorywind.jp/

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Ayako Inaba

ZEROMILE編集長。外国人富裕層へコンシェルジュサービスを提供するPrivate Concierge, Inc.の代表取締役。既に人生の半分を日本のコンテンツを外国人へ紹介する仕事に費やす。ポップでエレガントであることを大切にしている。最近では後進を育成することに意欲を燃やしている。

Photo by Shiho Yabe

ドイツでの日本語教師を経て、ポートレート、ライブフォト、旅写真を手がけるフォトグラファーとなる。渡辺貞夫、田原俊彦、香取慎吾など多くのミュージシャンのジャケット写真、アーティスト写真を撮影。BTS、BIGBANGやクインシー・ジョーンズなど海外アーティストの撮影も多数。趣味は料理とDIY。奈良県出身。Instagram @shihoyabe

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