
長崎県波佐見町。緩やかな山々に囲まれたこの町は、400年以上続く焼き物の里として知られている。その中心部に、色鮮やかな焼き物ばかりを取り扱うお店がある。陶磁器メーカー「マルヒロ」だ。産地の秩序を守りながらも、既成概念を壊し続けた三代にわたるマルヒロの物語を、代表を務める馬場匡平(ばば きょうへい)氏に伺った。
「丸」に込めたマルヒロの由来

代表を務める馬場匡平さん
マルヒロは、長崎県波佐見町を拠点に、自社で窯を持たず産地の職人たちと協業して器の企画・販売を行う陶磁器メーカーだ。大ヒットシリーズ「HASAMI」をはじめ、アパレルブランドやアーティストとのコラボレーションなど、波佐見焼の新たな可能性を切り拓き続けている。
今や全国的な知名度を誇る同社だが、「マルヒロ」という名前の由来は、意外にも軽やかなものだった。昭和32年、「馬場廣男商店」という名で、現代表の馬場匡平氏の祖父が興した会社だった。転機は平成元年、父が社長に就任した際のことだ。
「当時、産地では代替わりが多くなっていて、『丸』に当主の頭文字をつけるのが一時的なブームだったんです。廣雄だったから『マルヒロ』。三夫さんというところは『マルミツ』。うちの父ちゃんがそのブームに乗っかったんですよ」
そう馬場氏は笑う。当時は窯の中で使う道具(窯材)や急須などの販売を主としていたが、バブル前夜の熱気の中で、マルヒロは独自の商売を切り拓いていった。
叩き売りから始まった「サステナブル」の原点

波佐見焼は、一つの器を作るのに複数の会社が関わる分業制で成り立っている。マルヒロは、窯元で作られたものを買い、卸す「商社」の立ち位置だ。創業当時の祖父が扱っていたのは、いわゆるB品や廃棄寸前の品々だった。
縁が欠けたり、足の部分が損なわれたりした器を、祖父はサンテナというカゴに詰め放題で買い取ってきた。「それを全部修正して、叩き売りをしていたのがマルヒロの始まり。今で言えば最先端ですよね、サステナブルというか」と馬場氏は振り返る。
しかし、バブルが弾けると環境は激変した。窯元がB品を出さないよう技術を向上させ、百貨店の催事場では安売り競争が激化した。父の代である2000年、マルヒロは生き残りをかけてA品(一級品)商売への転換を決意する。

一見すると白壁のシンプルでモダンな平屋の建物だが、中に入るとカラフルな世界が広がる
だが、実績のない商社への風当たりは強かった。「1個いくらで買ったことのない商社に、1個いくらの商売で一緒にやることはできない」と多くの窯元に断られたという。そんな窮地を救ったのは、父の同級生たちが営む5軒の窯元だった。このつながりが、今のマルヒロの骨格となる「半オリジナル」の商品作りを生むことになった。
2010年、ブランド「HASAMI」の革命

2008年、馬場匡平氏が家業に戻ってきた。デザインや焼き物の専門教育を受けたわけではない彼が2010年に発表したのが、自社ブランド「HASAMI」だ。中川政七商店のコンサルティングを受けながら作り上げたこのブランドは、打ち出し方からして斬新だった。
「新商品の発表を年3回行い、それを一つの『Season(シーズン)』としたんです。ドラマのように、Season 1、Season 2とエピソードを重ねて1年でシリーズを完成させる。そうした横軸での展開にしました」


マルヒロの大人気ブランド「HASAMI」は色を組み合わせて楽しめる
Season 1の主役は、今やブランドのアイコンとなったマグカップだ。コンセプトは「Tシャツのような陶磁器ブランド」。11色のカラーバリエーションを持ち、スタッキング(積み重ね)ができるその器は、日本の狭い住宅事情を逆手に取った設計だった。
「食器棚にしまわず、出しっぱなしにして雑に置いても美になる。より綺麗に重なるよう、その重なり方の美しさも計算しました」
これらの商品は海外在住者も購入できる。個人向けには越境ECサービスと提携して海外からも購入可能な仕組みを整えており、法人向けには公式サイトのホールセールページで直接相談を受け付けている。今後は海外でのポップアップも計画中だという。
代表自ら愛用する器たち

一枚一枚器を積み重ねるのではなく、配置するスタイルが特徴
これほどまでに多彩なラインナップを誇るマルヒロだが、生みの親である馬場氏自身はプライベートでどのアイテムを愛用しているのだろうか。
「なんだかんだ一番長く、しかも頻度が多いのは『トイグラタン』。うちにあるのはもう10年選手ですね。丈夫です」
家族4人で食卓を囲む馬場家において、この「Season 3」のトイグラタンは欠かせない存在だという。オーブン調理が可能で、何より長年の使用に耐えうる堅牢さがある。
また、もう一つの愛用品として挙げたのが「BARBAR(バーバー)」シリーズのそば猪口だ。単なるそば用の枠を大きく超えている。

「BARBAR」の蕎麦猪口は、つゆ入れや食前酒の盃としても使用できる
「スニーカーを選ぶように、蕎麦猪口を選んでもらいたいと思っていて。日本酒を飲む時に使ったり、ソースを入れたり。ちょっと余ったおかずを入れてラップをして、冷蔵庫に保存容器として入れたりもします。うちの奥さんはこれで茶碗蒸しも作るんですよ。レンジも蒸すのもいけるので」
こうした使い勝手の良さと遊び心が共存していることこそ、マルヒロの器が世代を超えて支持される理由なのだろう。
作り手へのリスペクトを繋ぐつなぎ役

マルヒロの魅力は、アパレルブランドやアーティストとの活発なコラボレーションにもある。Netflixの人気シリーズ『ストレンジャー・シングス』との世界的な取り組みも記憶に新しい。しかし、どんなに大きな相手であっても、馬場氏には譲れない軸がある。
「作り手さんをぞんざいに扱うような態度で入ってこられたら、たとえ売り上げが立とうと断りますね。お互いが対等にコラボレーションできることが大切です」
コラボレーションが決まれば、相手を必ず産地へ招く。「こういうおっちゃんやおばちゃんが作っているんですよ」という現場を見てもらい、リスペクトを共有する。自分たちは産地と外の世界の「つなぎ役」であることの自覚があるという。
公園という名の「一番低い入り口」



店前には約1,200坪ものの広大な公園「HIROPPA」が広がる
現在、マルヒロの拠点には「HIROPPA」という名の広大な公園がある。なぜ陶磁器メーカーが公園を運営するのか。そこには、工芸の未来に対する馬場氏の切実な想いがある。
「工芸って、どうしてもハードルを上げて難しくしてしまいがち。僕は逆に、興味の入り口をゴリゴリ一番下まで下げたいんです。公園なら赤ちゃんも来られるし、犬も連れてこられる。そうやって町に遊びに来てくれた人が、ついでに一枚ずつゆっくり器を見てくれたらいい」
店内も、積み上げられた安売りの店とは一線を画し、一枚ずつの器の表情を大切に見せる空間にした。「入る前から怒られそうな、触るなよと言われるようなお店にはしたくない」という想いが、バリアフリーで開放的な空間を実現させた。

「さんちとくらす」次世代への手渡し
創業から60年。2026年4月、マルヒロは新たな理念を掲げることになる。「さんちとくらす」だ。
「産地がなくなれば、マルヒロも成立しません。この産地、波佐見町という場所を、次の世代に手渡しできる状態にすること。それが僕の今の目標です」
かつて祖父がB品を拾い上げ、父がA品への道を拓いたように。馬場匡平氏は今、焼き物というモノだけでなく、産地というコミュニティの未来をデザインしようとしている。その挑戦は、波佐見の土に根を張り、世界へと枝を広げ続けている。

HIROPPA
住所:〒859-3702 長崎県東彼杵郡波佐見町湯無田郷682
営業時間:10:00〜18:00
定休日: 不定休
ウェブサイト:https://www.hasamiyaki.jp/
Instagram:@maruhiro.hiroppa
X:@MARUHIRO_Inc