
写真提供:AWOMB
数年前、京都に移り住んだ頃は、「長い歴史があるゆえ、保守的な気風の古都なのだろうか」という先入観があった。しかし、それがまったくの思い込みに過ぎなかったとすぐに知る。ここは、伝統をリスペクトしつつ、革新的な試みを厭わない人が本当に多い街なのだ。
今回はそのひとり、寿司の世界に新境地を切り開いた宇治田博さんが営む、「AWOMB(アウーム)」を紹介しよう。
「織る」という言葉を寿司で表現

「AWOMB 烏丸本店」の門構え
観光客で賑わう烏丸駅から徒歩数分。意外なほど閑静な通り沿いに「AWOMB」がある。店の看板メニューは「手織り寿し」。他にはヴィーガン版の「手織り寿し 養」があり、テイクアウトや仕出しサービスなども行っている。この「手織り寿し」という言葉は、宇治田さんが考案したオリジナルだ。宇治田さんの実家は、京都市の四条河原町にある創業80年余りの「ひさご寿し」。現在、宇治田さんの兄が三代目として後を継いでおり、伝統的な関西寿司を提供している。
宇治田さん自身はといえば、地元高校を卒業後、東京の大学へ進学。その後、料理専門学校で和食を学ぶ。卒業後は京都に戻って、貴船の料理旅館で研鑽を積んだ。


「AWOMB 烏丸本店」内装 / 写真提供:AWOMB
「AWOMB」という屋号で独立したのは29歳のとき。実家の協力もあってスムーズなスタートを切った。当初は、「定番的なお寿司と他の料理を出す、カジュアルな雰囲気」の店だったそう。 創業10年目の節目となる2014年、歴史ある町家であった今の店舗に移転する。これが、「手織り寿し」を発案するきっかけとなった。宇治田さんは、次のように説明する。
「このエリアは、着物・織物関連の会社が多く、昔は織物の問屋街として栄えた所だと知りました。それで、地域性にちなんだことができたら面白いと考えました。縦糸と横糸を組み合わせる「織る」という概念を、お寿司で表現しようと試行錯誤し、手織り寿しに行きついたのです」
百聞は一見に如かず。その「手織り寿し」を作っていただいた。
一粒で何度もおいしい未知の食体験

海苔にシャリとネタを乗せて手で巻く点で「手巻き寿司」といえるが、家庭で食べるそれとは似て非なるものだ。ネタは、24種類もあり、それぞれが複数の具材からなる優美な小宇宙をなしている。素材にも妥協がない。例えば、シャリですら丹波米など3種類を使い分け、好みを聞いてお客様に選んでいただくかたち。寿司酢も、無農薬米から作った「富士酢」を使うなど細部までこだわりが見える。
箸でつつくのがもったいなく感じるくらいだが、はて、どうやって食べるのが正解なのか?
宇治田さんが答えてくれた。
「正解というものは、ないのです。並んでいるネタから、ちょこちょこと取っていただき、ひとつに巻いていただくやり方をおすすめしています。自由に直感で組み合わせてください。自分だけの味を作っていただくというのがコンセプトですから」
なるほど…と言いながら、迷い箸になっている筆者に、宇治田さんは助け舟を出す。
「まず、お魚をベースにして、マグロの赤をシャリに乗せてみましょう。それから、ほうれん草のナムルか、チアシードポン酢の下にホタテがあるネタのどちらかを選んではいかがでしょうか。最後は、キウイフルーツかドラゴンフルーツがよさそうですね。果物だけでなくて、その下の具材も少しつまんで乗せて、海苔を巻きます」


「変わり種のフュージョン料理のようだ」と思いながら、てっぺんの部分を食べてみる。
舌が感じたのは「これは!」という感覚だ。「一粒で二度おいしい」という、菓子メーカー発の慣用句があるが、それとは別の意味合いで二度おいしいのだ。それが、三度おいしい、四度おいしい……と延々と続く、未知の食体験であった。
「お客様の中には、海苔を半分にちぎって、より小さな手織り寿しにする方もいらっしゃいます。お酒の好きな方ですと、海苔と具材とお酒を楽しんで、最後に締めのご飯という感じでちらし寿司風にする方もいらっしゃいます」と宇治田さん。
両親の猛反発を覆した信念
「手織り寿し」を満足のうちに賞味し終えた後、デザートとお茶が来る。それを待つ間、宇治田さんに、店にまつわるよもやま話を聞く。今でこそ予約の絶えない人気店となった「AWOMB」だが、順調な滑り出しではなかったそうだ。
「古びた町屋を店に改装するとき、予算があまりなかったのです。そこで大工さんに、素人でもできそうな作業を教えてもらい、その部分は自分が受け持ちました。ただ、保存状態が良くて、何も手を加えてないところがほとんどです」

開業してしばらくは、自分で巻くというやり方に困惑したお客様もいたという。また、宇治田さんの両親が、初めて手織り寿しを見たとき、「完成形を作らない状態でお客様に出すスタイルにかなりショックを受け、『実家の寿司店と関係があるとは言わないでくれ』と言われるぐらい怒られた」そうだ。
潮目が変わったのは4年目あたりから。店の側が、「手織り寿し」の楽しさをプレゼンテーションするなど工夫するうち、「DIY的な要素が面白い」と捉えるお客様が増え、マスメディアでも取り上げられるようになった。予約システムを取り入れる前は、2時間待ちの行列ができたこともあったという。両親も、宇治田さんの考え方に理解を示すようになり、丸く収まった。
そうしたお話を聞いているうちに、茶菓が運ばれてきた。水出しの玄米茶と、京都の「石野味噌」の白味噌を使ったプリンだという。お茶の清涼感ある喉ごしと、ほどよい甘味のプリンの相性がよく、いくらでも食べられそうなほど。

京都には、伝統を受け継ぎつつ革新を取り入れた食文化は豊富にあるが、「手織り寿し」もその1つとして特筆すべきだろう。機会があれば、ぜひ訪れてほしい。
AWOMB 烏丸本店
住所: 〒604-8213 京都市中京区姥柳町189
営業時間: 12:00~14:30、18:00~21:00
定休日: なし。ただし、まれに時間短縮や臨時休業あり。
ウェブサイト: https://awomb.com
Instagram: @awomb