【THE CONCIERGE’S EYE】#1 世界で最も美しい美術館「下瀬美術館」はなぜ美しいのか。広島・下瀬美術館へ

海外VIPのコンシェルジュ業で20年のキャリアを持つZEROMILE 編集長・因幡彩子による視察旅行記。第1回は、「世界で最も美しい美術館」と称された広島県の下瀬美術館へ。その美しさの理由を、実際に体験しながら探った。

自分で体験しなければ、人には薦められない

私はコンシェルジュという仕事柄、自分で足を運び、自分の身をもって体験しないとお客様に紹介ができない。

広島県に「世界で最も美しい美術館」と称された美術館がある。なぜ、それほどまでに美しいと言われるのだろう。私のゲストにはアートコレクターや美術関係者も多い。特にアメリカからのゲストは広島を訪れることを希望する人が多いため、話題の下瀬美術館は実際にこの目で確かめておく必要があった。

「萩に来ませんか?」という、ある人からの誘いに乗ったことから、今回の旅は始まった。

旅の計画を練るとき、私はいつも地図を開く。Google Mapsを拡大したり縮小したりしながら眺め、移動しやすそうな場所をピックアップして候補を絞っていく。
調べてみると、岩国空港から下瀬美術館までは車で約20分。さらに、気になっていた宮島口の新しいホテルもチェックできる。行きの空港はあっという間に岩国空港に決まった。
せっかくなら下瀬美術館と岩国を見て、そのまま萩へ入るだけではもったいない。2日目は、萩と一緒に紹介されることの多い津和野へ行ってのんびりすることにした。こうして、萩に入るまでの2泊3日の旅程ができあがった。

岩国の歴史と錦帯橋

岩国空港へは全日空が乗り入れていて羽田からは朝から夕方まで満遍なく5便あり結構便利。到着した空港はゲートもターンテーブルもひとつという小さな空港だった。タラップからは瀬戸内海と小さな島が見え、外へ出るとどこか瀬戸内らしい空気を感じる。
レンタカーを借りて、まず向かうのは「錦帯橋」。岩国空港は、受付カウンターがゲートを出てすぐの空港ビル内にあるためなかなか便利だ。

ここで、岩国という土地について少し触れておきたい。岩国の城下町としての歴史は、関ヶ原の戦いの後に始まる。初代領主となった吉川広家は、主家である毛利家の存続のため徳川家康と交渉し、戦後、岩国3万石を与えられた。岩国城が築かれたものの、幕府の一国一城令によってわずか数年で取り壊される。その後も岩国は長州藩の領内にありながら、独自の立場を持つ衛星自治国のような特別な存在として歴史を重ねてきた。

市内を蛇行しながら流れる錦川は暴れ川として幾度となく氾濫した。そんな暴れ川を渡す橋として改修を繰り返して作られたのが「錦帯橋」だ。
車は河原に停める。シロサギがいる。サギがいるということは魚がいるはず。魚影が見たくなった。が、不覚にも釣り用の偏光グラスを車に置いてきてしまった。

どの角度から眺めても美しい。下からその構造を覗くと幾重にも木のパーツが絡み合っている。南京玉すだれと同じような構造らしい。江戸時代の木工技術の高さに驚く。江戸時代は武士だけが渡れる橋だったが今はお金を払えば渡ることができる。岩国城の入城料と頂上まで上がるロープウェイのチケットもセットで970円で買うことができる。はっきり言って安すぎる。

木造の橋は急なアーチだが登りやすい。当時の人々は着物を着ていたため歩幅が小さいので階段の段差が小さく配慮されているのだろうか。現代の私たちであれば小走りになるくらいで何だかおかしな気分になった。

時間の流れが変わる

錦帯橋を渡ると、かつての藩士の屋敷を思わせる立派な塀が残り、城下町らしい風景が広がる。
少し歩いて、「喫茶空白」という店先の新緑が印象的な店でランチをとることにした。観光客よりも地元の人が食事に来ているような店で、春巻き定食と蜂蜜レモンのレアチーズケーキをいただく。どちらも丁寧に作られた、良い意味で家庭的な味が心地よかった。

お腹を満たし、ロープウェイで岩国城へ。窓からは美しく蛇行した錦川にかかる錦帯橋と村向こうに広がる岩国の町、そして穏やかな瀬戸内海が広がる。ファインダーを覗くたび、青空に照らされた新緑の鮮やかさに目を奪われた。

山頂から城までは杉の森の中を歩く。鳥の声と、風に揺れる木の葉の音しか聞こえない。錦帯橋を渡った辺りからどうやら時間の流れが変わったらしい。完全にタイムトリップした気分になる。再建された城の天守の最上階に登ると気持ちの良い風が勢いよく吹き込み気温30度越えの晴天でかいた汗を乾かしてくれる。

「世界で最も美しい美術館」へ

次は本日のメインイベントである下瀬美術館へ。岩国城から車で20分ほど走る。この日開催されていたのは「LA VITA 絹谷幸二×幸太×香菜子」。色彩のエネルギーが画面から溢れ出してくるような作品で知られる絹谷幸二と、その子どもたちによる親子三人展だった。

下瀬美術館の建築の特徴について何も勉強せずに来たのだが、自然にそのおもしろさに気づくことができた。QRコードタイプのチケットをかざして展示エリアに入ると壁に番号がふってあるのでその順番通りに巡った。そして映像展示室に入り、入ってきたところと同じところから出たのだが次の番号がないのだ。

「あれ? これで終わり? あのカラフルな箱にはどうやって行くの?」

そう思っていたら、美術館の構造についての説明と案内板が「そういうことなんです」と言わんばかりに掲示されていた。どうやらここからが本番らしい。箱状の展示室ゾーンへ進むには、入ってきた扉とは別の扉から出なければならないのだ。

美しいのは、建築ではなく「体験」だった


下瀬美術館を設計したのは建築家・坂茂氏。

水盤に浮かぶカラフルな箱状の展示室は、展示内容に合わせて配置を変えられる構造になっている。来館者はひとつの展示室から次の展示室へ、まるで島から島へ渡るように移動していく。何も知らずに歩いたからこそ、その仕掛けに自然と気づくことができた。

なるほど。これが下瀬美術館が高く評価される理由なのだ。

下瀬美術館は、ユネスコ本部で発表される建築・デザイン賞「ベルサイユ賞」の美術館部門で、2024年の「世界で最も美しい美術館」に選ばれている。実際に訪れてみて思った。世界で最も美しい美術館なのではない。世界で最も美しく「体験させる」美術館なのだ。まんまと坂茂氏のデザイントリックにはまった。

読者にとってはネタバレになってしまい申し訳ないが、こんな記事のことなどすっかり忘れて、実際に足を運んでみてほしい。

館内にはミラーガラスのスクリーンが随所に設置され、瀬戸内海の空や海、カラフルな展示室を映し出している。通路や建物の外を歩けば、自分自身も風景の中に映り込み、まるでパラレルワールドに迷い込んだような感覚になる。展示も素晴らしかったが、それ以上に印象に残ったのは、建築と瀬戸内海の風景を含めた体験そのものだった。暴れ川と向き合いながら生まれた錦帯橋と、瀬戸内海の風景そのものを取り込むようにつくられた下瀬美術館。時代も目的も違うが、どちらも人間が自然と向き合いながら生み出した美しい構造物だった。

「世界で最も美しい美術館」は、なぜ美しいのか。
その答えは、建物を眺めているだけではわからなかった。そこを歩き、迷い、風景の中に入り込む。その体験そのものが、下瀬美術館の美しさなのだと思う。

下瀬美術館
住所:〒739-0622 広島県大竹市晴海2-10-50
Webサイト:https://simose-museum.jp/

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Ayako Inaba

ZEROMILE編集長。外国人富裕層へコンシェルジュサービスを提供するPrivate Concierge, Inc.の代表取締役。既に人生の半分を日本のコンテンツを外国人へ紹介する仕事に費やす。ポップでエレガントであることを大切にしている。最近では後進を育成することに意欲を燃やしている。

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