小原晩【たましいリラックス】vol.30 過去をもちよる

久しぶりに集まって思うのは、いつも三人でいた三人で再会するというのは、とてもうれしいということだった。純すいなともだち。利害関係のない、なんでもないともだち。

十九時に集まろうと言ったのに、ともだちAがきたのは、十九時四十五分であったし、友人Bがきたのは、二十時十五分であったし、わたしがついたのは二十時二十分だった。

Aはもう何年も外国に住んでいるから、こうして三人で会うのはもう、行ったっきりぶりだったろうか。うまく思い出せないけれど。
AとBが私の目にうつる。並んでうつる。それだけでとてつもないなつかしさが押し寄せてくる。うれしくて、うれしくて、Aに思い切りぶつかる。

「なんかサイゼリヤとかいく?」と言われて、行こうぜ行こうぜ、と足早に向かう。ぜ、と言いたいほどのうれしさ。くり返すほどの、うれしさ。

サイゼリヤについて、たくさん頼んで、もう頼んでいるだけで、おかしくなってきて笑う。なつかしい。こういった昼やすみを何度過ごしたことか。ああ、そうだ、Aの笑い声はえへえへとして、Bは落ち着きのある引き笑い。なつかしい。変わっていない、みたいに笑う。なにも変わっていないみたいに。

変わっていないところについてばかり話す。変わってないね、変わらねーな、変わらないよ。変わっていない、とわざわざ口にだすのは、三人がきちんと過去をもちよれるからだ。すばらしい過去に、すばらしい夏に、すばらしい三年間に、すばらしいわれわれに、すばらしかったわれわれに、きもちがあるから。

ほんとうはみんな変わっているのだ。変わらずにいられるわけがないのだ。おとなになった。すごくつかれた。じゅうぶんに傷ついた。こんなにさびしいのはもうこりごり。それでも、やっていく、やってきた、おのおの、それぞれ、これからも、きっと。もうあんなふうには戻れないけれど、それでも、こうして、時には、過去をもちよって、ひとりひとりが、あの日のまねをして、あの日に、あの夏の日に、わたしが、きみが、あなたが、くるりと戻れるように。

いつもしていたアイスジャンケンは、Aが負けた。パーで負けた。あの夏には、ひとりひとつアイスを食べていたけれど、今日は三人で一箱のピノを分け合う。さむい手をこすりながら、白い息を吐いて、溶けかけのピノを、ふたつずつ食べる。あの日のつづきとしての、今夜だ。

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小原晩

1996年東京生まれ。作家。歌人。2022年3月エッセイ集『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』、2023年9月『これが生活なのかしらん』(大和書房)刊行。https://obaraban.studio.site

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