【コーヒー侍の一杯を巡る旅】File3:Life Size Cribe 吉田一毅さん

日本にはコーヒーの生豆から自家焙煎を探求し、その魅力を最大限に引き出す手段としてハンドドリップ方式を貫く珈琲店がある。そこで、気骨ある店主のコーヒー哲学もスパイスとなった、とっておきの一杯を巡る連載をお届けしたい。第3回は、国分寺を拠点に気骨のあるコーヒーを届ける「Life Size Crib(ライフ サイズ クライブ)」の吉田一毅さんだ。理のある端正な所作がもたらす、一杯の極みを届ける。

PROFILE
吉田一毅 (よしだ かずき) 1987年生まれ、埼玉県出身。大学卒業後、大手コーヒーショップの勤務を経て、「Paul Bassett」で約2年間の経験を積む。2015年より独立し、国分寺に「Life Size Cribe」をオープン。

感動体験をノックするパフォーマンスの美学

指先まで意識が宿る仕草はバーテンダーのようでもある。

「それでは、実際にコーヒーを飲んでみませんか」

流暢に語られたインタビューの途中、吉田さんがカウンターへ向かった。まるで華麗なマジックでも見ているかのような一挙手一投足。キレのあるパフォーマンスが紡ぎ出すコーヒーは、語られた言葉に一層の説得力をもたらした。 思わず魅了される臨場感を写真から味わっていただきたい。

産地の解説と演出の装置を兼ねた壁面ディスプレイ

店舗用に焙煎している豆は計11種類。NO.1と2は定番のブレンド、NO.3〜11が豆の入荷によって変動するシングルオリジンとなる。カウンターの壁面には、焙煎したコーヒー豆を収めたスケルトンボトルと産地のワールドマップを配し、さらに1杯分を軽量したミニボトルを2本ずつセット。ディスプレイと実用性を兼ねたアートボードは、これから幕開けるコーヒーパフォーマンスの舞台のよう。

選んだ豆はブレンド。ベリー味をおびたエチオピアとキャラメルのようなトースト感をもつブラジルの豆を50/50で配合したNO.1の「Lady Brown」だ。ブレンドにこそ、コーヒーをパートナーとして生きる人のメッセージが込められていると考えたからだ。

通常バリスタが使わないカメラ用のブロアーを使うのも、写真を趣味とする吉田さんならでは。

序幕は豆を挽くところから始まる。1杯分のミニボトルを壁からはずし、カスタマイズされたブルックリン生まれのグラインダー「マールクーニックEK43S」へと投下。ブロアーを用いてグラインダーに付着する粉末まで無駄なく使う。ハンドドリップに用いるドリッパーは、20もの陶製のリブが空気の通り道を確保し、スムーズな抽出を導くという「ORIGAMI」。さらに、注いだお湯を雨のように一滴一滴降らせる「メロドリップ」と呼ばれる器具をドリッパーにセットすると、おもむろにカメラ用のレベラーでドリッパーの水平を測り、わずかな歪みも調整しはじめた。「美味しい味わいを安定的に振る舞うための儀式のようなものです」その言葉から、吉田さんの繊細な美学が伝わった。

無駄のない動きがスピーディーに、それでいて厳かに流れる。

いよいよ湯を注ぐ段を迎えると真鍮製ケトル、サーバー、器を、ワンタッチで熱湯を注ぐ独自の仕掛けによって瞬時に温める。続いて、件のメロドリップを通して一気に湯を注ぐと、その勢いを器具が受け止め、粉の表面全体に雫が均一に降り注ぐ。「ふっくらと、優しく呼吸しているみたいですよね」と吉田さん。サーバーに落としたコーヒーは、ステンレスのデキャンタに移され左右に5回ずつ回転。デキャンタージュすることで、液体を磨き、味わいをまろやかにするためだ。完成した珠玉の一杯は、カップに注がれるかと思いきや、ガラス製のカラフェへ。香りを閉じ込めるように、カップで覆いながら湯気を逃さないようにして移し淹れる。

店内で楽しむ「Life Size Cribe」式の1杯。

1杯に辿り着くまでの演出も新鮮なら、出されたスタイルにも一驚。ガラスの容器に注がれたことで、日頃は漆黒だと思い込んでいたコーヒーが、赤みをおびた琥珀色であることに改めて気づく。口に含む前に香りに集中すると「アポロチョコみたいでしょ」と愛嬌混じりに吉田さん。確かに、ベリー風味のエチオピアとキャラメル感のあるブラジルが融合すると、いちごチョコレートの味が脳裏に蘇る。

「2種類の豆を等分にミックスしたとしても、ブレンディング後にはメジャースプーンの中の割合までは測れない。だからこそブレンドの味は一期一会。それを楽しんでいただきたい」(吉田さん)。

今回のように店で味わうシーンに限らず、豆を購入した人が各々の道具を用いても美味しさを感じてもらえるように「できるだけ、“まあるい”コーヒーの味を目指しています」と続ける。その言葉に、人間“吉田一毅”のハートフルな一面を垣間見た。

美味しいコーヒーとは、実はコーヒーを振る舞っている瞬間よりも、それ以外の時間が育むのではないだろうか。その疑問の答えを求めて、吉田さんが歩んできた人生の一コマを伺った。

等身大の極みが綴る、雄弁なコーヒー

「THE H.W.DOG&CO」のパナマハットを被りこなすなど、お洒落哲学にも一過言をもつ。

隙のないファッションセンス、腕から足元までタトゥーをまとった風貌、コーヒーを注ぐストイックな様式美──。一見すると、どこか近寄りがたい雰囲気を携えた吉田さんが店を構えるのは、学生時代を過ごした国分寺だ。10代からダンスに傾倒し、ブレイキンバトルにも出場。スキルや雰囲気、独創性を瞬時にアウトプットするライブ感に、どっぷりとはまる。そんなカルチャーの仲間たちが集う「アメリカンダイナーのような空間をいつか作りたい」。漠然とした気持ちを抱き就職活動をする過程で、友人との何気ない会話からコーヒー業界に身を置く。

最初に勤めたのは、全国にコーヒーショップを展開するドトールコーヒーだ。勤務先はビジネスマンが集う大手町。客の大半が朝の利用に偏る店で、吉田さんが心がけたのは常連客とのコミュニケーションだ。朝一番に訪れる顔ぶれとオーダーの好みを把握し、開店と同時に阿吽の呼吸でコーヒーを手渡す。一言を添えることも忘れない。そのうちに、朝にしか足を運ばなかったビジネスマンが昼や夕方にも顔を出すようになる。売上は目に見えるようにのび、当時最短で店長へと昇進。同社が展開するバールでバリスタという職業を知った吉田さんは、仕事帰りにバール巡りをしながらバリスタの理想形を追い求めはじめる。

フルスロットでコーヒー修行に励んだ日々も、すべてが“今”につながると語る。

最初に勤めた会社から次に矛先を向けたのは、バリスタの世界チャンピオンとしてスペシャリティコーヒーを日本に根付かせた「ポールバセット」だ。履歴書を送ったのは1度や2度ではない。雇用のタイミングをただ待つだけでは道は開けないと判断し、直談判の末にアルバイトから一歩を踏み出す。朝の始発から終電までライバルでもある仲間たちとカッピングに耽る日々を重ね、社員となってからはバリスタにとどまらず豆の管理から焙煎まで担当。その約2年後、一流の技術と知識を掲げ独立。学生時代に夢見た、仲間が集う拠点として「Life Size Cribe」を構える。

カフェとして接客をしながら、同時に焙煎も行うスタイルは今も変わらない。
「たとえるなら、チャーハンのように風が抜ける感覚を大切にしています。」と語られる焙煎は、低音でじっくりと、豆に合わせて中煎りから中深煎りに仕上げられる。

開店当初3ヶ月はコーヒーギークたちが集う話題の店となるが、半年を過ぎる頃から様子は一変。ベッドタウンとして“普段着”の時間が流れる地元の人々に、吉田さんのソリッドなコーヒー美学が伝わらなかった。

「世界チャンプの店にいたという自負から、天狗になっていたのかもしれません」そこに気づいた吉田さんは、街を知ることからはじめた。毎朝、路地裏を掃除しながら通行する人々への挨拶を実践。テラス席を儲けて入店しやすい雰囲を心がけていった。
「ある時お客様の笑顔にふと気づき、今まで自分は笑えていなかったのだと感じました」(吉田さん)。

今では、吉田さんの等身大の笑顔と“会話のお土産”を求めて、常連客が集う店に。

「大切なのは、超一流のクオリティよりも、人と人が心を通わせることなのかもしれません」

コーヒーが人生の“到達点”ではなく、喜びを紡ぐ“手段”であると気づいた吉田さんが、ここ国分寺で目指すコーヒーの味わいは“生活にフィットするコーヒー”だ。土地に根差したあり方を重ね、気づけば来年で10周年を迎える。コーヒーに捧げたA面と、学生時代からの仲間や、この街に暮らす人々に心を寄せたB面。どちらも、とことん心を尽くすことで現在を迎えている。

4年前に店舗をリノベーション。日本的な要素を取り入れ、床には敷石や玉石を配し、縁側に見立てたベンチもデザイン。

改めて店名の由来を聞くと、等身大を意味する「Life Size」と、生きていくための場所=“crib to live”を造語で表現したという。禅語に“今は今しかなく、自分は自分でしかない”を意味する「只今(しこん)」という言葉があるが、いつでも等身大を極め続けている吉田さんのコーヒーには、「只今」の精神が宿っている。常に“今”を生きることで、その味わいは、この先も柔軟かつ多彩に変化していくことだろう。

◾️SHOP DATA
「Life Size Cribe(ライフ サイズ クライブ)」
公式ホームページ:https://lifesizecribe.com/
住所:東京都国分寺市本町3-5-5
電話:042-359-4644

◾️COFFEE DATA
焙煎度合い:中煎り〜中深
焙煎機:「Fuji Royal」半熱風式
グラインダー:マールクーニック
抽出:ペーパー/ORIGAMI
種類:シングルオリジン(9種類)、ブレンド(2種類/レディ・ブラウン、グリーン・コンチネント)
水:
器:ガラス製デキャンタ&グラス

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Takako Kabasawa

クリエイティブディレクター。女性誌や書籍の執筆・編集を中心に、企業のコンセプトワークやブランディングも行う。着物や茶の湯をはじめとする日本文化や、地方の手仕事カルチャーに精通。2023年に、ファッションと同じ感覚で着物のお洒落を楽しむブランド【KOTOWA】を、友人3人で立ち上げる。https://www.k-regalo.info/

Photo by Chika Okazumi

2002年よりフリーランスフォトグラファーとして開始。2010年~2017年までロサンゼルスと東京を拠点に活動。現在は、雑誌、広告、webマガジンなどで広く活動中。
[Webサイト:https://www.chikaokazumi.net]

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