神楽坂からスパイスの世界へ。チャイとカレーパンで味わう香りの体験「Spicier」

黒胡椒ひと粒が金と同じ価値を持っていた時代、スパイスは単なる調味料ではなく、人々を海へ駆り立て、世界をつなぎ、同時に分断してきた魅惑の財宝であった。
そんな古くから人々を魅了してきたスパイスの長い物語の延長線上に、神楽坂の「Spicier(スパイシア)」がある。

「スパイスで、もっと」をコンセプトに掲げるSpicierは、厳選されたスパイスを使用したカレーパンとチャイを味わうことのできる店。しかし、その本懐は、「カレーパン」や「チャイ」といった親しみやすい食べ物を入口に、日常にスパイスを取り入れてもらうことにある。

インドカレー×日本の食文化

Spicierのカレーパンの特徴は、インド人シェフが調理する本格的なインドカレーをフィリングにしている点だ。もともとインドのカレーはさらりとした質感で、そのままではパンの具材には向かない。水分量の調整に試行錯誤を重ね、やっと今のバランスにたどり着いたそう。

この日、編集部がいただいたのは、定番メニューの「もちもちキーマ」と季節限定の「バターチキンマサラ」。カブっとかぶりつくと、一口目からカレーが口の中に広がる。通常のパン生地を揚げたカレーパンとは異なり、Spicierのパンは生地がもちもちしていてほんのり甘い。そしてこの甘さが本格スパイスカレーの辛味をマイルドにしつつ、互いの味を引き立てている。

このもちもちした食感は、空洞をつくらず具材をしっかり詰めるために生まれたもので、その秘訣はタピオカ粉を使用していることにある。一見コンパクトに思われるサイズ感だが、パン生地と具材の分量は普通のカレーパンと同程度だそう。たしかに、食べ終わってみればしっかり満足感がある。

「私たちは自分たちが心から美味しいと思えるものを届けたいと考えています。カレーパンなのに小ぶりね!というお声をいただくこともありますが、食べていただくと満足して帰っていただけると思います。お客さまに喜んでいただくことと値付けのバランスを常に考えています。」

オーナーである菅原氏が穏やかな口調で語るその言葉からは、一つのカレーパンに込めた誠実な自負が伝わってくる。

なぜ、あえてインドカレーレストランではなく、カレーパンという形を選んだのか。その理由は、菅原氏にとってはシンプルだ。「スパイスをより気軽に体験してもらうにはどうすればいいか」を突き詰めた結果、日本人に馴染み深く、世代を超えて愛されるカレーパンという答えに行き着いたのだという。

こうして、本場のスパイスカレーを日本独自の食文化に落とし込んだ、Spicierという体験空間が誕生した。

毎朝仕込むチャイ 手間を惜しまない一杯

カレーパンと並び、もう一つの主役を張るのが、毎朝店でスパイスを煮出して作られるチャイだ。

「手間はかかりますが、作り置きしたチャイベースを牛乳で割ったものとは全然味わいが違うんです。本場インドのチャイは、牛乳も入れた状態でグツグツ煮込むので、より本場に近い味を提供するためには欠かせない工程です。」と菅原氏はいう。

人気メニューの「チャイ比べセット」は、定番のスパイシアブレンドと、定期的に入れ替わる気まぐれチャイが2種加わった飲み比べセット。取材時は、ターメリックラテと、カルダモンフェンネルのチャイという組み合わせだった。

冷え込んだ日の取材だったが、一口飲むと体の内側から温まる感覚があった。甘さは控えめで、スパイスの風味をしっかりと味わえる。ターメリックは牛乳とともに飲むと効能が高まるそうで、ノンカフェインなので寝る前の一杯にもうってつけだ。

期間限定のメニューは、菅原氏自身の経験や体験から生まれている。海外での生活や旅先で得た気づきがそのまま次の試みに反映されるため、アイデアが尽きることはないという。今回のターメリックラテも、屋久島で良質な生のウコン(ターメリック)を入手したことがきっかけになっているのだそうだ。

良薬は口に…うまし?! スパイスのある日常

店内にはカウンター席が4席設けられており、目の前でカレーパンが焼き上がり、チャイが煮出される様子を眺めることができる。あえて調理工程を可視化しているのは、スパイスが持つ力強い香りをダイレクトに感じてほしいという意図からだ。

こうした「店」という拠点にこだわるのは、単に商品を届けるためだけではない。オンラインでは叶わない、スパイスを介して生まれる会話や人とのつながりまでを、一つの「体験」として持ち帰ってほしいという考えが背景にある。

カウンターに備え付けられた棚は、漢方薬局の薬箪笥がモチーフになっている。中にはスパイスの入った瓶や調理器具が収納されており、小さな扉を開けてスパイスを取り出す様子は、漢方薬を取り出す薬師を彷彿とさせる。

「体にいいが苦い」というイメージがある漢方。しかし、先述のウコンのように、同じ植物でも、ある時は健胃・整腸の『生薬』として、ある時は香り高い『スパイス』として扱われてきた歴史がある。

カレーやチャイに「おいしい」イメージがあるのは、料理として日常に根付かせてきた先人たちの工夫があるのだろう。

「コロナ禍による健康志向ブームや時代の後押しもあって、スパイスに興味を持ってくれる人は年々増えてきています。ここをきっかけにスパイスを知り、スパイスって面白いとワクワクしてもらえたら嬉しいです。」

古代から今も続くスパイスの世界への入り口は、決して遠い存在ではない。少しでもスパイスに興味を持ったなら、一度この店に訪れてみてはいかがだろうか。

スパイスチャイとインドカレーパン Spicier
住所:〒162-0825 東京都新宿区神楽坂3-2-33 芸者新道 Rosy
営業時間: Fri-Sun 11:30-18:30(店内L.O.は30分前迄)
Wed,Thu 11:30-17:30 テイクアウトのみ
ウェブサイト:https://spicier.jp/
Instagram:@spicier.tokyo

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Ayano Shimizu

ZEROMILE編集担当。大学では社会学を専攻。SNS業務で得た情報収集力とフットワークの軽さを武器に、休日もカルチャースポットを巡りを楽しんでいる。燃料は甘いもの。

Photo by Ippei Fukui

ZEROMILE編集部カメラマン兼グラフィックデザイン担当。日々のクリエイティブワークを通じて培ったスキルを写真にも生かしながら腕を磨いている。

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