「発酵ツーリズム東海」(後編): 個性あふれる稀有な醸造蔵「達磨正宗」と「山川醸造」を巡る

東海の発酵食文化をフィーチャーしたイベント「発酵ツーリズム東海」(2025年5月17日(土)〜7月13日(日)まで開催)。前編では、全体概要や岐阜のメイン会場の様子、そしてイベントに合わせて行われる数々の発酵体験プログラムのひとつである「小倉ヒラクと発酵新幹線で行く!うまみの聖地巡礼ツアー ~木桶と古酒が織りなす味覚のコスモス~B鵜飼ありプラン」の様子を一部紹介した。後編では、このツアーで訪れた、他にはないディープな醸造蔵を2軒紹介する。

唯一無二の熟成古酒を醸す、歴史ある日本酒蔵「達磨正宗」

岐阜の風景を象徴する、鵜飼で有名な清流、長良川を渡り、金華山と岐阜城を右手に眺めながら上流に向かって車を20分ほど走らせると、のどかな田園風景が目の前に広がる。緑あふれる穏やかな景色の向こうに見えてきたのは、天保6年(1835年)創業、江戸時代より酒造りを行っている酒蔵「達磨正宗(白木恒助商店)」だ。1891年に起こった大地震「濃尾地震」では蔵がほぼ全壊したそうだが、銘柄を「達磨正宗」と改めて名付け、“七転び八起き”の不屈の精神で再び立ち上がったという。

少しひんやりした蔵の中に入ると、日本酒の入った熟成タンクがずらりと並んでいる。各タンクには、醸造した年と一緒に、その時の出来事が写真入りで記されており、時代を感じさせるエピソードは見ているだけでも楽しい。空調はなく、自然のままの温度で熟成している。夏は外気温が40℃近くなっても、蔵の中は30℃くらい。しかし冬はぐっと冷え、4℃くらいになるという。

50年の時を超え、じっくり熟成された唯一無二の古酒

この酒蔵の大きな特徴は全国的にも大変珍しい、熟成古酒を専門に醸しているということ。そのきっかけは50年以上前になる。蔵の片隅に忘れ去られて置いてあった酒瓶をたまたま見つけた6代目蔵元が、開けて飲んでみたところ、なんだこれは!と驚くほどにきれいな黄金色をしたおいしい酒になっていたというのだ。この頃は大手の酒造会社が台頭し、安い酒がスーパーに並び、さらりとした吟醸酒がもてはやされた時代。周りと同じことをしていても生き残れないと考えた蔵元は「これからうちは古酒で勝負しよう」と覚悟を決めたそうだ。

日本では古来、古酒が珍重されていたが、明治以降の重い酒税のため、酒蔵は酒を売らずに貯蔵しておくことができなくなってしまった。一度は消え去った古酒の文化を復活させたい、と情熱をかけて造られた達磨正宗の古酒。最初の頃は全く見向きもされなかったそうだが、諦めることなく試行錯誤を続けると、その本当の良さは次第に認められ、国内外で多くの賞を受賞。JAL国際線ファーストクラスのドリンクメニューにもリストオンされ、現在は「古酒といえば達磨正宗」と広く知れ渡るようになった。

「こんなクレイジーな酒造りをしているところは他にない。唯一無二の酒」とツアーに同行した発酵デザイナーの小倉ヒラク氏は語気を強めて語る。「昨今の日本酒のトレンドの真逆もいいところ。フルーティーですっきりした吟醸系の日本酒は人気があり飲みやすいですが、アミノ酸が削ぎ落とされているので、喉の奥ですっと消えていく。しかし達磨正宗の古酒は、しっかりしたアミノ酸の芳醇な旨味が、長く余韻として喉の奥に心地よく残る。この後口がたまらなくいいんですよ」

他の酒蔵には絶対真似できない、特殊な酒造り

達磨正宗の酒造りは、通常の仕込みとはひと味違う。日本酒は三段仕込みといって、まず酒母といわれる酸性の強い、酵母のスターターをつくり、そこに3回に分けて、麹や蒸米、仕込み水を加えてもろみを発酵させ、それを搾って酒ができあがる。しかし達磨正宗では、三段仕込みを終えた後に「追い酒母仕込み」といって、もう一回酒母を投入するのである。通常の酒造りから考えたらありえないやり方だ。

「日本酒は基本的に最後に酸を足しちゃいけない。酒母の酸はもろみの発酵で消して、酸っぱさの残らないまろやかな酒が理想とされるのに、それを最後にぶち壊すんですよ。でもそこには理由があって。ここの酒造りは精米歩合70〜80%で、酒米をあまり削っていない上、仕込み水の量を減らし、日本酒度マイナス10〜25度くらいのかなり甘め、原料のエキス分の高い濃醇な酒。アミノ酸が強いとべたっとした酒になってしまうのですが、そこに酸を足すことでふくよかで心地のよい味にしている。酸と旨味を非常に高いレベルでバランス良く整え、酒造りとしては掟破りなすごい技術なんです」とヒラク氏。

ボディがしっかりと強いため、自然の温度のまま熟成しても酒が老ねる (ひねる。劣化した味になる)ことはない。古酒として長い年月熟成させることを見据えた特別な設計なのだ。この独自の醸造方法を確立させるために、蔵では10年もの月日を費やして、何度も実験、研究を繰り返したという。

ワインやブランデーを楽しむように、年代別テイスティング

蔵を見学した後は、お待ちかねのテイスティングタイム。5年、10年、20年熟成の古酒と、特別に令和7年3月に搾ったばかりの「だるま正宗純米酒 熟成酒用仕込ぴちぴち生原酒」の4種類を試飲した。仕込み水は、長良川の支流である武儀川の伏流水(地下水)を使用し、米は岐阜産の日本晴。最初に生原酒を飲むと、これからこの酒が長い年月をかけてどんどん熟成されることを想像し、ロマンが膨らむ。

5年、10年、20年と熟成が進むほどに、色が濃くなり、味わいも深く複雑になっていく。20年にもなるとトロリとした粘性があり、重厚感のある味わいで、まるで年代物の赤ワインかブランデーでも飲んでいるような気分だ。フランスの某高級ワイン会社の社長さんがここの古酒を試飲して大喜びしていた、なんて逸話もあるそう。チーズやチョコレート、ドライフルーツなどと合わせたくなる味わい(蔵で出してくれたドライレーズンがドンピシャでマリアージュした)。5年ものの穏やかな旨味が好きだという人もおり、人によって好みは分かれるが、どれも味わって驚くことは間違いない。日本酒の一般的な概念を超えて、知られざる新たな扉が開いたようだ。発酵と熟成の偉大なるマジックにすっかり魅了される。

最後に敷地内にあるショップを訪ねると、様々な年のヴィンテージ古酒が壁にずらりと並んでいた。秘密の宝箱を発掘したような心踊る店内だ。自分や家族、大切な人の生まれた年や、何かの記念日などを見つけて買うのも楽しい。一部は手軽な50mlの小瓶でも販売しているので、年代違いで買って味比べしてみても良いだろう。ここでしか味わえない、唯一無二の酒をぜひ試してみて欲しい。

達磨正宗(白木恒助商店)
住所: 〒501-2528 岐阜県岐阜市門屋門61
売店営業時間: 9:30〜16:30 (日曜・祝日定休) 
ウェブサイト: https://www.daruma-masamune.co.jp/
Instagram: @shigeri_shiraki
YouTube @daruma-masamune1835
※酒蔵見学ツアーは事前要予約

たまり醤油を専門に、全て木桶で醸す「山川醸造」

続いて訪ねたのは、たまり醤油を造る醸造蔵「山川醸造」。こちらは岐阜駅から車で約20分弱、長良川を超えてすぐのところに蔵があるので観光客でも訪ねやすい。建物の中に一歩足を踏み入れると、醤油のいい香りがふわりと漂い、お腹が空いてくる。そしてずらりと並ぶ、年季の入った大きな木桶は圧巻だ。100個あるというが、これだけの木桶を使っている醤油蔵は全国でも希少である。

ここで醸造しているのは、全てたまり醤油。「たまり醤油って聞くと、お刺身用の醤油だと思っている方が多いんですが、実は違います」と話すのは3代目蔵元の山川晃生氏。

「濃口醤油、薄口醤油と言われる一般的な醤油の原料は、大豆と小麦が半々ずつですが、たまり醤油は大豆だけで造ります。大豆を蒸して、麹菌をつけ、大豆麹をつくります。それを塩水と一緒に木桶の中に入れたのが醤油もろみ。一般的な醤油は、麹10に対して塩水15くらいの割合なんですが、たまり醤油は仕込み水の量が少なく、麹10に対して塩水5くらい。桶の上には布を敷き、その上に石をたくさん乗せて重石をします。上から桶の中を覗くとまるで味噌みたいに見えるかもしれません」 

水分が少なく硬いので、一般的な醤油のように攪拌することはできない。しかし発酵を均等に促すためには攪拌が必要である。そこで、もろみを入れる前の桶の真ん中に「煙突」と呼ばれる特殊な道具を設置する。煙突の下の方には穴が空いているので、水分は煙突の中にたまってくる。それを毎週1回大きな柄杓でかき出して、上から回しかける「汲みかけ作業」を行い、循環させている。たまり醤油は2年かけて天然醸造でじっくりと熟成。その間は毎週この作業が行われるという。

木桶はよくよく見ると、下部に蛇口が付いている。このような木桶もたまり醤油ならではの特殊な構造だ。2年かけて造られたたまり醤油は、この蛇口をひねると、中から醤油の液体が出てくる。まずは半年くらいかけてゆっくり液体を流出し、水分が抜けたら、桶に残った分厚いもろみを手作業で掘り出して薄くスライスし、圧搾機にかけてもろみに残っている醤油を全て搾り切る。とてもクラシックな造り方で、なかなかハードな職人仕事である。仕込みから出来上がりまで少なくとも2年半はかかっている。

木桶でなければ、この味はつくれない

山川醸造の醤油造りのキモといえばやはり木桶である。ステンレスタンクと違って、木桶は顕微鏡で見ると細かな空洞が多々あり、そこに酵母菌や乳酸菌などの微生物が多く住みついている。長い年月をかけて醤油が造られることで、微生物たちの暮らしやすい環境が自然に出来上がっているのだ。

「25年くらい前に、もう木桶がなくなるかもしれないという危機感があり、試しに樹脂タンクを買って仕込んだことがあるのですが、風味が全然違いました。旨味の深さに大きな差があった。やはり木桶じゃないと出ない味があるんです」と山川氏。

木桶は150年から長い場合は稀に200年使えることもあるそうだが、10年前に最後の木桶製造会社が廃業宣言し、 、木桶を使う醸造蔵はみんな最大のピンチに陥っていた。そこで小豆島にある醤油蔵「ヤマロク醤油」が桶職人に弟子入りして技術を継承し、「木桶職人復活プロジェクト」が立ち上がる。今は少しずつ職人が増え、プロジェクトもどんどん大きくなった。木桶で造る天然醸造の素晴らしさを全国各地で精力的に広めている。

たまり醤油はグルテンフリー、海外でも人気

たまり醤油は主に東海地方で造られる醤油だが、このように伝統製法で造るのは本当に大変である。高度経済成長時代に大手企業の安い醤油が大量生産され、地元の家庭用として造っていた昔ながらの醤油蔵の多くは廃業してしまった。山川醸造は飲食店など業務用販路に力を入れ、生き残りを賭けた。スタッフみんなでアイデアを出し、伝統的なたまり醤油だけでなく、50種類以上の様々な新しい商品の開発も手がけている。

大豆だけで造るたまり醤油は、非常に色が濃く、とろりとした濃厚な旨味が特徴だ。色が黒いと辛味が強いような気がしてしまうが、2年の熟成を経て塩の角は取れ、まろやかで奥深い味わいになっている。刺身だけでなく、肉や野菜に使っても良いし、洋食、スイーツなどにも幅広く活用できそうだ。原料に小麦が入っていないため、最近はグルテンフリーとして海外でも重宝されている。濃厚な味わいは欧米の人々にも大いに好まれているという。

情熱をかけて真摯なものづくりをしている、ちょっと個性的な醸造蔵2軒を巡り、発酵への多くの学びと感動が深まったこのツアー。この後は移動し、長良川の鵜飼を、岐阜の酒を片手に鮎の発酵弁当をつまみながら観覧するという、ディープなお楽しみが最後に待っていたのだが、100以上ある盛りだくさんな発酵プログラム体験はまだまだ多数開催中!発酵をきっかけに、東海エリアの歴史や食文化への興味がますます高まっていく「発酵ツーリズム東海」を、ぜひ体験してみてはいかがだろうか。

たまりや 山川醸造株式会社
〒502-0047 岐阜県岐阜市長良葵町1丁目9
売店営業時間: 8:00~18:00(日曜・祝日、第2・第4土曜定休)
ウェブサイト: https://tamariya.com/
Instagram: @tamariya_gifu
※蔵見学ツアーは事前要予約

発酵ツーリズム東海2025
https://tokaihakko.net/
会期:2025年5月17日(土)〜7月13日(日)
メイン会場
岐阜会場:みんなの森 ぎふメディアコスモス(岐阜県岐阜市)
愛知会場:MIZKAN MUSEUM(愛知県半田市)
三重会場:VISON(三重県多気郡多気町)

プログラム体験会場
東海3県各地の発酵食品・酒類の醸造蔵、飲食店 ほか

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Kaori Ezawa

ライター、エディター、プランナー。食や旅、クラフト等を中心に雑誌、WEB、広告等で執筆。企業や自治体等と、観光促進コンサル、地域の文化を深掘りするツアー開発なども行う。著書『青森・函館めぐり クラフト・建築・おいしいもの』(ダイヤモンド・ビッグ社)、『山陰旅行 クラフト+食めぐり』(マイナビ)等。

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