東京でのナイトライフとして近年ポピュラーな選択肢となってきているリスニングバー。仲間と気軽に訪れられて、リラックスしながら上質な音楽を楽しめる空間は、ミレニアル世代を中心にますます支持を集めている。本連載【OFF THE RECORD(オフ ザ レコード)】では、空間、サウンド、人々、そしてバーの物語にスポットライトを当て、さまざまなリスニングバーを紹介していく。
第 5 回は、近未来の博物館のようなレコードバー「MUSIUM」六本木を訪れた。

グローバル企業がオフィスを構える六本木は、平日の日中はビジネスマンが行き交う街という印象だが、東京タワーが輝き出す夕暮れどきになると、周りのネオンも一斉に灯り出し、歓楽街へと早変わりする。六本木交差点から、東京タワーに吸い寄せられるように歩き出すと、ふと「MUSIUM」の看板が視界に現れる。
鉄の壁のようなファサードの向こうにはSF映画のような空間が広がり、膨大なレコードのアーカイブが展示されている。ここではレコードが単にBGMとして流れているのではなく、手に取り、眺め、愛でるために展示されている。



外を走る車のライトがうねりながら反射する扉のスリットのような窓からレコードが除く
音楽の保管庫
「MUSIUM」を運営するのは株式会社マザーエンタテイメント。MUSIC(音楽)とMUSEUM(博物館)をコンセプトにしたレコードバーとして2023年にオープンした。株式会社USENと提携し、USENが創業以来所蔵する約10万枚のアナログレコードを収蔵。うち常時1万枚弱をピックアップして店内に展示、およびリストにしている。
当初は、現在の物件の入るビルが取り壊されるまでの400日間の期間限定営業だったが、取り壊しが延期されたこともあり、2026年2月まで営業を延長している。




店内に飾られた膨大な数のレコードはまさに博物館
「MUSIUM」を取り仕切るのは、バーマネージャーの梶原氏。アートディレクターとしてのキャリアと並行して、長年バーテンダーとしても活躍してきた。以前勤めていたバーが閉店することになった際、株式会社USENの関係者で、常連客の一人から「USENが持っている10万枚のレコードを活用したリスニングバーを開くプロジェクトがある。手伝ってくれないか?」と声をかけられた。
「いつか自分のバーを持ちたいと思っていましたし、私が今までの人生で培ってきたデザイン、アート、音楽の知識を融合させ、表現する場所としてこの上ないチャンスだと思いました。」
10代の頃から友達とバンドを組み、その後20年以上さまざまな音楽活動をしてきたという梶原氏。当初はパンクやハードコアを好んでいたが、楽器に触れていくうちに興味の対象が「音」そのものに移っていき、どんどんジャンルが広がっていったという。
「最終的にアンビエントのような、純粋に音だけ聞くようなものに好みが移っていくんですよね。でも、そればかり聞いているとだんだん眠くなってくるので、ここ最近はまたジャズに回帰してきました。ジャズを聞いていると、なるほど、音楽ってこうなってるんだな、というのを再認識させてくれる。」

繊細な所作でオリジナルカクテルを作る梶原氏。
梶原氏とともに、オープン当初からセレクターとして店を支えるのが、06(ゼロロク)ことtaki06R氏だ。MUSIUMオープン時にセレクターとして抜擢された。
「当初はMUSIUMの音楽面をサポートする程度という話だったんですが、フタを開けてみたらレコードをかける人員がいない状況だったので、自分がやるしかない、と思って現在は専任でやってます。(笑)」
元はHip-Hop DJだが、好きな音楽ジャンルは多岐にわたるという。サンプリングがメインだった90年代のHip-Hopが、様々なジャンルの音楽と出会わせてくれたと語る。

MUSIUMの膨大なコレクションからレコードをセレクトする06氏。
近未来の音楽保管庫
アーティストのYOSHIROTTEN氏とTATO designが担当した内装は、金属の質感を特徴とした近未来的なデザイン。オレンジ色の光がスチール製の天井やテーブルに屈折し、SF映画のワンシーンのようだ。アナログレコードのアーカイブが、フューチャリスティックな空間に置かれているのを見ると、遠い未来に、本当にこれらが貴重な人類の資料として扱われる日がくるのかもしれないと想像を掻き立てられる。


インダストリアルでスタイリッシュな空間に絵画のようにレコードが展示されている
「所蔵しているレコードのほとんどが発売当時のオリジナル・プレスなので、歴史的に貴重な帯やライナーノーツが付いているものも多くあります」と梶原氏。
ジャケットを見慣れている有名なレコードでも帯がついた状態は珍しい。特に日本市場限定のため、海外のコレクターはみな珍しそうに眺めていくそうだ。日本人にとっても、その時代特有の色彩感覚やフォントのセンスなどが非常に興味深い。
梶原氏は、2枚のレコードを見せてくれた。1枚目は、The Rolling Stones の『Sticky Fingers』(1971年)。アンディ・ウォーホルがデザインした本物のジッパーが付いたジャケットが特徴の名盤中の名盤だ。左端には緑色の帯に赤いゴシック体のカタカナで大きく「スティッキー・フィンガーズ」と書かれている。狙っては出せない本物の昭和感である。
もう1枚は、Herbie Hancockのサイン入りレコードだ。06氏によると、棚から出した際に偶然見つけたもので、経緯についてはまったくの謎だそうだ。いつかこの経緯を知る当時の関係者が訪れて思い出話を聞かせてくれるかもしれない。


1枚目:The Rolling Stones 『Sticky Fingers』
2枚目:Herbie Hancockのサイン入りレコード
遊び心と極上のヴィンテージ・サウンド
MUSIUMが愛されている理由のひとつに、そのユニークな楽曲のリクエスト方法がある。カウンターに渡されているレールの上にビー玉を2つ滑らせると、セレクターの元へと転がっていく。それぞれの色は異なる年代やジャンルに対応しており、コレクションの中から対応するものをセレクターが選曲してくれるシステムだ。


カウンターに渡されたレールと、ビー玉リクエストの仕組みが書かれたページ
オーディオセットアップは、ヴィンテージ・オーディオの専門店ジュピターオーディオが監修し、1950年代〜1960年代初頭のもので揃えられている。Garrard 301のターンテーブル、McIntosh MC275真空管パワーアンプ、そしてTANNOYのAutographスピーカー。どのコンポーネントもレコードの音を引き立て、それぞれがポテンシャルを発揮できるように選ばれている。バーエリアが最も音が美しく聞こえるので、オーディオファンにおすすめだと梶原氏は言う。

TANNOY Autographスピーカーに挟まれたバーエリア


1枚目:McIntosh MC275
2枚目:Garrard 301 にレコードを載せる06氏
クラシックとオリジナル
豊富なドリンクの選択肢もMUSIUMの魅力の一つだ。特にウイスキーには力を入れており、他ではなかなかお目にかかれない珍しい種類もある。ウイスキープロフェッショナルの資格も持つ梶原氏は、初心者にももっとウイスキーの魅力を知って欲しいと、テイスティングセットもメニューに加える計画を立てているそうだ。

梶原氏おすすめのウイスキーコレクション
このほか、音楽をイメージして創作されたオリジナルのカクテルも見逃せない。
例えば、オールドロックからインスピレーションを受けたという「Magical Monkey Sour(マジカル・モンキー・サワー」は、The Beatlesの『Magical Mystery Tour』をもじったもの。
「ウイスキーサワーをアレンジしたカクテルで、ベネディクティンを加えています。ベネディクティンは、錬金術師が生み出したという逸話のあるミステリアスなリキュール。ベースにMonkey Shoulderというウイスキーを使っているので、マジカル・モンキー・サワーなんです。」と梶原氏は説明する。

「Magical Monkey Sour」¥2,200
この他、フレンチポップにインスパイアされた「Reine d’or (レーヌ・ドール)」、ディープ・パープルのようなハードロックをイメージした「Highway Zero (ハイウェイ・ゼロ)」、抹茶とCBDを使用しチルアウトミュージックを彷彿とさせる「「Green Calm II (グリーン・カームII)」、ファンクのスピリットを表現した「Funky Tropical(ファンキー・トロピカル)」、そして、アブサンと卵白をブレンドしたハーブの香りが深く、まろやかで複雑な味わいの「Dark Ambient (ダーク・アンビエント)」などがある。
梶原氏のバーテンダーとしての専門知識、音楽的センス、デザイン性を融合させた独創的なカクテルたちは、MUSIUMで過ごす夜をいっそう意味深いものにしてくれるだろう。

2026年2月までは現在の場所で営業を予定しているが、その後は移転して営業を続けるつもりだそうだ。その際には、博物館としてのコンセプトを追求し、ゲストにもっとたくさんのレコードを見て、手にとってもらえる場所に進化させたいと梶原氏は語る。
10万枚のレコードと、その一枚一枚の物語を保管するMUSIUM。ただのレコード、ただの音楽ではなく、音楽が我々にもたらす体験そのものを改めて感じさせてくれる場所だ。
MUSIUM
住所:106-0032 東京都港区六本木5丁目2-4 朝日生命六本木ビル1F
営業時間: 月-土 8pm ~ 4am (L.O 3:30am)
Website : https://musium.bar/
Instagram: @musium_recordbar