東京でのナイトライフとして近年ポピュラーな選択肢となってきているリスニングバー。仲間と気軽に訪れられて、リラックスしながら上質な音楽を楽しめる空間は、ミレニアル世代を中心にますます支持を集めている。本連載【OFF THE RECORD(オフ ザ レコード)】では、空間、サウンド、人々、物語にスポットライトを当て、さまざまな場所を紹介していく。
第8回は、麻布十番にある「BAR FORTIFIED (バー フォーティファイド)」。懐メロに浸りながら、シェリー、ポート、マデイラなどの酒精強化ワインの世界に足を踏み入れることができる場所だ。

麻布十番は、下町と西洋の空気が混ざり合った不思議な街だ。BAR FORTIFIEDは、そんな商店街のメインストリートから小道を入ったビルの7階にある。1階のエントランスで、友人の家に遊びにきたときのようにインターホンをならすと、落ち着いた声が隠れ家へと案内してくれる。エレベーターを降りると、薄暗い琥珀色の電球と、昭和〜平成のノスタルジックな音楽が流れる空間が広がっていた。
ここは、日本では珍しく酒精強化ワイン(Forified Wine)に焦点を当てたバーだ。シェリー、マデイラ、ポートなどの奥深さ、風味、多様性を探求できる。そういうと玄人向けのお店に感じるかもしれないが、初心者でも気軽に頼めるカクテルやテイスティングセットなども用意されている。
ニッチを切り拓く

オーナーバーテンダー 曾我 友幸氏
オーナーの曾我 友幸(そが ともゆき)氏は、学生時代から将来は自身の店を持ちたいと考えていたそうで、卒業すると、将来の独立を視野に入れ飲食業界に飛び込んだ。さまざまなバーやレストランで技術と知識を身につけていく課程でシェリー酒に出会うが、最初の印象は最悪だったという。
「レストランの先輩に勧められて、初めてFino(フィノ)というシェリーを飲んだ時は、マズいと思ったんです。マズいのになぜ世界中で人気なのか、その理由を知りたくなって追求し始めました。」
そうして曾我氏は、シェリー専門店である『銀座シェリークラブ』に足を踏み入れた。そこで飲んだFinoは全くの別物だったという。
「実は、シェリーは温度管理や飲み方が重要だったんです。しかし、日本では酒精強化ワインがポピュラーじゃなかったこともあり、そのことがあまり知られていなかった。ソムリエは日本にもたくさんいますが、酒精強化ワインに特化した人物は少ない。これがチャンスになると考えました。」
その後、曾我氏は銀座シェリークラブに8年勤め、酒精強化ワインの知識を深く身につけていった。
時代を超越した空間
店を構えるにあたり、当初は四谷や神楽坂も検討していたが、タイミング良く麻布十番の新築物件が空いたためこの場所に決めたという。落ち着いたエリアで、海外の人も多い場所なので、結果的に酒精強化ワインに重点を置いたバーとしては最適な立地となった。



店内はカウンター10席ほど。インテリアは、深いニスで仕上げられた木製家具が特徴で、ステンドグラス風の窓や、柔らかな光を放つ電球が暖かさと懐かしさを感じさせる。
「古いバーやホテルのように、アンティークまではいかないけれど、どこか懐かしい感じを出したかったんです。温かみが欲しかったので木材を多用し、照明も裸電球を選びました」
自ら採寸し特注したバックバーの棚やカウンターテーブルは、レコードジャケットの正方形をイメージしたデザインとなっている。また、バーのあちこちには、岡本太郎の太陽の塔のフィギュアや、ヴィンテージのポスター、文学書などの小物が置かれている。単に飾るためではなく、自分自身の世界観を伝えるために必要と感じたものを置いているのだそうだ。




ノスタルジーを奏でる
サウンドシステムは、Audio-Technica のターンテーブル2台、Denonのアンプ、そしてカウンターの背後にすっきりと配置されたJBLのブックシェルフスピーカーで構成されている。部屋に優しく満ちる音楽は、存在感がありながらも、会話や雰囲気を決して邪魔しない。視覚的なインパクトや大音量を目指すのではなく、バランス、温かさ、親密さを優先した、この空間にぴったりのセットアップである。


棚には、主に1970年代から80年代のレコードが500枚以上並ぶ。選曲について曾我氏は「自分の気分やその日の店の雰囲気、会話の中で話題になったアーティストなどを考慮して選んでいます」と説明する。
流れるのは、シティポップ、 往年のアイドルの名曲だけでなく、バーの雰囲気に合うと思えば2000年代以降の曲もかけるのだそうだ。
「個人的にキリンジが好きで、そこまで古くはないのですが雰囲気に合っているので時々かけます。スピッツも好きでよく聞いているのですが、店でかけるにはもう少し『寝かせる』べきだと感じていて、10年後にはいい感じの懐かしさになってくれているのではないかと思っています。でも不思議なことに、藤井風やKing Gnuのような新しい楽曲が合うこともあるんですよね」と、独自の選曲のプロセスを語る。


井上陽水や宇多田ヒカルなど、年代は幅広いが、聞けばその時代に引き戻されるような絶妙なラインナップ
酒精強化ワインの奥深い世界
酒精強化ワインと一口に言っても味わいの幅は広い。最もポピュラーなシェリーは、ドライからスイートまで多様な風味があり、最も種類が豊富だ。何から手をつけていいかわからない初心者のために、メニューには、シェリー、マデイラ、ポートという主要な3種類の酒精強化ワインのおすすめ銘柄と解説が添えられている。さらに、入門者向けにテイスティングセットも用意されているので、まずはここから酒精強化ワインの扉を開くのがおすすめだ。

シェリー、マデイラ、ポートのセレクション。それぞれが独自の色合いと風味を持っている。
「酒精強化ワインという名前から、アルコール分が強い飲み物だと誤解されてしまうのですが、実はアルコール度数も15~22%程度と極端に高いわけではないんです。しかも、ワインやビールなどの醸造酒に比べて消化の時の胃腸への負担が軽いと言われています。」
興味を持ったお客様との会話が進むと、珍しいヴィンテージボトルを紹介したり、より深く掘り下げたレコメンドをすることもあるという。


カクテル メニューには、再解釈されたクラシックカクテルと、オリジナルカクテルが含まれており、日本語と英語のメニューが用意されている。
独創的な一杯と再考されたクラシック
この他、メニューにはシェリーやマデイラをベースにしたカクテルも豊富に揃っている。シェリー・カクテル・コンペティションでグランプリを受賞した曾我氏のオリジナルカクテル「FALSTAFF(フォルスタッフ)」は、訪れたら一度は味わいたい。チャーミングで飲みやすいのに、飲んだことのない不思議な味わい。そして最後に鼻に抜ける香りがほのかにシェリーの気配を感じさせる。


「FALSTAFF」
シェイクスピアの作品に繰り返し登場するシェリー好きのキャラクターから名をつけたという。
クラシックカクテルも独自に再解釈され、BAR FORTIFIEDならではの味わいになっている。シェリーベルモットをベースにした「クロモジ・ネグローニ」や、シェリーブランデーとエスプレッソで作られた「エスプレッソPXマティーニ」など、いずれも好奇心をそそる。
「シェリーのカクテルとなると、そのまま手本になるようなレシピはあまりないのですが、材料自体がカクテルに適しているのと、シェリーで作るだけで全く異なるカクテルになるので、そこが面白いですね。」と、カクテル創作の楽しさを語る曾我氏。空間、音楽への姿勢と同様に、ドリンクにも彼独自のバランス感覚が活かされている。




「The Andalusian Coffee」
シェリー ブランデーをキャンドルの上でゆっくりと加熱し、点火して香りを強める。炎がまだ踊っている間に、熱いコーヒーをグラスに直接注ぎ、炎によって生み出されるキャラメルの香りを捉えてから、その上にクリームの層を加える。
また、注文頻度は低いが、ウィスキー、ビールなどの一般的なドリンクも用意されている。
「クラシックカクテルが注文された時は特に力を入れて作りますが、最終的な目標は『ここで飲むものは全ておいしい』と思ってもらうことです。だから、ビールだとしても丁寧に注ぎたい。」
そう言いながらドリンクをサーブする彼の所作の隅々からも、バーテンダーとしての矜持が滲みでる。
経験を通じて情熱を共有する
インテリアや音楽だけでなく、曾我氏の個性を反映する要素が散りばめられたこの空間は、彼の内的世界を具現化したかのようだ。さらに、彼の興味の幅広さを伺わせる意外な体験も提供している。
実は、曾我氏は歌舞伎愛好家として、知人の作家と共に歌舞伎のコラボレーションイベントもを主催している。歌舞伎に関するトークセッションや、特定の演目の登場人物からインスピレーションを得たオリジナルカクテルを提供するなど、およそバーのコンセプトとは離れているかと思われることも、曾我氏自身が架け橋となり二つの世界を繋ぐ。


過去のイベントの告知カード。それぞれにオリジナルのカクテルとそのインスピレーションとなった演目が書かれている。
BAR FORTIFIEDは、個人的な情熱を追求した先に広がる世界を教えてくれる。
「東京だからできるんでしょうね。周りにさまざまなバーがあるからこそ、ニッチで尖ったことができる。」
酒精強化ワインとオリジナルカクテル、懐かしいポップス、サブカルチャーと伝統芸能をボーダレスに取り込んだ BAR FORTIFIEDのバランスは、まさに唯一無二。曾我氏のような型にはまらない個性を持った人々と、それを許容する包容力が、東京を世界一奇妙でおもしろい街たらしめているのだろう。
BAR FORTIFIED
住所 : 〒106-0045 東京都港区麻布十番1-9-11 007
営業時間:16:00〜26:00 (25:00最終入店)
定休日:月曜日
TEL : 03-6277-8523
Instagram: @bar_fortified