
池袋駅から地下鉄でわずか一駅、要町の穏やかな住宅街に、約500年の歴史を誇る祥雲寺が佇んでいる。立派な山門をくぐり、夜の静寂が広がる境内へ足を踏み入れると、書院の窓から暖かな灯りがこぼれている。
月に数日だけその灯りをともすのが、ぼうず’n barだ。日中に不定期で開かれる寺カフェ、ぼうず’n COFFEEに続く取り組みとして誕生したこの場所では、畳の大広間や縁側に腰掛け、日本茶をベースにした本格的なカクテルを味わうことができる。
旧伏見宮家ゆかりの和室

大広間の正面から望む庭園。夜は外が控えめにライトアップされ、昼間とは違った表情を見せる
暖簾をくぐり、靴を脱いで上がる客席は、旧宮家である伏見宮家から移築されたと伝わる由緒ある書院だ。格式高い和室でありながら、室内に漂う空気はどこまでも柔らかい。大広間の窓に目を向けると、外の景色が微かに波打つように揺らいで見える。大正から昭和初期にかけて職人の手作業で作られた手延べガラスが、今もそのまま残されているためだ。

看板メニューの煎茶ジントニック
バーメニューの主役を務めるのは、お寺の厳かな空気に寄り添う日本茶だ。空間の雰囲気に調和する味わいを追求し、煎茶やほうじ茶、和紅茶を使ったカクテルが軸に据えられている。中でも看板メニューとして愛されているのが、煎茶の香りをまとわせたジントニック。
甘めの口当たりを好む人には、芳醇な香ばしさが際立つほうじ茶アマレットや和紅茶アマレットが支持されている。また、常連客の間では日本酒にカンパリ、レモン、トニックウォーターを組み合わせた日本酒カクテルも人気が高い。


1枚目:畳の部屋の一角に設けられたバーカウンター
2枚目:手延べガラスを背に並ぶ洋酒のボトル。日本茶カクテルをはじめ多彩なメニューに使われる
冬の寒い時期には、ホットチョコレートにウイスキーやラム、アマレットを合わせた温かいカクテルや、深みのある珈琲ウォッカが冷えた身体を包み込む。昼のカフェのノウハウを活かしたカフェラテや抹茶オレなど、ノンアルコールのメニューも充実しているため、お酒が飲めない人でも気兼ねなく足を運ぶことができる。
カウンターの内側では、バーテンダーが畳の上に座りながらシェイカーを振る。初めて訪れた客がその珍しい光景に驚き、思わず振り返ることも少なくない。お酒をバーテンダーが担当し、副住職は法被を羽織ってカフェドリンクやホールを担当するという。
作法やお参りの決まりはいらない

伏見宮家ゆかりの書院を活用した大広間。1組につき1テーブルがゆったりと配置されている
お寺でお酒を飲むことに対して、戒律や作法の面で疑問を抱く人もいるかもしれない。しかし日本の仏教史を振り返ると、神仏習合の中で神社と日本酒が深く結びつき、明治時代以降には僧侶の食生活や飲酒に対する規則も変化してきた背景がある。現代において、寺院でお酒を提供することに宗教的な障壁はほとんど存在しない。
ぼうず’n barでは、説法を聞かされることもなければ、特別な宗教的作法を求められることもない。お賽銭の義務もなく、一般的なバーと同じように純粋に空間とお酒を楽しむことができる。
近年では、SNSなどを通じて知った外国人観光客や在住者の来店も増えている。多い日には客席の半数以上を海外からのゲストが占めることもある。畳に座り、手延べガラス越しに庭を眺め、真冬であっても嬉しそうに縁側へ出て冷たい夜風を浴びながらカクテルを味わう姿は、国境を越えてこの空間の風情が届いていることを物語っている。
変わらない心地よさを、これからも長く
縁側の戸は開放されており、外へ出て庭の空気を肌で感じることも自由だ。席の間隔は広く取られ、一人客であっても広々としたテーブルを贅沢に使うことができる。スピーカーからは耳を澄まさなければ気づかないほどの控えめな音量で音楽が流れ、無音による緊張感を和らげている。カフェとバーの中間のような落ち着いた明るさの中で、訪れた人々は思い思いにグラスを傾け、本を読んだり、ただ庭を眺めたりして過ごしている。

庭に面した縁側の廊下。大正から昭和初期の手延べガラスを通して、外の木々がやわらかく揺れて見える
今後の展望について尋ねると、副住職もバーテンダーも、事業を急拡大させたり特別なイベントを仕掛けたりするのではなく、訪れた人がここに来てよかったと思える場所であり続けたいと口を揃える。気負いのないその姿勢こそが、500年の歴史を持つ寺院の懐の深さと共鳴し、他にはない安心感を生み出しているのだろう。
営業は水曜日と土曜日を中心に、月に5日から6日ほど開かれる。最新のオープン日や営業時間は公式Instagramで随時案内されている。都会の慌ただしい日常から少しだけ離れたい夜、要町の静かな境内に足を運び、手延べガラスの向こうに広がる庭園を眺めながら、お茶の香る一杯に浸ってみてはいかがだろうか。
ぼうず’n bar
住所:東京都豊島区池袋3-1-6 祥雲寺 内
Instagram:@bozu.n_bar