【OFF THE RECORD】# 2:epulor 中目黒

日本のナイトカルチャーとして近年ポピュラーになってきているミュージックバー。リラックスしながら上質な音楽を楽しめる空間は、オーディオ好きだけでなく目の肥えた大人達からますます支持を集めている。本連載【OFF THE RECORD(オフ ザ レコード)】では、空間、サウンド、人々、そしてバーの物語にスポットライトを当て、さまざまなミュージックバーを紹介していく。第2回目は、どこを切り取っても映画のワンシーンのようなカフェ&バー「epulor(エプロア)」を訪ねた。

中目黒駅から徒歩5分、青葉台エリアの専門店や食堂に囲まれた場所に2019年にオープンしたepulor。昼はスペシャリティコーヒーを提供するカフェ、夜は厳選された自然派ワインを提供するバーと2つの側面を持っている。

オーナーのサトヨシ氏は、自分のバーを開くのが長年の夢だったという。コンセプトについて尋ねると、空間に対する彼のアーティスティックな視点とビジョンが徐々に明らかになっていく。

「カフェやバーといった空間は、映画とよく似ています。さまざまなシーンや登場人物がいて、監督によって大きく雰囲気が変わるじゃないですか。」

映画愛好家でもあるサトヨシ氏は、ウェス・アンダーソンのような独特な映像美と緻密な世界観を描く監督たちに影響を受けてきたという。映画の中に足を踏み入れたような空間を作り上げたいという思いから、epulorの構想が固まっていった。

植物や本、アート作品が空間を彩る

時間を演出するサウンドトラック

当初は「現代版ジャズ喫茶」のような店を開きたいと考えていたが、徐々にそのアイデアは進化を遂げ、特定の音楽ジャンルに限定されない空間となっていったそう。

店内の棚には約2,000枚近いレコードが並べられている。そのうち半数はサトヨシ氏がもともと所有していたもので、開業当初のコレクションの核となった。その後、追加購入やスタッフのリクエストによりコレクションがさらに充実していった。

年月と共に増え続けるレコードコレクション

ジャズやソウル、ロック、エレクトロ、インディーポップ、オルタナティブなど、時間や曜日によって多彩なジャンルが楽しめる。どのジャンルが流れていても一貫した雰囲気が店全体を包みこんでいる理由は、厳選された音響機器にある。DENONのターンテーブル、TANNOYのスピーカー、Pioneerのミキサー、そしてLUXMANや上杉研究所のアンプ。これらはすべてサトヨシ氏がその音質を評価して選び抜いたものだ。過剰な低音を避け、空間に心地よく漂うような「浮遊感のある音」にこだわっているのだという。

明確な意図をもって厳選されたオーディオセットアップ

曲は「映画のワンシーンのような体験を提供する」というビジョンにのっとり、季節や時間帯、客層などを考慮し、その瞬間のサウンドトラックとして選ばれる。

空間と瞬間のデザイン

日中のepulorは、大きな窓から柔らかく差し込む自然光が木材やコンクリートの質感を照らし出し、静かな休日の朝のようだ。夕方になると間接照明が温かみのある輝きを放ち、映画の登場人物たちが待ち合わせするシーンを連想させる。店内に置かれたアート作品や本だけでなく、グラスやドリンクウェア、その他の設備にも細かなこだわりがつまっている。

コンクリートの壁と木の質感がアート作品を引き立てる

「グラスは単なる道具ではなくアートでもある。飾っていても絵になるんです」とサトヨシ氏はいう。コーヒーの提供に使われている北欧ヴィンテージのカップは、サトヨシ氏が個人的に収集していたものも含まれている。他にも、コーヒードリッパーやケトル、黒い石板のようなプレートなど、その一つ一つが丁寧に選び抜かれた映画の小道具のようだ。

そしてこれらの要素をまとめあげepulorという空間を完成させるのがスタッフたちだ。彼らは、選曲やカップの選択など細かな点まで配慮しながら同時にサービスを提供する。プライベートで自身のクリエイティブな活動を追求しているスタッフが多く、そのセンスがepulorのディティールを深めている。

私たちが訪問した日にサービスを提供してくれた大門氏は、京都の美術大学を卒業し、グラフィックデザインのバックグラウンドを持つアーティストである。その鋭い美的感覚をいかして店内の花々も彼がアレンジしており、派手なブーケではなく、茶室に飾られる花のように控えめでミニマルなものを選んでいるそうだ。

こうしたシナジーは数値で測ることは難しいが、その存在は確かであり、店内の随所に表れている。スタッフ一人ひとりの役割がepulorという映画に寄与していることは間違いないだろう。

レコードを流す大門氏と彼が手がけた花々

ストーリーに浸る

ハンドドリップで丁寧にコーヒーを淹れる大門氏

映画の舞台についてはこのくらいにして、次は味と香りの体験について話そう。
epulorでは3種類のコーヒーを提供しており、浅煎りはGLITCH COFFEE (東京)、深煎りは豆香洞コーヒー(福岡) 、エスプレッソはHIROFUMI FUJITA COFFEE (大阪)の豆をそれぞれ使用。ハンドドリップコーヒーやエスプレッソといった定番メニューのほか、抹茶ラテや爽やかなエスプレッソオレンジソーダも提供している。

ドリンクを引き立てるフードメニューは、朝ごはんにぴったりなトーストやテリーヌなどのスイーツ、ナッツやチーズなどのおつまみとバラエティに富んでいる。店で仕込んでいるという竹炭を練り込んだ黒いパンを使ったトーストのビジュアルは、インパクトもありながらepulorの美学と調和している。

ハンドドリップコーヒーとあんバタートースト

午後6時、照明が落とされ、バータイムが始まる。ワイン愛好家であるサトヨシ氏は、頻繁にワインバーを訪れ知識と感覚を養い、自らリサーチとセレクトを行っている。セレクトの際には背後にあるストーリーを重視しており、脅威的な情熱を持って困難を克服した自然派ワインの造り手や、親子関係のドラマの果てに完成した感動的なグラッパなど、味わいだけでなくその先にいる人々が感じられるものを選ぶそう。また、ワインだけでなく、ビールやスピリッツ、コーヒー焼酎を含む独創的なコーヒーカクテルも注目だ。外国人観光客向けにイチローズモルトウイスキーやACOUラムといった日本の蒸留酒も提供している。

現在のワインセレクションの一部

自身のイマジネーションを具現化し情熱を傾けるサトヨシ氏の生き方はインスピレーションに満ちている。「映画のワンシーンのような体験を提供する」という彼のビジョンの裏には、目に見えない「感覚」を追求する好奇心があるのではないだろうか。

「ウェス・アンダーソンは映画の細部にいたるまでこだわって設計しますが、説明はしません。それでも観客は感動する。でも彼の映画の特徴を説明しようとすると「カラフル」「シンメトリー」などの言葉になってしまって、その本質を言い表すことはできないじゃないですか。そんなふうに言語化できない感覚を、感覚のまま伝えたいと思っているんです。」

そう言われれば、なるほどepulorにも一言では言い表せない魅力がある。シーンの連続が1本の映画になるように、ひとつひとつのディティールが一体となりこの空間を作り上げているのだ。

epulor
住所:東京都目黒区目黒区青葉台1-19-10 エスセナーリオ青葉台 1F
Web: https://epulor.jp/
Instagram: @epulor_cafebar

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Vince Lee

オーストラリア出身、東京在住。世界がどのように形作られているかに好奇心を持ち、過去や未来について考察を巡らせている。文化、音楽、自然に興味を持ち、レコードバー、美術館、海や山で時間を過ごすことを愛す。

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