【コーヒー侍の一杯を巡る旅】File9:ABOUT US COFFEE〜澤野井 泰成さん

日本にはコーヒーの生豆から自家焙煎を探求し、その魅力を最大限に引き出す手段としてハンドドリップ方式を貫く珈琲店がある。そこで、気骨ある店主のコーヒー哲学もスパイスとなった、とっておきの一杯を巡る連載をお届けしたい。第9回は、焙煎に秀でた侍がいると聞き、連載初となる京都へと出向いた。

感度の高いコーヒー焙煎ラボラトリー

苦手だった物事が、ふとしたきっかけで嗜好の品へと変わることで、思いがけず人生が動き出すことがある。インタビューの開口一番、「実はずっとコーヒーが苦手でした」と語った「ABOUT US COFFEE」の澤野井 泰成氏もその一人。

「コーヒーといえば苦味の際立つ深煎りのイメージが強く、距離を置くことが多かった」と言葉を継いだ澤野井氏の、新たなコーヒー人生が幕開けたのは約8年前。エチオピア産のフルーティな浅煎りコーヒーを飲んだ時に、これまでの先入観が一変。コーヒーの多面性に魅了されると、働きながら休日を利用して「レコールバンタン」のカフェ学部へ通う。焙煎とドリップを学ぶ日々が、この上もなく新しく更新されていくのを感じながら、自家焙煎のコーヒーを振る舞うカフェの青写真が実現したのは2019年のことだ。

挑んだ店は、自らが開眼したスペシャルティコーヒーの専門店だ。生産者も含めて一杯のコーヒーに携わる“全ての人たち”という意味と、誰もが人生の主役であるということを分かち合う気持ちを携え、店名を「ABOUT US COFFEE」と冠した。

コーヒー業界でのデビュー早々、世界一のシングルオリジンを決める大会「COFFEE COLLECTION WORLD DISCOVER 2022」にて、澤野井氏は優勝のタイトルを得る。さらに、翌年も富士珈機ロースト大会2023-24で優勝、韓国での焙煎の大会にも出場しタイトルを重ねる。

そのこだわりの焙煎について尋ねると黙として考え、「単に豆の個性を引き出すということではなく、可能性を広げること。京都は水が柔らかくコーヒーの味が出にくいため、浅煎りでも少し長めに焙煎します」とほんの少し秘密を証してくれた。

前述の経緯から手がける焙煎は浅煎りオンリーかと思いきや、意外にも多彩なローストを取り揃えている。「自分のスタイルを頑なに貫くだけでなく、シチュエーションに応じてスタイリングを変えるように、お客様には気分に応じたコーヒーを楽しんでいただきたい」。それを澤野井氏は“多様性”と表現。「僕が好きな産地やプロセス、焙煎度合いが必ずしも他の人の感性にフィットするとは限らない。かつて僕自身が衝撃を受けた一杯と出合えたように、僕が生み出すコーヒーの多様性が、誰かの人生のひと雫となれば嬉しい」と言葉を続けた。

相棒となる焙煎機はオランダの「GIESEN(ギーセン)」だというが、見慣れた顔立ちとはどこか異なる。白いボディなのだ。聞けば別注でカスタムしたのだとか。白壁の空間に溶け込む6kgタイプの「GIESEN」の後ろには、同ブランドのサンプル用の焙煎機が置かれ、その隣には焙煎した豆を自動で見極めるポーランドのピッキングマシーンが鎮座。

ガジェットへのこだわりは、当然ながらドリップにも及ぶ。カウンターには個人店ではなかなか目にすることのない、イタリア「ラ・マルゾッコ」のビルトインタイプのエスプレッソマシーンが美しく設えられている。ハンドドリップを打ち出した連載ではあるが、せっかくなので最高峰のマシーンで淹れる濃密な一杯をいただく。2口で抽出されるマシーンのため、一杯はブラックで、もう一杯はカプチーノとして味わえることも嬉しいサプライズだった。

京都イズムをモダンに再解釈したカフェ空間

今回訪れた店舗は、今年オープンしたばかりの2号店。「ABOUT US COFFEE 二条城店」である。歴史ある味噌店からギャラリーを経て築90年を迎える木造建築を、コージーで研ぎ澄まされた空間へとリノベーション。1階にはエスプレッソ用とハンドドリップ用とでスペースを分割した長いカウンターが存在感を放つ。狭い間口から奥へと誘われる、京都らしい“うなぎの寝床” ゆえに、カウンターに大きなエスプレッソマシーンを置くことを避け、ビルトインに設計したという。一方の2階は、梁や化粧屋根をスケルトンのまま生かした高い天井のカフェ空間に。シンボリックな大きな和紙の照明を下げ、オブジェのようなモダンなベンチやタイル張りの床が、月日を重ねた壁や柱と奥ゆかしい調和を奏でる。

待ちかねたハンドドリップの一杯をオーダーすると、「どの器で撮影しますか」と澤野井氏。器の色によってコーヒーの感じ方が変わるため、レコメンドする豆が変わってくると教授される。清水焼のブランド「TOKINOHA」にオーダーした5色のオリジナルの器の中から選んだのは、オリエンタルな個性を放つターコイズカラー。それに合わせて淹れてくれた一杯はグアテマラのEl Injerto(エル・インヘルト)農園の単品種。グレープやカシスの爽やかな酸味を礎に、カカオの香りも鼻に抜ける浅煎りの逸品だ。カップに添えられたカードは、深いパープルと赤みをおびたブラウンが優雅に溶け合っている。豆の印象を、言葉だけに頼らず視覚的な印象でイメージをダイレクトに伝えたいのだとか。

“料理と食器は相離れることのできない、夫婦のごとき密接な関係がある”と語ったのは、かの食通であり作陶家でもあった北王路魯山人だ。冴えたターコイズブルーの器を満たした琥珀色の一杯の、なんとも甘美な清らかさに幾度も目を閉じて味わった。

◾️SHOP DATA
「ABOUT US COFFEE 」
Webサイト:https://aboutuscoffee.stores.jp/
【二条城店】
住所:京都市中京区姉熊町325-2
電話:075-384-1890
【伏見稲荷店】
住所:京都市伏見区深草稲荷鳥居前町22-15
電話:075-644-6680

◾️COFFEE DATA
焙煎度合い: 浅煎り〜中深煎り
焙煎機:「GIESEN(ギーセン)」半熱風 6kg
グラインダー:マールクーニック
抽出:ペーパー/台湾のCT62 ドリッパースタンド/中国のTIME MORE
種類:ブレンド2種類 約8種類
器:「TOKINOHA」にオーダーしたオリジナルの清水焼の茶器を中心に

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Takako Kabasawa

クリエイティブディレクター。女性誌や書籍の執筆・編集を中心に、企業のコンセプトワークやブランディングも行う。着物や茶の湯をはじめとする日本文化や、地方の手仕事カルチャーに精通。2023年に、ファッションと同じ感覚で着物のお洒落を楽しむブランド【KOTOWA】を、友人3人で立ち上げる。https://www.k-regalo.info/

Photo by Chika Okazumi

2002年よりフリーランスフォトグラファーとして開始。2010年~2017年までロサンゼルスと東京を拠点に活動。現在は、雑誌、広告、webマガジンなどで広く活動中。
Webサイト:https://www.chikaokazumi.net

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