東伊豆の絶景で昭和レトロに浸る「伊豆リトリート 熱川粋光 by 温故知新」

東京から特急「踊り子」で約2時間。相模湾を望む断崖と湯けむりが、昭和期の温泉街の面影を織りなす伊豆熱川。その高台に立つのが、2025年11月に昭和ノスタルジーをテーマに生まれ変わった宿「伊豆リトリート 熱川粋光(すいこう) by 温故知新」である。

前身となるのは1990年代に絶景の宿として誕生した「伊豆・熱川温泉 粋光」。リブランディングを手がけたのは、日本各地の歴史や文化を現代的に再解釈し、ラグジュアリーな宿泊施設へと昇華させる「温故知新」である。古き良き熱川の物語と現代的なセンスが見事に融合した、 “ノスタルジック・ラグジュアリー”の宿へと誘いたい。

改装された客室は、全室オーシャンビュー。その全てに源泉掛け流しの露天風呂を据えた。さらに、これまで24室だった部屋割りをゆったりとした16室へと再構築し、それぞれの部屋に異なるデザインワークを施した。アクセントを添えるのは、モダナイズされた“昭和”の面影だ。壁にデザインされたペナントの装飾やアナログのルームキー、籐かごめ編みのキャビネットなど……。昭和の温泉街の原風景を感じるスパイスに、子ども時代の記憶の引き出しを覗き見るようで、懐かしさに気持ちがほどけゆく。

古くから湯治場として愛されてきた熱川の湯の自慢は、日本屈指の高温自噴である。同館では、自家厳選を2本所有しているため毎分200ℓもの豊富な湯量を誇り、海を見下ろす絶景を客室露天風呂で堪能できる。

その泉質は、別名“奇跡の湯”と称されている。室町時代に江戸城を築城したことで知られる太田道灌が、川底から湧いた湯で傷を癒す猿を発見した伝説がその由来。肌のターンオーバーを促す効果も期待され、メタケイ酸を多く含むことから、心身ともに整う湯浴み体験を、好きな時間に心ゆくまで楽しめるのも、部屋付き風呂ならではのアドバンテージといえる。

旅の記憶は、その土地の空気感と食べ物にある……それは美食家に限らず誰もが実感する旅の真価と言えるだろう。館内のダイニング「汐と杯」は、海と太陽が変容するとトワイライトタイムからはじまる。夜のコースでは月灯を愛で、翌朝は水平線を染める陽光を感じる空間だ。

特筆すべきは、夜のコースのペアリングである。今回訪れた2月初旬は、全12品のコース料理の序曲に、真鯛の昆布締めとあん肝を赤い蕪で巻いた愛らしい一皿が登場。合わせた一杯は、シャルル・プジョワーズ・ブリュット プルミエクリュ。ポン酢をエスプーマしたソースと、シャルドネ本来のエレガントな爽やかさが繊細に溶け合い、続く料理への期待感が一気に高まる。カンパチや鮪漬けのお造りには、江戸時代から続く沼津の醸造所「高嶋酒造」の白隠正宗をペアリング。同じ日本酒を次の鮑のしゃぶしゃぶには、温酒で提供するなど、ゲストの反応やお酒の進み方に応じて塩梅を調整する心配りにも感服した。

見知らぬ土地の美食体験から部屋へと戻り、暗闇に溶け込む潮騒を聞きながら再び湯に浸かった後は、気を失うように熟睡を迎えた。健やかなリトリート体験をした翌朝は、日の出とともに自然と目覚める。朝食前に周辺を散策すると、河津桜の花の便りを其処此処に見つけ心躍る。

重ね箱スタイルの朝食には、伊豆牛蒡や里芋、椎茸といった山の幸と、鯵のナメロウや金目鯛の甘露煮、シイラ焼き、イナダの含め煮など地魚の海の幸が凝縮。小鉢を彩る逸品料理を、丁寧に箸でとりあげ、しっかりと咀嚼しながら深呼吸とともに味わう。ゆったりとした非日常の朝餉を終えると、気持ちが凜と日常へと向かってゆくのを感じた。わずか一泊の旅ではあったが、自分を慈しむことの大切さに気づけたのは、郷愁へと誘うような空間演出と大らかな海辺の魔法のせいだろうか。

伊豆リトリート 熱川粋光 by 温故知新
所在地:静岡県加茂郡東伊豆町奈良本1271-2
電話:0557-23-2345
Webサイト:https://suiko.by-onko-chishin.com/

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Takako Kabasawa

クリエイティブディレクター。女性誌や書籍の執筆・編集を中心に、企業のコンセプトワークやブランディングも行う。着物や茶の湯をはじめとする日本文化や、地方の手仕事カルチャーに精通。2023年に、ファッションと同じ感覚で着物のお洒落を楽しむブランド【KOTOWA】を、友人3人で立ち上げる。https://www.k-regalo.info/

Photo by Chika Okazumi

2002年よりフリーランスフォトグラファーとして開始。2010年~2017年までロサンゼルスと東京を拠点に活動。現在は、雑誌、広告、webマガジンなどで広く活動中。
Webサイト:https://www.chikaokazumi.net

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