マドモアゼル・ユリアの 【語るキモノ】 Vol.5 東京都美術館-田中一村展

DJとしてファッションシーンで活躍しながら、着物のプロデュースも手掛けるなど多彩な顔を持つマドモアゼル・ユリアさん。アートや建築にも精通したユリアさんが、お気に入りのスポットを訪ね、その場面と響き合う着物のコーディネートを語る連載。第5回は、奄美大島で終焉を迎え、独特の美意識で自然を切り取った画家・田中一村の回顧展へ。大島紬を纏ったユリアさんが上野公園の東京都美術館を訪ねた。

展覧会のメインビジュアルにもなった「アダンの海辺」(昭和44年(1969)、個人蔵)を前に、南国の神秘に思いを馳せる。

“直心”で見つめた多彩な自然の表現を探訪する

入り口にある肖像写真は、画家本人が自撮りした。構図にもこだわりが感じられる。

禅語に“直心是道場(じきしんこれどうじょう)”という言葉がある。執着を解き放ち一途な心で修行を重ねることで、現在おかれている場所が道場となって自らを精進させるという教えを示している。田中一村の画業の途は、まさに件の如し。今回、ユリアさんが訪れたのは、東京都美術館で開催されている「田中一村展 奄美の光 魂の絵画」。不屈の情熱と直心を内に秘め、今生を画業に捧げた画家の作品が一堂に会した最大の回顧展を巡った。

片面には水墨のみで「蘭竹図」を、もう片面には極彩色の「富貴図」を描いた衝立(昭和4年(1929)、個人蔵)。ドラマティックなコントラストにユリアさんも思わず足を止める。

展覧会はフロアごとに全3章構成となっている。第1章は『若き南画家「田中米邨」東京時代』と題し、神童と呼ばれた幼少期の作品から幕開ける。「わずか8歳にして、繊細な表現力に驚きますね」とユリアさんも目を見張ったのは、白梅や蛤を描いた色紙。墨の濃淡や余白までも計算され、大人びた感性が10歳に満たずして開花。

彫刻師だった父親から書画を学び「米邨」という号をもち、中学校在籍中には漢文で綴られた書物を学び、卒業後はストレートで東京美術学校(現・東京藝術大学)の日本画科へ入学した。年齢を重ねるに従い、掛け軸や屏風を埋め尽くす構図もダイナミックに躍動し、変化に富んだ作風が展示室を彩る。芸術家としての華々しいエリートコースのスタートを切ったようでいて、大学はわずか2ヶ月で退学。画壇とも距離を置き、独学で自らの創作を模索する道を選ぶ。

彫刻家の父に師事し、糸瓜やりんどうをかたどった帯留めや蝉の抜け殻をモチーフとした根付など、木彫による装い小物にとどまらず、木魚などの仏具も手がけた。

2曲1双の「椿図屏風」(昭和6年(1931)、千葉市美術館蔵)は、紅白の椿が画面を埋め尽くす一隻と、無地のままの金屏風の一隻から成る。

続く第2章のフロアでは、東京から移り住んだ千葉時代へと進む。周辺の自然をスケッチすることで新たな画風へ挑戦し、昭和22年(1947)には、画号が「一村」へと改められた。

「千葉時代の作品は、あまり目にしたことがなく、心地よい抜け感に包まれます。画家の視点を雄弁に語る、独特の遠近感で描かれた構図にも惹かれます」とユリアさん。

四季の移ろいへと心を開き、まっすぐな眼差しを注いだ田園の風情には、優しい郷愁が満ちている。

千葉の田園風景を描いた作品群

天井画から襖絵まで、作品のバリエーションにも魅了される

陰影で装うエキゾチックな奄美の神秘

瑠璃色の壁面が圧巻な第3章『己の道 奄美へ』にて。

最後に訪れた第3章のフロアは、壁面を艶やかな瑠璃色に彩り、一村の作品を一層ドラマティックに演出。住み慣れた千葉を離れ、50歳で新天地を求めて移り住んだ、一村の気持ちを投影するかのようである。亜熱帯の植物をはじめ、鳥や魚までも、特有の生態系に囲まれて、画家の止まることのない好奇心は絵筆へと伝わり数々の代表作が誕生する。

3年前に初めて奄美大島を訪れたというユリアさん。作品を眺めながら、自然のおおらかさに心を奪われた記憶を手繰り寄せた。

「植物や昆虫、鳥や果実が、奄美大島という楽園を寿ぐように描かれている作品の数々……一村がいかに奄美大島に心を寄せていたかが手に取るように伝わります」(ユリアさん)。

鮮やかな色の足し算としてアンティークのきもの地を帯揚げに。簪は蝙蝠と月。

奄美大島には、「大島紬」と呼ばれる精緻な絣が特徴の織物がある。この日のユリアさんは、一村の終焉の地へのオマージュとして、その大島紬を装った。

「奄美に移ってからの作品からは、エメラルドグリーンを効かせた色使いが印象的。その日本人離れした色彩感覚からインスピレーションを得て、今日はエキゾチックな蔦模様を織り出した大島紬を選びました」(ユリアさん)。

さらに、合わせた帯は、一村の絵からインスピレーションを得て織られた逸品だという。全体をシックにまとめながらも、絶妙に鮮やかな諧調を差し込んだスタイルで、一村の絵の世界を逍遥した。

爽やかな南風に揺れるかのようなビロウの葉を、大胆なシルエットで描いた作品と帯の意匠が響き合うよう。

MADEMOISELLE YULIA
(マドモアゼル・ユリア)

10 代から DJ 兼シンガーとして活動を開始。DJ のほか、着物のスタイリングや着物 教室の主催、コラム執筆など、東京を拠点に世界各地で幅広く活躍中。2023年には友人と着物ライフをお洒落に彩るブランド【KOTOWA】を立ち上げる。YOUTUBE チャンネル「ゆりあの部屋」は毎週配信。
OFFICIAL SITE :https://yulia.tokyo
Instagram : @MADEMOISELLE_YULIA

◾️今回訪れた場所はこちら
東京都美術館「田中一村展 奄美の光 魂の絵画」
住所:東京都台東区上野公園8-36
展覧会公式URL:https://isson2024.exhn.jp/

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Takako Kabasawa

クリエイティブディレクター。女性誌や書籍の執筆・編集を中心に、企業のコンセプトワークやブランディングも行う。着物や茶の湯をはじめとする日本文化や、地方の手仕事カルチャーに精通。2023年に、ファッションと同じ感覚で着物のお洒落を楽しむブランド【KOTOWA】を、友人3人で立ち上げる。https://www.k-regalo.info/

Photo by Natsuko Okada

広告制作会社・出版社の写真部門を経て、(株)Studio Mug を設立。和の文化・ファッションを中心に、マガジン、広告問わず活動中。ライフスタイルから派生するジャンルの撮影を得意とする。2019年より写真専門学校で未来のフォトグラファー育成の講師を担当

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