東京でのナイトライフとして近年ポピュラーな選択肢となってきているリスニングバー。仲間と気軽に訪れられて、リラックスしながら上質な音楽を楽しめる空間は、ミレニアル世代を中心にますます支持を集めている。本連載【OFF THE RECORD(オフ ザ レコード)】では、空間、サウンド、人々、物語にスポットライトを当て、さまざまな場所を紹介していく。
第7回となる今回は、祐天寺へ向かい、サウンドへの飽くなき探究心に基づいて築かれたレコードショップ&バー、SMOKIN’ FISH RECORDSを訪れた。

東横線・祐天寺駅から徒歩わずか1分。松屋とパチンコ店の間に、突然ジミ・ヘンドリックスの看板が現れる。細い階段を3階まで上がると、レコードショップ兼リスニングバー「SMOKIN’ FISH RECORDS」がある。
ロードムービーに登場する小さな町の酒場のように親密なバーには、レコードの手触りまで感じられそうなサウンドが響く。オーナーであり、プロのギタリストでもある小川榎也(おがわ・かや)氏との会話を楽しみながら、厳選されたUS/UKプレスのレコードや、彼自身が設計・カスタマイズしたオリジナルのサウンドシステムを購入できるのが最大の特徴だ。


音楽に導かれて旅へ
幼い頃から周りに馴染めない感覚があったという小川氏は、周囲が80年代J-POPに夢中になる中、ロックやブルースなどの型にハマらないスタイルに共鳴し、ロバート・ジョンソン、ザ・ローリング・ストーンズ、レッド・ツェッペリンなどの洋楽アーティストにのめり込んで行った。
「1985年のライヴ・エイド・ベネフィット・コンサートで見たマドンナやデヴィッド・ボウイは今でも鮮明に覚えています」
17歳の頃、アルバイトで貯めたお金で初めてのエレキギターを購入。その若き日の熱中は、彼の人生の進路を形作った。20代半ばになると、音楽を深く掘り下げたいという情熱と欲求に突き動かされ、英語も喋れない状態で単身でニューオーリンズへ。
「本当に素晴らしい体験でした。ニューオーリンズは音楽のメッカのような場所です。ジャズ、レゲエ、ブルースだけでなく、すべてがある。街に音楽が息づいているんです。」
ストリートで演奏しながら腕を磨き、その地で出会った音楽仲間たちと絆を深めた。数年後、今度はヨーロッパへ飛んだ友との再会を果たすためニューオリンズを後にし、再び数年間ヨーロッパを放浪。現地のさまざまな音楽シーンに没頭した。
これらの歳月が、小川氏のスライドギタリストとしての芸術性とスタイルを形作っていった。


料理の世界から、再び音楽へ
帰国後も、沖縄で琉球音楽を探求して過ごし、旅、演奏、そして自身の作品のリリースを続け、これまでに4枚のソロアルバムを発表している。しかし、2000年代半ばに音楽がデジタルへと移行するにつれ、アーティストを取り巻く状況は変化した。
「2006年頃までは活動を続けていましたが、それ以降はCDの売り上げが立たず、レストランの仕事を始めました。」
調理師学校で資格を取得後、有名店で修業を積み、当時住んでいた福岡で音楽が聞けるイタリアンレストラン「SMOKIN’ FISH」を開店。その後、東京、横浜と移転しながらも10年以上レストランを経営してきた。しかし2020年、パンデミックが外食産業に大きな打撃をもたらした。小川氏はそれを機に、音楽を主軸にした店へと方向転換を果たす。



音楽人の楽園
「パンデミックでレストランビジネスは困難になりましたが、その代わり、外出ができなかったことで、人々がアナログレコードの素晴らしさを再認識するきっかけになりました。」
業態をレストランからバー&レコードショップに切り替えた「SMOKIN’ FISH RECORDS」は、当初横浜市の関内駅近くに店を構えたが、2025年8月に祐天寺に移転。店のコンセプトを「音楽人のための楽園」とし、バー&レコードショップにとどまらず、音楽スタジオとしての機能も併せ持っている。
バーカウンターの前には、楽器とオーディオ機器が備えられたエリアがあり、ライブパフォーマンスやレコーディングセッションに使用される。吸音性の高い合板の壁は、音質に対する小川氏のこだわりを反映している。


セットアップは、クラシックなJBL 4312XPスピーカーに真空管アンプを組み合わせたもので、温かくも繊細なディテールを表現する。ターンテーブルには、オリジナルのSFRカスタムShure M44カートリッジを使用している。これは伝説的なShureのデザインを改造したバージョンで、1960年代のスタジオを再現したかのようだ。ひとたびレコードを流すと、歌手の息遣いやトランペットの風圧まで感じられる。レコードに封じ込められた当時の空気ごと再生しているかのようだ。
店の名前であるSMOKIN’ FISHは、東京を拠点とするビジュアルアーティストで友人のPonzi氏から贈られたアートワークに由来する。それは、タバコを咥えたトビウオを描いており、小川氏の自由奔放な性質と、世界を泳ぎまわって過ごした歳月を表現している。


アナログの魅力
なぜこれほどまでにアナログ機材にこだわるのか尋ねると、小川氏は「アナログレコードとデジタルサウンドを比較すると、全くの別次元です。音が全然違う」と熱を込めて語る。
「特に、UKやUSでプレスされたレコードはカッティングレベルが全く違うんです。サウンドはよりダイナミックで、周波数帯域が広い。それらのポテンシャルを最大限に引き出すには、そのために作られた機器が必要なんです。僕はそれらの機器を集め、中古のレコードのノイズもクリーンに聞こえるようにカスタマイズしています」
小川氏はサウンドにこだわるあまり、ギタリストでありながら自ら音響を設計、カスタマイズをするようになった。本やネット、音楽業界の知人から学んだというが、独学でここまでの技術を身につけるとは、いかに音楽への愛が深いかがよくわかる。30年以上にわたり同じ機器を維持し、改良しながら使い続けているのだそうだ。
「適切にメンテナンスし、大切に使えば、ずっといい音が鳴るんです。」
小川氏がカスタムしたオーディオ機器は購入することもできる。レコード愛に目覚め、自宅でも上質なサウンドを楽しみたいリスナーのため、手頃な価格で良質な音を実現した機材を店頭に揃えている。



M44用カスタムフォノEQ、カスタムShure M44カートリッジを搭載したターンテーブル、真空管アンプ
在庫として10,000枚以上のレコードを所蔵しており、店内には厳選されたセレクションを揃えている。大規模な小売店のような品揃えではないが、SMOKIN’ FISH RECORDSに並ぶレコードは意図をもって選ばれたものだ。主にロックとブルースに焦点が当てられているが、棚には予期せぬ発見を含む幅広いジャンルが並んでいる。どこから始めたら良いか分からない人には「Masterpiece」セクションをおすすめする。サウンドの質、構成、個性を考慮して選ばれた小川氏のイチオシだ。

「SUPER RARE ITEM」と書かれたラックも。

サウンドを確認するため流してくれたシャーデーの『Smooth Operator』とルー・リードの『Walk on the Wild Side』。ボーカルの質感と楽器のニュアンスを強調する豊かなダイナミック レンジに思わず鳥肌が立つ。
SMOKIN’ FISH RECORDSのもう一つのハイライトは、顧客が購入前にレコードを試聴できることだ。レコードを試聴する間、バーカウンターでコーヒーやカクテルを楽しめる。メニューは、スピリッツ、ワイン、そして定番のカクテルとシンプル。小川氏のおすすめは、ヘミングウェイも好んで飲んだと言われる「ザ・リアル・モヒート」だ。


1枚目:「ザ・リアル・モヒート」
2枚目:レコードのジャケットのようなメニューと、小川氏のオリジナルアルバム『Open the Door (2011)』
SMOKIN’ FISH RECORDSは単なるレコード店ではない。一人のミュージシャンの旅と挑戦の物語を感じる場所だ。彼の自由な精神と音楽への深い愛が、訪れる人に影響を与え情熱に火を灯してくれる。
「儲からなくてもいいから、死ぬまでずっとやりたい。」
そういって笑う小川氏を見ていると、人生はどこまでも自由なんだと勇気をもらえる。
SMOKIN' FISH RECORDS
〒153-0052 東京都目黒区祐天寺2丁目2−7 青埜ビル 3F
Webサイト:https://www.smokinfishguitars.com/
Instagram:@smokinfish_records