マドモアゼル・ユリアの 【語るキモノ】 Vol.2 国立国会図書館国際子ども図書館

DJとしてファッションシーンで活躍しながら、着物のプロデュースも手掛けるなど多彩な顔を持つマドモアゼル・ユリアさん。アートや建築にも精通したユリアさんが、お気に入りのスポットを訪ね、その場面と響き合う着物のコーディネートを語る連載。第2回は、ルネサンス様式の系譜を辿る明治期創建の「国立国会図書館国際子ども図書館」へ。クラシックな館と絵本の世界に心を寄せた、夏衣をご覧いただきたい。

幾何学的なレリーフが、当時の前衛的なエスプリを物語る大階段は「国立国会図書館国際子ども図書館」のレンガ棟を象徴するひとつ

東洋随一と謳われたルネサンス様式の図書館

明治から現代までの日本の子どもの本の歩みを辿る「児童書ギャラリー」にて。「木版の挿絵や装丁の美しさに、つい見入ってしまいます」とユリアさん

数々の名建築が連なる上野の森を抜け、ユリアさんが訪れたのは「国立国会図書館国際子ども図書館」である。シグネチャーとなるのは現在「レンガ棟」と呼ばれる建物で、明治39年(1906)に帝国図書館として創建。当時、東洋一の図書館を目指して設計されたとあって、正面入り口に立つと、そのスケールの大きさに圧倒される。文部省の技官でもあった建築家の久留正道(くる まさみち)を筆頭に真水英夫(まみず ひでお)らとともに、約1年に及びアメリカを視察。ワシントンの米国議会図書館やボストン公共図書館、シカゴのニューベリー図書館など、20世紀初頭における最新鋭の大型公共図書館を巡り、青写真を描いたという。

フロアを突き抜けるようにデザインされたセグメンタルアーチの窓が建物をダイナミックに演出

完成したのは、赤煉瓦をセメントモルタルで積み上げた「鉄骨補強煉瓦造」と呼ばれるルネサンス様式の建物である。巨大なセグメンタルアーチの窓が連なる外観に圧倒されながら中へと進むと、天井まで約20mの吹き抜け空間に、重厚な鋳鉄製の手摺りを据えた大階段が、建物を一層荘厳な表情へと昇華。

「この手摺りはアメリカから運ばれたと聞いて驚きました。力強い幾何学的な階段装飾に対して、踊り場の扉が曲線を描くコントラストも見どころです」と、幾度も訪れているというユリアさんが解説。

大階段を登ると、踊り場には創建当時からのアーチ状のケヤキ材の扉が瀟洒に佇む

昔は押して開ける扉が珍しかったことから、「おす」「あく」の文字をわざわざプレートに刻印

急速な勢いと集中力で西洋建築を取り入れた“明治時代”。「国立国会図書館国際子ども図書館」は、その金字塔と位置付けられている。旧貴賓室(現「世界を知るへや」)は、優美な漆喰装飾で天井を彩り、床にまで見事な寄木細工を施した。また、旧特別閲覧室(現「児童書ギャラリー」)では漆喰で流麗な膨らみをもたせたギリシャ風の柱が、知の殿堂を象徴するのに相応しい異国情緒を醸している。大胆にして緻密、古典美と当時の最先端の技術が融合した建物は、段階的に復元を重ねることで明治期の面影を蘇らせ、ありし日の姿で私たちを迎え入れている。

1階奥に位置する旧貴賓室。天井には佐官職人が鏝(こて)で施した鏝絵(こてえ)が。3種類の木板を組み合わせた寄木細工の床に至るまで、工芸の技が注がれている

竹を割り編んだ「竹小舞」を柱の化粧下地に用いることで、絶妙な膨らみが表現された旧特別閲覧室の柱

文明が開花した明治期の華やぎが随所に宿るレンガ棟だが、最も特筆すべきは部分的にガラスケースに収められたような構造にある。1階にはエントランス部とカフェテリアの2箇所のガラスボックスを設置、さらに西側にはコンクリートの2本のシャフトとガラスボックスを交差。デザイン設計に加え、地下には免震装置を設置。これまで地下に収蔵されていた蔵書を管理するために、中庭面に新たにガラス張りのアーチ棟を建設。過去の明治建築を保存しながら、最新の建築文化を織り交ぜ、古今の美意識を未来へと継承する建物へと蘇った。文化遺産の再構築を担当したのは、世界にその名を馳せる建築家の安藤忠雄氏だ。

「ただ古いものをそのまま残すのではなく、そこに敬意を払いながら新たな形に再生する。その考えは、私の着物の装いにも通じ、とても惹かれます」(ユリアさん)

中庭側から見上げると、元の外壁がガラスのケースで守られているように設計されていることがわかる

釉薬をかけた「白薬掛け煉瓦」や「白丁場石」が美しく組まれた、かつての外壁に触れられるこの場所はユリアさんのお気に入り

虹色の花舞う紬が語るノスタルジックな着こなし

就学前の子ども向けの本が収まる「子どものへや」。長きに渡り読み継がれてきた、見覚えのある本を懐かしそうに手に取るユリアさん

明治期には帝国図書館として誕生した建物が、幾度かの変遷を経て子どもの読書推進活動を支援する児童書専門図書館として再びスタートをきったのは、平成12年(2000)のこと。格調高い歴史を重ねながらも、本と子どもの未来を育む空間になったことを鑑みて、ユリアさんがセレクトした着物は、生成り地に、ふくれ織でチューリップにも似たカラフルな花を軽やかに織り出した紬だ。

「赤や黄色、ターコイズブルーやグリーンなど多彩な糸が織りなす繊細な横段が虹のよう。その色合いが、空想の世界を感じさせるため迷わずこの着物を選びました。鮮やかな空色に、牡丹やアザミ、紫陽花など夏の花を織り出した帯もどこかレトロな雰囲気で、この空間にぴったりだと感じました」(ユリアさん)

撮影が5月末ということもあり、帯留には初夏を告げる燕を。唐子を染めつけた丸簪にも、子どものための空間へ寄せた気持ちがさりげなく漂う

「建物の造形美と装いを響かせるなら、こちらの一揃えも似合うと思いました」(ユリアさん)
もうひと組のコーディネートは、階段の幾何学的なモチーフを映したような紬に、本の装丁を彷彿とさせる更紗文様の染め帯である。初夏の空を感じさせる帯揚げや帯締めも清々しい。昔ながらの波打つ味わいに満ちた硝子越しに佇むユリアさんを眺めると、その洗練された佇まいの内に、好奇心に満ちて目を輝かせる少女の一面が潜んでいるようにも見えた。子ども時代の夏の思い出を携えて、足を運んではいかがだろう。

建築の意匠美と古き良き蔵書へ想いを重ねたもうひと組のコーディネート

「児童書ギャラリー」の入り口付近に嵌められた窓。硝子の揺らめきをフィルターに、自身の幼少期に想いを馳せてはいかがだろう

MADEMOISELLE YULIA
(マドモアゼル・ユリア)

10 代から DJ 兼シンガーとして活動を開始。DJ のほか、着物のスタイリングや着物 教室の主催、コラム執筆など、東京を拠点に世界各地で幅広く活躍中。2023年には友人と着物ライフをお洒落に彩るブランド【KOTOWA】を立ち上げる。YOUTUBE チャンネル「ゆりあの部屋」は毎週配信。
OFFICIAL SITE :https://yulia.tokyo
Instagram : @MADEMOISELLE_YULIA

今回訪れた場所はこちら
国立国会図書館国際子ども図書館
住所:〒110-0007 東京都台東区上野公園12-49
電話:03-3827-2053
ウェブサイト:https://www.kodomo.go.jp/

SHARE

Takako Kabasawa

クリエイティブディレクター。女性誌や書籍の執筆・編集を中心に、企業のコンセプトワークやブランディングも行う。着物や茶の湯をはじめとする日本文化や、地方の手仕事カルチャーに精通。2023年に、ファッションと同じ感覚で着物のお洒落を楽しむブランド【KOTOWA】を、友人3人で立ち上げる。https://www.k-regalo.info/

Photo by Natsuko Okada

広告制作会社・出版社の写真部門を経て、(株)Studio Mug を設立。和の文化・ファッションを中心に、マガジン、広告問わず活動中。ライフスタイルから派生するジャンルの撮影を得意とする。2019年より写真専門学校で未来のフォトグラファー育成の講師を担当

RELATED