
東京・吉原。かつて日本最大級の遊郭として栄華を極め、歌舞伎や浮世絵の題材として華やかに彩られたこの街は、現在、日本有数のソープランド街としての顔を持つ。煌々と輝くネオンと、どこか排他的で、歴史の深層から感じる独特の空気感。そんな吉原のど真ん中に、突如として異彩を放つデザインホテル「moire hotel(モアレホテル)」が現れた。
吉原という街に「moire hotel」が生まれた理由

虹色がかったデザインはLGBTQ+を象徴とするフラッグカラーにちなんでいる
ホテルの名に冠された「モアレ」という言葉は、干渉縞模様を意味する。そこには、人種や国籍、LGBTQ+といったあらゆる枠組みを超え、異文化が重なり合うことで新しい文化が生まれる場にしたいという想いが込められている。
「なぜ、あえて吉原なのか」という問いに対し、オーナーの増田氏は「遊郭地だった『中』にホテルを建てたかった。外だと意味がない」と語る。
今の吉原は、女性だけで歩くには少し勇気がいるような、どこかダークで「怖い街」というイメージが先行してしまっている。しかし、かつては花魁たちが闊歩するような、華やかな場であった。その歴史をマイナスに捉えるのではなく、現代の解釈でアップデートし、発信していく拠点。それがmoire hotelの出発点だ。

夜のmoire hotelは昼とは違う印象を受ける/提供:moire hotel
実際にホテルの中を覗いてみると、吉原という土地の文脈を守りつつも、どこか現代的なデザインを感じ取ることができる。例えば、あえてトイレの中に配置されたバスタブ。一見すると斬新だが、これは街に点在するソープランドのメタファーであり、この場所でしか成立しないストーリーテリングの一環なのだ。

ピンクのトイレは若者の映えスポットとしてInstagramで投稿されている
当時の遊郭を連想させるような内装
1階のカフェ・バーラウンジに足を踏み入れると、明治時代の「カフェー」をオマージュしたレトロフューチャーな空間が広がる。当時のカフェーは、私たちが知る喫茶店とは異なり、女給(客との会話や接待を行うホステスのような役割を持つ人)が客の隣に座り接待をする場として機能していた。

バーカウンターを向かいに一面に並ぶドリンクは迫力満点だ
当時のカフェーに想いを馳せるように、ここでは現役のセクシー女優が「女将」としてゲストを迎え入れる。今の時代のエロスやカルチャーを表現することで、街への抵抗感を払拭し、若い世代がこの街を訪れるきっかけを創出している。

女将・百咲みいろ/提供:moire hotel
2階の客室コンセプトは「吉原遊郭のカフェーに泊まる」。
用意されているのは、陰翳礼賛(いんえいらいさん)をイメージした「黒タイプ」と、花魁部屋をイメージした「白タイプ」の2種類だ。太夫(遊郭で最高位に位置づけられた遊女)の部屋を彷彿とさせる御簾や蚊帳による結界の演出は、ゲストを非日常な世界へと誘う。


1枚目:陰翳礼賛をイメージした「黒タイプ」の客室
2枚目:花魁部屋をイメージした「白タイプ」の客室
館内を彩るアートも、このホテルの重要なポイントだ。
人気アーティスト、ロッキン・ジェリー・ビーン氏による絵画は、あえて薄いカーテンの中に隠されている。「隠れているからこそ、エロティシズムが増す」という日本的な美学が反映されているそうだ。


シアーカーテン越しに楽しむロッキー・ジェリー・ビーン氏による絵画
吉原の歴史を上書きするのではなく共存する
moire hotelが目指すのは、吉原という街の歴史を上書きすることではない。増田氏は、自ら町内会や青年会の活動に参加し、街の掃除や祭りを通じて地域住民との信頼を積み重ねてきた。
さらに、吉原にまつわる本を通して歴史や文化を勉強し続けている。「歴史を捻じ曲げず、今の形で伝えていく」。その真摯なスタンスは、少しずつ街に変化をもたらしている。

オーナーの増田氏が勉強するために読んでいるという本
「この街のエネルギーを借りて、街に足りないインフラを創りたい。ゆくゆくはスタッフと歩く吉原見学ツアーのような、社会科見学としての体験も提供できれば」と増田氏は展望を語る。
吉原という、清濁併せ持つ特殊な街の歴史をリスペクトしつつ、最先端の感性でかき混ぜる。moire hotelが生み出す「干渉縞」は、この街を、そして私たちの視座を、もっと新しく自由なものへと変えていくに違いない。
moire hotel(モアレホテル)
住所:東京都台東区千束4-15-11
Webサイト:https://www.moire.co.jp/