匠の技巧が魂を吹き込む「ポケモン×工芸展―美とわざの大発見―」レポート

©吉田泰一郎

2023年3月、金沢の国立工芸館でスタートした「ポケモン×工芸展 −美とわざの大発見−」のニュースで、吉田泰一郎氏によるサンダースの写真を見た時、私はまさに電気ショックをくらったような衝撃をうけた。「本物が、いる」と思った。

私はドンズバのポケモン第一世代だ。ゲームボーイで『ポケットモンスター 赤・緑』が発売された時、クラスの誰も彼もがあっという間に夢中になった。ヒトカゲ派、ゼニガメ派、フシギダネ派の論争や、漢字テストよりも151匹のポケモンの名前を覚えることに命をかけたりしていた熱狂を今でも覚えている。だから東京で開催されると知った時は、絶対に見に行きたいと思っていたのだ。

工芸の技によって現実世界に呼び出されたポケモンたち

麻布台ヒルズギャラリーの入り口を入るといきなりイーブイ、サンダース、ブースター、シャワーズの4体の像に出迎えられる。こちらを睨みつけるその視線の鋭さは、野生動物と対峙した時さながらの緊張感を醸し出す。

吉田泰一郎
1枚目:《サンダース》2022年 個人蔵
2枚目:《ブースター》2022年 個人蔵
3枚目:《シャワーズ》2023年 個人蔵
4枚目:《イーブイ》2023年 個人蔵

彫金作家・吉田泰一郎によるこれらの作品は、抜き鏨(たがね)という型で抜いた無数の銅板のパーツを組み合わせて作られている。さらに銅板への着色方法として、かみなりポケモンのサンダースの金色は電流、ほのおポケモンのブースターの赤は熱、みずポケモンのシャワーズの青は水溶液を使い、化学反応によって表現されているのだそうだ。そして瞳の虹彩部分には七宝という技法が用いられている。生き生きと輝く宇宙のような瞳は何時間でも見つめていられそうだ。

「なんて美しく、かっこよく、かわいいんだ!」
ときめきに近い興奮。工芸品にこんな風に感情が揺さぶられたことって、今まであっただろうか。

展覧会は三部構成となっていて、第一章は「すがた 〜迫る!〜」がテーマとなっている。先ほど紹介したイーブイシリーズ4体の他にも、さまざまな工芸の技術によってポケモンの特徴やフォルムを表現した作品が並ぶ。架空の生き物だったポケモンが作家によって魂を吹き込まれ、現実に「とびだしてきた」ようだ。

陶芸家・今井完眞による質感まで表現された陶器の作品。フシギバナの身体の表面や耳の中、キングラーの殻や縄の質感に注目したい。
©今井完眞

彫刻家・福田亨による木象嵌(もくぞうがん)という伝統的技巧で作られた立体作品。色とりどりの木を組み合わせた虹が、ホウオウが飛翔する軌跡を描く。
福田亨《飛昇》2022年 個人蔵

初公開の新作も。
吉田泰一郎《ミュウツー》 2024 年 個人蔵

ポケモンの世界に入り込む

第二章「ものがたり ~浸る!~」には、ポケモンのゲームやアニメを通して体験した思い出たちが蘇ってくるかのような作品が集められている。ポケモンの技を擬似体験できるインスタレーションは子どもから大人まで楽しめそうだ。

こおりタイプのポケモンの技「つららおとし」がテーマの作品。近くで見ると、氷のように微細な気泡が含まれているのがわかる。
新實広記《Vessel -TSURARA- 》2022年 個人蔵 

黄色い藤棚のような空間は、約900本の”ピカチュウレース”で構成されている。アニメ「ポケットモンスター」の「ピカチュウのもり」からインスピレーションを受けたという。
須藤玲子《ピカチュウの森》2023年 個人蔵

また、螺鈿という伝統的な技巧を用いながらも超微細な数字や幾何学模様を組み合わせ「サイバー螺鈿」として知られる作品を発表している工藝美術家・池田晃将は、ヒトカゲ・ゼニガメ・フシギダネの御三家、ミュウツー、アンノーン、モンスターボールをモチーフに選んだ。通信してポケモンを「交換」するデジタル情報のやりとり、ミュウツーを生み出したとされる遺伝子工学など、目に見えない概念の具現化に挑戦している。

池田晃将
1枚目:《電光投擲捕獲箱》2022年 個人蔵
2枚目:《百千光絵素飾箱「壱伍零」》2022年 個人蔵

日常を彩るポケモン×工芸

第三章「くらし ~愛でる!~」は、工芸の領域とも言える日常生活が舞台。ポケモンの世界観の再現に工芸が挑んだ1、2章とは異なり、「工芸品の世界にポケモンが挑戦する」ような内容となっている。壺や器などの焼きもの、江戸小紋の着物などの伝統工芸品にどうやってポケモンが溶け込んでいるのかをワクワクしながら見てしまう。

「炎は焼きものと切り離せない」という考えから、ほのおタイプのポケモンをモチーフに信楽焼の器を製作。火のコントロールで色の入り方を調整しているのだという。
©桝本佳子

全身余すところなく美しい模様をまとった華やかなポケモンたち。花器や茶碗として使用できる。
©植葉香澄

ビビッドカラーやメタリックカラーの焼き物で知られる陶芸家・桑田卓郎による作品は、ピカチュウがぎっしり描かれたカップやボウル、黄金のタイル。こちらは今回の東京会場から新たに加わった新作だ。カップの底から湧き出るかのようにピカチュウの可愛さが溢れ出している。

© 桑田卓郎

まだまだ見所は紹介しきれないくらいたくさんあるが、現地に訪れてからその目で見て欲しい。私のように、最近になって工芸品や現代美術に徐々に興味を持ち始めてきた元祖ポケモン世代の大人も増えてきているのではないだろうか。そんな人にこそおすすめの、見て楽しく学び多い展覧会だった。

グッズやコラボカフェも必見

展覧会を見終わったら、忘れずに地下のグッズ売り場へいこう。ショップではここでしか手に入らない展覧会オリジナルグッズや、作品の技法がわかりやすく解説された図録が手に入る。また、ショップの隣の麻布台ヒルズギャラリーカフェではコラボスイーツが食べられるので、帰りに休憩がてら寄ってほしい。時間がなくても、テイクアウト用メニュー「ピカチュウのシュガースコーン」があるのが嬉しい。

ミュージアムショップとオリジナルグッズ

「ポケモン×工芸展 特製ピカチュウラテ(抹茶)」「栗とおいものピカチュウ和ッフルパフェ」「ピカチュウのシュガースコーン」

カップルでも家族連れでも、ポケモン仲間とも楽しめる展覧会だ。昨年オープンしたばかりの麻布台ヒルズを散策するきっかけにもなるだろう。冬休みの予定にいかがだろうか。

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ポケモン×工芸展―美とわざの大発見―
会場:麻布台ヒルズ ギャラリー
会期:2024 年11月1日(金)-2025 年2月2日(日)
前期 2024 年11月1日(金)- 2024 年12月25日(水)
後期 2024 年12月26日(木)- 2025 年2月2日(日)
※休館日:2024 年12 月31日(火)
※前期・後期にて展示替えあり
開館時間: 金・土・祝前日 10:00-20:00(最終入館 19:30)
      上記以外:10:00-19:00(最終入館 18:30)
東京会場ウェブサイト:https://www.azabudai-hills.com/azabudaihillsgallery/sp/kogei-pokemon-ex/

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Orie Ishikawa

ZEROMILE編集担当。 歴史、文学、動物、お酒、カルチャー、ファッションとあれこれ興味を持ち、実用性のない知識を身につけることに人生の大半を費やしている。いつか知床にシャチを見に行きたい。

Photo by Chika Okazumi

2002年よりフリーランスフォトグラファーとして開始。2010年~2017年までロサンゼルスと東京を拠点に活動。現在は、雑誌、広告、webマガジンなどで広く活動中。
Webサイト:https://www.chikaokazumi.net

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