
京都市の南部に位置する伏見区は、国内第2位の日本酒生産量を誇る酒どころである。ここには約20もの酒蔵があり、日本酒に関連したイベントもよく開催され、内外からの観光客も多い。そんなお酒の街のランドマーク、伏見大手筋商店街から、やや離れたところにあるのが、「伏水酒蔵小路(ふしみさかぐらこうじ)」だ。2016年に開業したこの施設は、9つの飲食店の集合体。そのうち「酒蔵」と名のついた居酒屋だけが運営会社の直営で、ほかはテナントである。その陣容は、中華居酒屋、寿司、ラーメン、鉄板焼きなど多種多様で、1日過ごしても飽きないのではと思うほど。ふと興味がわき、秋が深まる肌寒い日に、のれんをくぐった。

回遊したくなる複合施設
まだ昼過ぎなのに、来店客の多さに驚く。日本人に交じって外国人のグループも数組いて、みな一様に飲みながら歓談している。
「ここは、昼飲み歓迎の施設なんです」と、応対に出た川岸龍平店長が気さくに話す。
特にインバウンドの観光客は、Googleマップのクチコミを頼りに平日の日中に来ることが多く、比率として日本人客をしのぐこともあるという。

施設のマネジメントを統括する川岸龍平店長
人いきれの熱気から意識を移して、施設内の佇まいに目をやる。一般的な屋台村と違い、店同士が一体感を醸し出し、あたかも1つの店だけがあるような印象を受ける。川岸店長によれば、複数の店舗を気軽に利用したくなるよう、他ではそう見られないレイアウトと雰囲気づくりに努めているそうだ。
「入口から、座席やカウンターがうなぎの寝床のように奥まで続いていますよね。お昼は食事をとっていただいて、そのあとははしご酒で何店かを自然に回れるように工夫しています」
また、店を回る代わりに、特定の席にいながら他店のメニューも頼め、店員が届けてくれるという。「出前」と呼ぶこのシステム、会計も一括で済むこともあって人気だそう。

人気メニューは酒肴とペアのきき酒セット
途中で折れ曲がりながら、23メートルもの長さがある「酒蔵」のカウンター席に座る。カウンター向こうの棚には、地元の銘酒の瓶がずらり並んでいる。メニューを見て、日本酒のラインナップの多さに圧倒された。伏見の18蔵の約120銘柄を取り揃えているという。

川岸店長から、「迷ってしまう人にぜひ」とすすめられたのが、「十八蔵のきき酒セット」。各蔵元から1銘柄ずつセレクトしたものだ。酒がなみなみと注がれた18本のグラスが、仕切りのついた盆に収まっており、なかなか壮観。しかし、次の予定が控えている筆者には、ハードルが高い。
そこで、その半分の9銘柄のバージョンを注文することに。これは、盆の左半分に9本のグラス、右半分に9種類の酒肴がアレンジされた、お試しセット。2023年にデビューしたメニューだが、すぐさま人気の品になったという。このセットには、「鍵」と「玉」の2種類あり、前者はすっきり爽快な味わいの酒が多め、後者はちょっとクセのある酒が多めとのことで、珍しもの好きの筆者は「玉」を注文した。
10分ほど待つと、注文の品が運ばれてきた。グラスは小さいとはいえ、これだけの本数だと全部飲めるかちょっと不安を感じた。

川岸店長は、「『十八蔵のきき酒セット』でも合計で2合ほどの分量です。1人の方でも、ゆっくり1時間ほどかけてお飲みいただけるので大丈夫です。それから、飲むときに同量の水を飲むと、酔わずに帰れますよ」と後押ししてくれた。
このセットの酒・酒肴は適当に並んでいるのではなく、時間が経つことによる温度変化やペアリングを考慮した並びになっているそうだ。つまり、左上の酒、左上の酒肴からはじめて順番に賞味することで、最上の食体験が得られるという仕掛け。
お盆に添えられたラミネート紙には、それぞれの酒の特徴が数値化して記されている。例えば、「特別純米原酒 神聖 超辛口」という銘柄は、「京の輝き100% RPR60% SMV+16 ALC18%」とある。「京の輝き」とは原料米のことで、それのみを100%使ったことを意味する。RPRは、酒のグレードの目安となる精米歩合。それが60%というのは、米の表面から40%を削り、残りの60%で造った酒となる。SMVは「日本酒度」で、数値が高いほど辛口、低いほど甘口となる。+16というのは相当な辛口である。最後のALCはアルコール度数だ。
専門的な話はこれくらいに、川岸店長のガイドにしたがって、左上のグラスから口をあて、箸を操った。最近飲酒を控えていたせいもあるが、新鮮な味わいとともに、酒が喉を潤すのが心地よい。「クリームチーズの西京味噌漬け」「おくらと長芋わさび味」といった創作酒肴も絶品で、身体に滋味しみわたる……。
ほどなく、ほろ酔い気分に包まれた。店の雰囲気も筆者にしっくり馴染んでいて、居心地がいい。自宅や職場とは別に自分がいるべき場所を意味する「サードプレイス」という言葉がある。長らく筆者は、そんな場所を探していたが、ここがそれであってもいいのではと思えるくらい寛げる空間だ。
伏水酒蔵小路
住所: 〒612-8057京都市伏見区平野町82番地2
営業時間: 11:00~22:00
定休日: なし
ウェブサイト: https://fushimi-sakagura-kouji.com
Instagram: @fsk_sake